この世界はきっと愛で出来ている!~神様代理人のハピエンルート開拓史~
茜野
-40 「拝啓、親愛なる君へ」
拝啓、親愛なる君へ。
君がこの本を手にする時、齢はきっと十を越えて、それから大体二年と経っているくらいだろうか。
嘗ては腕の中にすっぽりと収まってしまうくらいだった君はもう随分と大きくなっていて、その背の高さとて庭の薔薇の花より上か、若しくはそれと同じくらいまで成長している事だろう。
今、このメッセージを書き綴っている僕はまだ、未来の君の大きくなった姿を想像する事しか出来ない。
今の僕にはまだ、ふくふくとした柔らかな頬を目一杯膨らませて、沢山寝て、沢山食べて、沢山泣いて、沢山笑って、すくすくと元気一杯に過ごしている、まだ赤ん坊の君しか知らない。
声を掛ければ小さくてふにふにとした温かな紅葉の葉っぱの掌を思いっ切りに振り上げて、舌足らずで音を鳴らしているだけような言葉にも満たない声を上げながら、ようやっと見えるようになった世界を新鮮そうに楽しげにキラキラとした瞳で見上げる君しか、知らないのだから。
それくらいの事しか、今の僕には知る由もないのだから。
これを読んでいる頃の大きくなった君は、住む家や食べ物に困らず、温かな部屋でお腹いっぱいにご飯を食べているのだろうか?
好き嫌いはしていないだろうか?
病気はしていないだろうか?
大きな怪我はしていないだろうか?
悲しい思いをしていないだろうか?
寂しい思いは……させていないだろうか?
恐らく、この本を読む頃にはきっと、君はとても辛い現実を目の当たりにする事となっているのかもしれない。
何せ、それが解っているからこそ、僕は此処にこの文章を書き記している。
この本はそんな君の為に、僕が残した本だ。
将来、君の役立つ為に残した本でもある。
辛い現実を乗り越えようとする君に、それでも大人になろうとする君の背中に、ほんの少しでも押してあげられるような“何か”を与えられたら……そう思って、僕は君にこの本を託したいと思ったんだ。
その理由の発端が、ちょっとした
だって今、他に残されているものと言えば、どれも皆何か物足りないからだ。
大事なものが何一つとして、まるで残っていない。
皆忘れてしまっているんだ。
それは多分、君も同じ。
“大事なものはいつだって目には見えない。”
嘗て、そう僕に教えてくれた“誰か”がいた。
その人は大きな身体に幼い心を持って、随分と長く、果てしない旅路を経て僕の前に現れた。
それから僕はその人と同じ時間を同じ場所で、同じ経験を重ねながら、共にこの世界を歩んだ。
そして、共にこの“世界”と言うものを知ったんだ。
それは彼に見付けて貰えた僕だけの特権でもあって、彼と一緒にいた僕だけの特別な一時でもあった。
でもそれはもう、等の昔に終えてしまった。
彼は、とてもとても遠い場所へ、往ってしまったんだ。
帰ってしまったんだ。
そして、君はこの世界に産まれてきた。
入れ替わるように、空席に収まるように、新たにこの世界に生まれてきた君と………僕は、出逢ってしまった。
これが元々の運命だったのか、それとも、偶々の巡り合わせなのか。
それは僕には解らない。
解らないけれども、それでも、僕にも解る事が一つだけあった。
それは、君が十二の歳になる頃に、とても辛い出来事が起きる……かもしれないって事。
君は十三と言う短な年齢にすら辿り着く事なく、その命を終えてしまう……かもしれないと言う事。
この世界は二番目の世界。
所謂、“
彼と共に同じときを過ごしてこの世界を改めて知った僕は、同時に、この世界に置いての“
それは、亡くなった誰かが新たな命を持って再びこの地へと生まれ変わってくるように、生きとし生ける者達は皆、輪廻転生を繰り返してそこに在る……と言うもの。
無論、皆が皆只ひたすらに同じ運命を歩むと言う訳ではない。
新たに生まれ変わってきた誰かの中には、それこそ、全く違った運命を歩む者だっているだろう。
只、それは当人の心の向き先次第。
心が“これだ”と決めた選択肢次第であって、その行く先は幾重にも、無限と言える程にも変わり往く。
未来はいつだって決まっていない。
何故ならば。
運命とは、未来とは、自分が選び進み続けた結果に過ぎないものなのだから。
だから僕は君の事を守る為に、君の心を守る為に、そして君に伝えたい事があるからこそ、この本を残す事を決めた。
それからこの本は、皆が忘れてしまった事をいつか思い出せるようなささやかな切っ掛けになるようにと、僕が見聞きしてきた事が記されているものでもある。
僕が知っている事を、君や他の誰かに伝える為にこの本はあるんだ。
知った所で何か意味があるのか、それは人それぞれだけれど。
そこには、楽しい事があったかもしれない。
そこには、嬉しい事があったかもしれない。
そこには、悲しい事もあったかもしれない。
そこには、辛い事もあったかもしれない。
それでも、いつか君がこの本を読んでくれる事を僕は心から待ち望んでいる。
この本が何か君の力になってくれたら……今これを書き記している僕は、そう切に願って止まない。
だから、どうか君に、この本を読み遂げて欲しい。
この物語を、最初から最後まで見届けて欲しい。
そして読み終わったら、この世界は存外悪くないものなんだって、少しでも思わせる事が出来たのならば、僕もこの本を渡した甲斐があったと思える。
……まぁ、でも、それは君の心次第だ。
つまらなかったのなら、それで良い。
楽しかったのなら、それで良い。
ただ、それでも見てくれたら、読んでくれたら、知ってくれたら、それだけでも僕は嬉しいのだから。
故にこそ。
故にこそ、だ。
僕が残した、僕が見てきた世界を映すこの本を、大きくなった君に捧げたいと思う。
親愛なる幼い君と、友愛なる未来の君に。
只一人の為だけに在り、只一人の為に贈る──僕の“物語”を。
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