第十話 実体のない人気

 ネットで検索する日々の中、〝捕縛者〟が憑いている人物を見つけることができた。半年前から急激に有名になった動画配信者のグループの一人で、私が写真を送ると七神からすぐに返事があった。


 パソコン画面の前でスマホを握りしめて七神と話しながら動画を見る。

『間違いないが……このグループは、何をしているんだ?』

「何をって……その……心霊スポット巡り……ですよね?」

 動画の八割は霊が出ると噂のある場所へ行くというものばかり。残りの二割は心霊写真や噂の検証で、とても人気がある。今、電話の向こうで七神も見ているのは、閉園して朽ちた遊園地で遊ぶという動画。


『……言葉が足りなかったな。全員に山ほどの霊が憑いている。日常生活に支障が出ているはずだが、何が楽しくて霊を集めているのか理解不能だ』

「ふ、冬登さん……じょ、冗談ですよね?」


『冗談でこのようなことは言わない。……この動画を数百万の人が見ているというのも怖ろしい話だな。過去の画像でも、影響を受ける者はいるぞ』

「こ、こんなに明るく笑う人たちでも、霊が憑いたりするんですね」

『常に明るく騒がしいという訳ではないだろう。心が沈んだ瞬間に憑くこともある。表で見せる顔と裏の顔が違い過ぎる者にも憑きやすい』


 動画の再生回数は、軒並み数百万、数千万回を超えている。一覧を確認すると、半年前までは数十回や数百回だったのが突然桁が増えていた。何気なくその境界になった動画のサムネイルを確認すると〝捕縛者〟の御札が見えた。


「冬登さん、あの御札が映っている動画があります」

 メールでアドレスを共有し、同時に動画を再生する。グループが向かったのは、殺人事件があって打ち捨てられた豪邸の廃墟。深夜になろうとする時刻、怖い怖いとふざけた様子で二十代前半の男性たちが階段を登っていく。


 人が住んでいなければ、たった一年で家は廃墟になってしまうらしい。窓のガラスは割れ、植物が室内へと侵入していた。壁紙は剥がれ落ち、パーツの足りないシャンデリアは傾いている。小さなホールに置かれたグランドピアノは朽ちていて、その艶は失われていた。


 一人の男性が大袈裟な仕草でピアノを弾くと、音程のずれた不快な音が響き渡る。


 誰かが金庫があると叫び、全員が飛び跳ね狂喜しながら走り出した。黒い金属で出来た大きな金庫が、寝室と思われる場所に置かれている。一人が怪盗の真似をしてダイヤルを回すと、かちりと音が響いて鍵が開き、仕込みじゃないと驚き叫びながら扉を開ける。


 真っ暗な金庫の中、ぽつんと置かれていたのは、あの御札。筆で書かれた顔、赤い着物に白い糸が巻き付いている。動画とはいえ、背筋がぞくりと冷えた。


『護符に手を当てていれば大丈夫だ。何の影響も受けない』

 七神の声が頼もしく聞こえてほっとする。ペンダントに触れると、ほんのり温かさを感じた。


 グループは金庫には他に何もないのかと落胆し、その一人が御札を手にしてカメラに見せつけるようにかざした所で画像が乱れた。


『……ここで取り憑いたな』

 冷静な七神の言葉が冗談であって欲しいと願う。画像は元に戻り、御札は男性のシャツの胸ポケットに入れられた所で動画が終わった。続くと表示されても、続きを見る気力は残ってはいなかった。


「どうやってあの御札を譲ってもらえばいいのでしょうか」

『とにかく会って話をしてみるしかない』

 そう言われても、どこに住んでいるのかすらわからないのに。途方に暮れつつグループのサイトに行くと、ファンミーティングのお知らせが大きく表示されていた。


「あ、ファンミがあります。今日が申し込み締め切りで、来週日曜午後です。どうしますか?」

『ふぁ、ふぁんみ?』

 七神のうろたえる声で、肩の力が抜けていく。トークライブと言っても通じず、ファンとの交流会と説明してようやく理解してもらえた。


「抽選なので、当たるかどうかわかりませんが申し込んでおきますね」

 動画サポーターの人数は数百万人。これでは当たるかどうかわからない。当たらなければ、会場近くで出てくるのを待ち構えるしかないだろう。


 当たりますようにと願いつつ、私は応募フォームを開いた。


      ◆


 締め切りの四日後、意外にもあっさりと抽選に当たってしまった。二名分のデジタル入場券を取得して七神に連絡すると、車で向かうと言われた。会場は郊外の遊園地内にあり、電車だと乗り換えが多くて車の方が確かに早い。


