第40話、世界の真実

 そこは寝室だった。物語の中のお姫様が使うような大きなベッドがある。天蓋からはピンク色を基調とした可愛らしいカーテンが降ろされていた。そして、その少女は毛布にくるまっていた。

「ふわぁ……随分と遅かったな。アカネ……高嶺レイコ……そして鬼童貞男よ」

 白いネグリジェ姿の【性王】はもぞもぞと身をよじらせて、その不釣り合いなベッドから小さな身体を起き上がらせ、ベッドを降りた。

「すまない、客人にみっともない姿を見せるつもりはなかったのだが……ちょうど私の寝る時間だったのだ」

「【サキュベーター】が睡眠を……?」

 レイコは疑問に思った。彼女たちは睡眠をとる必要がないはずだ。しかし、【性王】は何故か睡眠をとっていた。

「習慣でね。長く生きていると、何もしていない時間の苦痛がさらに増すんだ」

「長生き……って、アカネより若く、というか子供にしか見えないけど……」

「【性王】様はワタシたちの始祖だ。【サキュベーター】がこの宇宙に誕生する前から生きている……らしい」

(この見た目で……一体何歳なのかしら)

「まぁ、折角客人に寝室まで来てもらったんだ。ここは、皆様に眠っていただくとでもしよう」

「「「……!?」」」


───ここは、夢の世界。そして、記憶の世界……。

「ようこそ、鬼童貞男……いや、『さっちゃん』……久しぶりだね」

 僕はあの日、夢の中で会った少女のことを思い出した。彼女は先ほどまでネグリジェを着ていた女の子の姿とよく似ていた。

「そうか……君が【性王】だったんだね」

「【性王】なんて呼ばないで、昔みたいに呼んで」

「昔みたいに……?」

「そっか。さっちゃんは私のせいで全部の記憶を無くしちゃったんだよね……」

「ボクと君に、一体何が……?」

「じゃあ、見せてあげる。……デカスギル・インケーハ・ミオ・ホロ・ヴォス───」

 【性王】が詠唱を始める。どこかで聞いたことのあるような詠唱だ。これは、もしかして……。

「【性杯】……!?」

 その黄金の光は、間違いなく僕も見たことがある光だった。これは【性杯】の光だ。【性杯】から願いが溢れ出しているのだ。

「さぁ、【性杯】よ。全てを……真実を見せて」


ザザーッ!!


 空間にノイズが走る。世界が回転し、反転し、暗転する。飲み込まれる。混線する。混線する。混線する。僕の意識が、私の意識が、混ざっていく。そしてまた───はあの場所へと落ちて行った。

 ここは多分記憶の中だ。欠落していた僕の記憶を補う領域だ。

───ここは私がさっちゃんと初めて出会った場所、思い出の公園───。

「あれ……小さい頃の鬼童くん?」

「横に居る子【性王】様にそっくりだ!! 二人とも可愛いな!!」

───これは私が小さかった頃の話。幼かった頃の私は公園で遊んでいるところで、あなたに出会った。そう、ただそれだけだ。特別な出来事なんて無かった。ただ、同じ年の友達の少ない二人同士で毎日のように遊んでいたし、いつしか私は男の子を「さっちゃん」と呼ぶようになって、あなたは私を「せなちゃん」と呼ぶようになっていたの───。

「【性王】が小さかった頃の話……妙ね……紅葉さんの話が本当なら、鬼童くんの小さな頃に、邂逅しているのはおかしいはず」

「……」

「貞男?」

 僕は違和感の正体に気づき始めていた。しかし、思考をまとめるのが怖かった。頭の中が酷く混乱している。悟られないように用意されたような言葉を紡ぎ出す。

「ううん、なんでもない。大丈夫」

 記憶の断片が走り出す。日が出て、日が暮れ、日が出て、日が暮れる。時間が回転する。何度も何度も回転する。

 目の前に居る僕は、常に「せなちゃん」と一緒だった。どれだけの月日が経ったか分からないが、片方しか居ないということは一度も無かった。

───私と「さっちゃん」は毎日遊んだ。他に遊ぶ子は誰も居ないから、毎日だ。公園にある限られた遊具の数ではやれることに限度があるにもかかわらず、飽きることなく遊んだ。私は遊ぶことが好きだったのではなく、あなたと一緒に居ることに幸福を感じていたの───。

