第38話、挫折
───私は、また敗北したんだ。
私が紅葉アカネに出会ったのは物心つく前で、所謂幼馴染という存在だった。しかし、彼女の境遇と私の境遇はまるで違うものだった。
「おい、見ろよ。あのお方が【性王】様のお気に入りだ」
「おぉ……深紅の髪が美しい」
紅葉アカネには父親も母親も居ない。父親が居ないのは【サキュベーター】としては別に珍しいことではないが、母親が居ない場合は少ない。私たちは心から望まなければ子供を産めないからだ。
紅葉アカネは誰も持っていないものを持っていた。産まれ持っての【貞力】、並外れた身体機能、そして【性王】様からの寵愛……。全て、私が欲しても得られなかったものだ。
碧山カリンには父親も母親も居る。私の母はどこかの惑星を侵略したときに父と出会ったと言っていた。私のような良家の人間には自由恋愛が認められていて、父親が居るというだけで特別な存在になれた。
碧山カリンは誰も持ってないものを持っていた。それは血筋、ただの血統だ。私自身が持っているものは何もない。何をやっても抜きんでて優れている彼女のことが憎くてたまらなかった。
「カリン!! おはよう!!」
「えぇ、カリンさん。ごきげんよう」
胸に手を当てて深く頭を下げる、【サキュベーター】では上位の人間にしか許されない挨拶だ。
私はできるだけ上品にふるまった。私の家の格を誇示するため、アカネに唯一勝てるものがそれしかなかったから……悔しかった。本当は諦めていたけど、そんな私にもチャンスが訪れた。
(【性王】様からの召集令状……?)
遂に私も一人前の【サキュベーター】として働くときが来た。赴任先は……地球。月の前哨基地に【性王】様直々に来られるという話だ。これほど大きなチャンスを逃す訳にはいかない。私は身支度を手短に済ませ、すぐに故郷を発った。
「よく来たな、カリンよ」
「……はっ!」
「まずこの地球だが……すでに何人も送り込んでいるのだが、全ての作戦は失敗してしまった」
「なっ……」
「どうやらこの惑星には【貞器】を使える人間がいくつかおるらしい」
「【サキュベーター】でもないのにですか?」
「そうだ、あと、そうだな……アカネが向こうについた」
「……はい?」
「アカネは裏切った。カリンも知っている、あの子のことじゃ」
「なんですって……!?」
寝耳に水だった。紅葉アカネがあの【性王】様を裏切った……? 私が持っていないものを持っていながら、【性王】様から名を授かっておきながら……。これはチャンスだ。私の力でアカネを誑かした男の【貞力】を奪い、地球侵略の役に立てば、アカネのポジションに私が成り代わることさえできるかもしれない。
「私に任せてください。絶対に上手くやって見せます」
「期待しておるぞ」
そうして、私は地球に降りた。
(ふふふ……鬼童貞男の身柄を拘束、もう勝ちが確定したようなものだし、じっくり楽しもうかしら。紅葉アカネに味わされた苦しみ、この子で晴らしちゃってもいいわよね。だってこの子、あの子の大事な子みたいだし)
私は鬼童貞男を鞭でいたぶって楽しんだ。その余裕の隙を突かれ、全ては失敗した。
「宇宙の果てまで、とんでけええええええええええ!!」
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオン!!
「くそったれええええええええええええええ!!」
(あぁ、私はまた忌々しいあの子に勝てなかったのね……。でも相手が二人居たから……一対一なら……)
紅葉アカネの一撃で太陽系の外まで吹き飛ばされた私は再度のリベンジを切望した。次は絶対に勝つ───。
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