 当日、余裕をもって七神のマンションへ向かい、地下の駐車場へと案内されて驚いた。

「こ、これですか?」

 その車は、車に縁のない私でも知っている国産の高級スポーツカー。ぴかぴかに艶めくクーペタイプの車体はミッドナイトパープル。光の当たる角度によって、色が変わるという神秘的な色で、実用性よりも趣味性が強い車と聞いている。七神が車好きとは思わなかった。


 車の前、驚き過ぎた私の横で、顎に指をあてて考え込んでいた七神が口を開いた。

「……私が扉を開けた方がいいのか?」

「ええっ? いえいえいえ、自分で開けます。……さ、触っていいですか?」

「もちろん」

 笑顔で言われても、まるで新車のような感じがするので気が引ける。タクシー以外で、数年ぶりに乘る車の扉を恐る恐る開けると無香で意外さに驚く。この手のお洒落な車には、お洒落な芳香剤が付き物だと勝手に思っていた。


 運転席のシートはそれなりに使用感があるのに、助手席のシートはまるで新品。

「えーっと、お邪魔します……」

 混乱して何と言っていいのかわからない。七神が笑いをこらえて肩を震わせても、緊張してしまうのは仕方ないと思う。


「助手席に人を乗せるのは初めてだ。気分が悪くなったらすぐに言ってくれ」

「は、はい……」

 シートベルトを締めると一気に不安になってきた。所謂スピード狂だったらどうしよう。普段は温厚でもハンドルを持つと性格が変わる人もいると聞くし。


 そんな私の不安は、すぐに解消された。七神の運転はスムーズで、走り始めてもブレーキを掛けても車の動きは滑らか。無理な圧が掛かったりしないので乗り心地は快適。


「朝木さんを乗せたりしないんですか?」

「……そういえば乗せたことはないな。一緒に行く場所は電車の方が便利だ」

 口コミで人気のラーメン屋は大抵駐車場がないらしい。朝木は海外から帰ってくると、七神と一緒にラーメンを食べに行くと聞いて驚いた。


「朝木さんって、ラーメン好きだったんですね。意外です」

「だが一人で行くのは嫌だそうだ。一人で待つ時間が堪らなく苦手と言っていた」


「海外では一人で行くことが多いと思うのですが……」

「外国にいると、常に気が張っているから平気らしい。逆に人が近づいてくると身構えてしまうそうだ」

「そういうものなんですね」

 

 ナビが高速道路の入り口を案内しているのに、七神は違う方向へとハンドルを切る。

「高速の入り口はあちらですよ」

「……今、おそらく高速上で事故が起きている。一つ先の入り口……」

 七神の言葉をかき消すように、けたたましい緊急車両のサイレンが鳴り響いた。七神も周囲の車も緊急車両の為に道を開けて車を停める。


「わ、わかるんですね……」

 七神の霊能力者としての力は、近くの事故もわかるのか。

「……残念だが数名の死者がいるからな。それでわかった。……死者がいなければわからない」

 窓の外、空を見上げる七神の視線を追うと、黒煙が立ち上っている。


 十数台、数種類の緊急車両が通り過ぎ、しばらくして周囲の車も動き始めた。

「時間は余裕がある。事故のないように最大限務めるから安心しろ」

 七神がそう言って、車は静かに走り出した。


      ◆


 結局、高速道路には入らずに車は走り続けた。七神に指示されてニュースをチェックすると、先程の件は複数の車による玉突き事故で、危険物を積載していたタンクローリーが含まれていて炎上。複数の死者と重軽傷者が発生していた。


「……多少の力があっても、起きてしまったことに対しては、死者を悼むだけで何もできないというのは残念だな」

 七神は、そう言うと口を引き結んでしまった。 


      ◆


 しばらくして車は広大な遊園地へと着いた。若干レトロ感が漂う遊園地は家族向けとして人気が高い。ファンミーティングの会場は、敷地内に作られているホール。外には芝生広場もあり、あちこちに座るカップルや親子の姿も多い。


 ホールの入り口が見えた時、私は思わずつぶやいた。

「うわ……場違いかも……」

 集まっているのは中高生がほとんど。ぱらぱらと二十代前半。なるべく溶け込もうとカジュアルな格好で来たけれど、そもそも年齢的に浮いている。若さのパワーを圧力として感じるのは、私が大人になってしまったからなのかと思うと一抹の寂しさ。