 「せなちゃん」と幼い僕は、そこで「誓い」を立てた。

「さっちゃん、わたしたちずっと一緒だよ、たとえ世界が終わっても……ずっと一緒」

 彼女の長い髪が、白いワンピースが、風に凪いでいた。その姿は子供ながらにも、どこか大人の雰囲気を漂わせていた。

「うん、ボクもせなちゃんとずっと一緒が良い」

 二人は指切りをする。たったそれだけの簡単な「誓い」、誓約書も無ければ何ら儀礼的でもない。内容も曖昧だし、本当に子供のお遊びのような「誓い」だった。

───でも、私にとっては違った。いつもと同じような公園の帰り際、たった一度の指切り、それは私にとって唯一の「誓い」、あなたと交わした唯一の契約───。


 時は進む。僕の身体はあの時より大きくなっていた。

「あの制服は……見たことないわね。性愛高校のものではないわ」

 僕にはなんとなく分かる。あの制服は僕の中学の制服だ。僕はその制服を着て学校に通っていた。

 ここは僕の家の玄関だ。登校するときはいつもお母さんが見送ってくれていた。

「あれは……貞男の母親か?」

「行ってきまーす!!」

「行ってらっしゃーい!!」

 僕は靴を履いて家を出ていった。

 学校に着いた。教室に入り、クラスメイトと談笑する。

「鬼童くんに友達が……やっぱりこれ幻覚じゃない?」

「……違う。これは間違いなく僕だ」

───私はあなたと「誓い」を立てた。しかし、いつしかあなたには友達が増えて、部活動なんてやるようになって……。私との時間は減っていった。裏切られたような気持ちだった。それでもあなたの幸せを祈って、身を引いた。異常が起きたのはそれから暫くしてのことだった。

 あなたを見守ることしかできなかった。私の居ない世界で輝くあなたを見て、私の中で行き場を失っていた形容しがたい感情の全てが、溢れ出した。そして、私は覚醒した。この世界を破壊し創造する神……【サキュ・アルファー】に───。

 場面が切り替わる。これはあの時みた悪夢の光景だ。全てが焼き払われていく。全てが天へと還っていく。

「なによ……これ」

「……全部燃えてるぞ!!」

 人々は逃げる間もなく、泣き叫ぶ間もなく、消えて行った。地球から青という色は消滅して、何もかもが地獄に染まった。一瞬で全ての生命は消え去った。唯一あなたを除いて。

「さっちゃん……さっちゃん……!」

 彼女は泣き崩れた。この世界にある全ての命を奪ってしまっただけではなく、最愛の人の命をも奪ってしまうのだから。

 腕の中で僕を抱きかかえる。僕の命は終わりを迎える。

「ごめんね……ごめんね……」

 何度も謝る。せなちゃんは悪くない。悪いのは僕だ。約束を破ったのは僕だ。だから、泣かないで。

「空から光が……!?」

「貞男の中に入ってくぞ!!」

───私は破壊の神、創造の神。禁忌を犯した最低の創造主───。

 僕の身体は発光を始めた。光に包まれていき、どこかへ消えて行った。

───あなたは死なせない。そのために、世界を「作り直した」。

「ここは……宇宙なの?」

 僕たちは真っ赤に染まった地球を、宇宙から俯瞰するように見ていた。

「あっ……!! 地球が……!!」

 地球は爆発して、消滅した。一つの破片も残さず、そこには何もなかったかのように。いや、地球だけではない。太陽も、月も、何も存在しない。太陽系全体が滅びたのだ。


───あなたを生き返らせるため、私はもう一度世界を作った。

 初めに、私は太陽を作った。「光あれ」と願いを込めると、そこには燃え上がる恒星の姿があった。

 次に、惑星を作った。太陽系の軌道を周回する大地を創造した。

 水を生み出し、生命が誕生する惑星が誕生するのを待った。しかし、生命が生き残れる環境が残った惑星はたった一つしかなかった。それがこの地球だ。

 地球に生命が誕生するのは遅かった。多分、滅ぼした私の世界でもそうだったのだろう。人類が誕生するまでに私はあなたを生き返らせるために動き出した。

 私は、「覚醒」の影響が及ばなかった全宇宙に命を放った。私の身体を模して作った人類と同じ形の生命体だ。私から分け与えた力、【貞力】を持った生命たちは繁殖し、繁栄していった。そして総量の増えた【貞力】を収穫する神の使徒、【サキュベーター】を私は作り出した。

 【サキュベーター】たちは何の疑問も持たず、私に尽くしてくれた。ある時は私が撒いた命たちを刈り取り、ある時は家畜化し、【貞力】を私に献上するように努力した。その間に地球は淘汰と進化を繰り返し、私の世界と同じように発展していた。

 復活させるなら、今しかない。私は40億年以上待った。別次元に保存していた「さっちゃん」にありったけの【貞力】を注ぎ込んで、地球に顕現させる。私が居ない世界で、もう一度あなたの幸せを祈ろう───。


 僕は生き返った。しかし、全ての記憶を失っていた。いや、「せなちゃん」に関する全ての記憶を奪われていた。

───私は、失敗した。

 そこに居たのは「さっちゃん」じゃなかった。あなたの姿をした別の誰かだった。結局、私はあなたから全てを奪ってしまったんだ。後に残されたのはあり得ないほど膨大な【貞力】を持った人間だけ……。私がしたことは全て無駄だった。

 いや、無駄にしたくない。だって、こんなに待ったのに。あなたが生き返るのをこんなに待ち望んでいたのに。こんな結末なんて、望んでいない。

 もう一度「さっちゃん」に会う。私のことを思い出させる。そして、あの日の「誓い」をもう一度……。もう一度、もう一度───。

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