第4話 メアリの方策


 結局、話はナディネが婚約者に選ばれるように動く、ということでまとまってしまった。自室に戻ったメアリはドアを閉めるとふぅ、と大きくため息を吐く。


「フランカ姉様にはこのまま領地経営をさせてあげたいわ。それには同意見。でも、ナディネ姉様だって。騎士団長様とは無理だとしても……せめて、好みに近い殿方と結婚して幸せになってもらいたいのに」


 メアリだってノリス家の一員なのだ。大事にされるのはありがたいが、少し除け者にされている気がしてメアリは悲しそうに目を伏せる。自分も姉二人のことはとても大切なのに、と。


「フェリクス様には、なんとかして私を選んでもらえないかしら」


 メアリはそう考えたが、自分が最も候補から遠いことは自覚していた。おそらく、最初から候補外である可能性が高い。

 なぜなら、メアリは現在十七歳。フェリクスとは十歳以上も離れているし、賢い女性を望む彼にとって小娘は論外だろうからだ。


 そうでなくとも、メアリはフランカのようにすごく勉強が出来るわけでもなければ、ナディネのように戦う知識だってない。勉強は一般常識レベルに出来る程度であるし、騎士のことだって少しだけ専門用語がわかるといったくらいである。


 他に特別な知識を持っているわけでもないし、何より外見からそうとは見られない。

 やや垂れ目のおっとりとした印象は、多くの者たちには好まれるものの、フェリクスの好みとは正反対だろう。ふわふわとした髪も、お人形さんのようなかわいらしさはあるが、理知的にはとても見えないのだ。


 それこそがメアリの良さであり、すでに婚約の申し込みがあるほど他の男性には人気ではあるのだが。

 余談ではあるが、メアリ命な家族によって婚約の申し出は全て揉み消されている。


「人は見かけで判断してはダメ。そのくらい、賢い次期宰相様なら理解しているはず、よね?」


 自分に賢さはあるだろうか。メアリは自問する。そして自答した。


「賢い女性と思わせることは出来るかもしれないわ」


 もしも結婚後に賢くないとバレたとしても、時すでに遅しだ。結婚さえ決まってしまえば、実際はさして賢くないことがバレようとも構わない。姉二人が結婚しなくてすむのならそれでいいのだ。


 どうせメアリも、あと数年もしたらどこかへ嫁ぐ予定なのだ。自分を溺愛する母や姉たちが、まだ早いと申し込みを蹴っているだけに過ぎないのだから。たぶん。


 ……いや、下手をすれば大事にされすぎて婚期を逃す可能性だってあった。


 メアリ自身にやりたいことはまだ見つかっていないし、結婚後に何か目標を見付けるのもいいだろう。王都にはこの田舎とは違っていろんな物があるのだから。


(まぁ、何も見つけられなくても住む場所と人が変わるだけだし、なんの問題もないわ)


 メアリは結婚に夢を見たりもしない、少々ドライな性格であった。


「確か、一カ月この屋敷に滞在するのよね。それなら最初は……観察から。フェリクス様が実際はどんな方なのかを知らなければ」


 もしもフェリクスがメアリを選んだのなら、もはや誰にも止めることは出来なくなる。何せ王命なのだから。


 自分が選ばれるように仕向ける。この作戦は母にも姉にも言えないことだ。絶対に止められる。


 メアリは誰にも気付かれることなく、ひっそりと計画を立てるのであった。


 ※


 こうしてついにフェリクスが訪れる日を迎えた。今夜、夕食の席で改めて紹介をするという。今は彼のために用意した客室で休憩をしているそうだ。


 メアリは姉であるナディネの部屋を訪れていた。そこにはすでにフランカも来ており、早速二人でフェリクスについての話をしていたところである。


 もちろん、そうだろうと見越してメアリも訪ねている。


「あら、メアリ。どうしたの? 怖くなったかしら。そうよね、見知らぬ男性が同じ屋敷にいるのだもの」

「こっちへいらっしゃい。かわいい子」


 姉二人は一切の警戒なくメアリを招き入れてくれた。二人ともメアリを溺愛しているため、一度も追い出されたことはないので当然の結果ではある。


「先ほどのフランカ姉様の鋭い眼差し、最高でした! きっと印象は悪く映ったんじゃないでしょうか」

「そ、そうかしら? 母様に似たキツい顔付きが良かったのかもしれないわね」

「ふふっ、美人が怒ると怖いですからね。ですがまだ油断は出来ません。候補から最も近いのは姉様なのですから。言葉や態度で敵意を示しましょう。まずは相手の戦意を削ぐことが大事です」


 まるで戦の話を聞いているかのようである。実際、彼女たちにとっては戦なのだろうが。


「私、思ったことはつい口に出してしまうもの。きっと、無理に頑張らなくても嫌われるような言動は出来ると思うわ」

「頼もしいですね! 私の方は……出来るだけ馬鹿なことをしでかさないようにだけ気を付けます。うぅ、それが難しいのですけど」


 メアリとしても、フランカが候補から除外されるのは願ってもないことだ。さすがにフランカを超える賢さを演出するのは難しいと考えているからである。

 ただ、ナディネなら。少し失礼にはなるが、戦いに関する知識以外ならどうにかなるかもしれない。彼女の明るさと楽観的な部分は、悪く言えば頭が悪く見える部分でもあるのだから。


(もちろん、ナディネ姉様が馬鹿だなんて絶対に思わないけれど)


 メアリもまた、姉たちが大好きであった。


 だからこそ、メアリは密かに腹を立てているのだ。先ほど、軽く挨拶だけを交わした次期宰相フェリクス・シュミット。


 メアリの目に彼は、人を見下すタイプに映っていたからだ。


(人の良さそうな笑みを浮かべていらしたけれど、目は笑っていないように見えたもの。それに、返事に淀みがなさすぎるわ。きっと、普段から上辺だけのやり取りに慣れていらっしゃるのよ)


 たったあれだけのやり取りで、メアリはすでにフェリクスの本質を見抜きつつある。


(絶対に腹黒。笑顔の眼鏡宰相だなんて腹黒に決まっているもの)


 偏見が混ざっていることは否めない。だが、実際その通りであった。


 メアリは、非常に洞察力の鋭い少女であった。

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