 その光景を見た七神は、あきらかにほっとしているのがわかった。

「冬登さん、何か余裕ですね……」

 私はこんなに引け目を感じているのに。その余裕はどこから来るのか。


「いや。元気な子供は悪い霊を寄せ付けないものだと感心している。守護している存在も強い」

 同じ光景を前にしていても、七神が感じている気持ちと私の感じている気持ちが全く違う種類であることに驚いた。微笑ましいと言わんばかりの七神に、何故か少々の嫉妬を覚える。


「……その発言、物凄く年寄りくさいですよ」

「と、年寄り? そ、そうなのか?」

 ショックを隠さず、うろたえる七神が可愛いと思ってしまう私は意地悪かもしれない。


 ホールは千人が収容可能となっていたのに、座席に座ると百名ちょっとしかいないと感じる。抽選となっていたけれど、実は全員当選ではないだろうか。動画再生の数字とは裏腹に実際の人気はそれ程でもないのかもしれない。


 それでも中高生の熱気はホールの中で高まっていく。ステージ上に五人の男性が現れて、黄色い歓声は最高潮。メンバーは、私より少し年下の二十代前半。動画で感じたやんちゃで不真面目、不道徳な雰囲気よりも、若干ながら真面目よりの空気を感じる。


『あれ? ……いませんね』

 トークの邪魔をしないように声を落として囁く。〝捕縛者〟に憑かれたトッビィと呼ばれる男性だけがいない。七神は鋭い目つきでステージを凝視していた。

『……全員、早く祓わないと限界だな……』

 七神の瞳には、何が視えているのだろうと考えるだけでも怖い。


 ステージに立つ五人は動画内と同じ明るい調子で話をしていても、どこか無理をしているように感じてしまう。テレビ慣れした芸能人とは違う普通の人がステージに立っているというのは、大変な気力が必要なのかも。


 失礼とは思っても、素人に毛が生えたような人々のトークは聞いているとむずがゆい。中高生は出演者が無理をしているのを気が付かないのか、純粋で明るい声援を送り続けている。きっと何度もこういった場を経験すれば上手くなっていくのかもしれないと、なんとなく応援したくなってきた。


 トークの間に新作動画を挟んで、二時間のイベントが終わった。出口でメンバーによる握手があると聞いて、最後尾に並ぶ。


 客の人数が少ないからか、メンバーの握手と挨拶が長い。かなりの時間が経った頃、ようやく私たちの順番が来た。私は息を深く吸い込み、事前に七神と打ち合わせていた台詞を叫ぶ。


「突然ですいません。拝み屋です! お金は要りませんから、皆さんのお祓いをさせてください!」

「え? 何、この女」

 狼狽するメンバーを前にして、畳みかけるように七神が口を開いた。

「君の背後に老婆が立っている。鏡や窓に映っているのを見たことはないか? それから、君。左肩が重くなっているだろう? 武者姿の男がしがみついている」

 一人一人に憑いている者について七神が静かに語ると、男性たちの血の気が引いていく。おそらく自覚があるのだろう。


「今、指摘したのは一番危険な霊だが、君たちには他にも多数の霊が憑いている。至急祓わなければ、命に係わる」

「お、拝み屋なんて胡散臭いヤツだろ? 法外な値段を請求するんじゃないのか?」

 男性の一人が訝し気な声をあげ、他の男性たちが同意するように頷く。


「いいえ。お金は要りません。ただ、御札を渡して下さい」

「御札?」

「廃墟の黒い金庫に入っていた、人の顔が描かれた御札です。今日は出演していない方がお持ちですよね?」

 私の指摘に、男性たちが明らかにうろたえだした。


「ああ、その……トッビィ……飛田っていうんだが、朝から連絡取れなくて……」

 その言葉を聞いて何故かぴんときた。

「もしかしたら、自宅で倒れてるかもしれません! 早く発見しないと命にかかわります!」

 困惑してお互いの顔を見るメンバーの中、一人が軽く手を挙げた。


「じゃあ、俺が案内する」

 山宮と名乗った男性は二十代前半で、茶髪や金髪のメンバーの中でたった一人の黒髪。白いデザインカットソーに赤やピンクのカラフルなパッチワークのパンツ、赤い革のスニーカー。と服装は派手。


「その前に祓っておこう」

 七神はジャケットの胸ポケットから和紙で出来た御札のような物を取り出した。右手の人差し指と中指で挟んだ御札を顔の前に掲げ、何かを呟くと淡く光る。


 光る御札で、男性たちの肩を撫でると全員が膝を折って座り込んだ。メンバー全員が床に座る中、御札は青い炎をあげて消えてしまった。


「悪意を持って憑いていた霊は祓った」

 不思議そうな顔をしながら立ち上がった男性たちは、体が軽くなったと口々に言い、七神に感謝の言葉を述べ始める。


「礼は不要だ。急ごう。案内してくれ」

 頭を下げる男性たちに目もくれず、七神は出口へと歩き出した。


      ◆


 山宮が七神の車の後部座席に乗り、飛田の家へと案内していた。場所は高級マンションが立ち並ぶ一角。飛田は半年前に突然マンションの一室を購入して、引っ越していた。昔から飛田と親しい山宮は、何度も出入りしているらしい。


「あの御札、そんなにヤバイ物だったのか?」

「……はい。私の友達が一人亡くなって、一人は入院しています」

 私が答えると、山宮は頭を抱えるようにして体を折り曲げた。


「……薄々、オカシイって思ってた。あの御札を見つけた時から、急に動画の再生回数が上がって。登録者数も爆上がりしたけど、街で声掛けられることもないし、グッズも大して売れないし……実体のない人気に思えて怖かったんだ……」

 その呟きが胸に痛い。


「人数は少ないかもしれませんが、純粋に応援してくれる子たちもいるじゃないですか。これからが本番だと思いますよ」

 今日のイベントに参加してみて、ファンとの近さは危うく感じる部分もある。それでも、一緒に成長していくという可能性が見えた。


「……これから……か……」

「はい」

 顔をあげた山宮は、口を引き結んで黙り込んだ。


      ◆


 車を客用の駐車場に止め、マンション建物へ入る暗証番号を知っている山宮に案内されて飛田の部屋へと向かう。七神は車を降りる前から険しい顔をしていて、私はエレベーターを降りた時点で空気の重さを感じた。


「冬登さん……これ……何ですか?」

「え、ちょっと待って。マジでヤバくないか?」

 山宮も気が付いたらしく、腰が引けている。部屋の扉の前まで来ると、全身に空気の圧力が掛かっているようで、手を動かすだけでも力がいる。


 山宮がインターホンを押しても、何の反応も見られない。扉は鍵が掛かっていた。顎に指をあてて考え込んでいた七神が山宮に話し掛ける。

「君のスマホにメッセージアプリは入っているか?」

「入ってますけど、何するんですか?」


「……空間を強制的に繋ぐ。何でもいいから、八文字以上の言葉を」

 普通なら異常と思う指示でも、山宮は迷わなかった。スマホにメッセージを打ち込み、七神が手のひらを乗せて何かを呟く。

 

「よし、送信してくれ」

 メッセージが送信されると同時に、既読を示す音が異様に大きく鳴り響いた。何度も何度も繰り返し。慌てて、音を止めようとしても止まらない。


「うわぁっ!」

 山宮がスマホを投げ捨てた。その画面には〝捕縛者〟の顔が映って消え、大きな音を立て玄関の扉が開いた。部屋の中は薄暗く、何か変わった臭気が立ち込めている。近づいて覗き込もうとした私の肩を七神が掴んで止めた。


「蓮乃は近づくな。……警察を呼ぼう」

「何のニオイなんですか? これ」

「……人が腐乱した臭いだ」

 山宮の疑問に七神が答え、薄暗い廊下に倒れた人の足が見えた。足は不自然に膨張し、人の肌の色をしていない。


「ひっ!」

 変な悲鳴が出てしまっても、気にしている余裕はなかった。これ以上臭いを吸い込まないように、口を手で塞ぐ。七神が私に押し付けるように手渡した白いハンカチを口と鼻にあてると、多少は薄れたような気がした。


「嘘だろ……おい、俺の指、動けって! 何でこんな簡単な番号打てねぇんだよ!」

 落ちたスマホを拾い上げては、落としを繰り返し、山宮が震えながら警察に電話をした。ようやく繋がっても、恐ろしいからか室内の状況を確認することもなく、要領を得ない会話が続いた。


 悪戯と思われたのか警察の到着までは時間があった。その間に、七神は部屋へ入って御札を回収して出てきた。

「この札の話だけは誰にも話すな。君の命に係わる。それから、他のメンバーにも必ず伝えてくれ。この札の話は武勇伝にしようとは思うな。これから一カ月間、コップ一杯の酒と一掴みの塩を入れた風呂に頭まで浸かって、水で洗い流せ。無理なら洗面器の湯でもいい」 

 山宮は蒼白な顔色で、壊れた玩具のように七神の言葉に頷くのみ。


 緊急時のサイレンはないまま、明らかに面倒だという顔をした二人の警察官が到着し、室内へと入った途端に空気が変わった。私たちは最寄りの警察署まで同行を求められ、簡単な事情聴取が行われた後、解放された。

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