第24話 脱出

「ん……あれ……?ここは……ハッ!」



 眼を覚ましたアンリは、咄嗟に首に手を当てる。



「……ッハ〜……よかった……」



 その手に血は付いていない。



 どうやら傷はないみたいだ。



「時計の針も進んでるわ!ここは確実に現実の世界よ!」



 それに時間の進みも正常に戻っている。



「ん……うぅ……」



 隣に転がっていたニアも眼を覚ましたようだ。



「ニアちゃんニアちゃん!脱出成功よ!」



「ん、やった。」



 アンリとニアは、手を取り合ってはしゃいでいる。



「まさかあんな事をするなんて……せっかくずっと一緒にいられそうだったのに……!」



 現実世界へ帰還した事に喜ぶ二人とは反対に、ビカラはゼェゼェと苦しそうに荒い息をあげている。



 現実に戻っているので、ビカラの首にも傷はない。



 だがニアとアンリの自傷がビカラにも共有された事で、精神的にとてつもないダメージを負ったようだ。



「痛みが共有されるはずなら、私たちの傷もあなたに共有されると思ったのだけれど……その通りだったみたいね」



 アンリはビカラの様子を見て、先ほどまで考えていた事が合っていたのだと確信する。



「あなたが傷を作る場所は、死に直結しない部分ばかりだったわ。どうせ意識だけの空間なら、わざわざ手や脚じゃなくて、急所を斬ればいいのに。つまりあの空間での死は、本当に死ぬか現実に戻るかの二択と考えたの」



 続けてアンリは、自分たちの行動の理由を説明した。



「死んだら共有、できないもんね」



 ニアとアンリはビカラの本心を見抜いていたということだ。



「だけど確証はなかったはずだわ……!なんでそんな事ができたのよ……!?」



 ビカラは確証なく死を選んだ二人の思考に追いつけないでいる。



「あなたは誰かの事を思った事があるかしら?」



「何よ突然!何が言いたいわけ!?」



 何も分かっていないビカラを見て、アンリはため息をつく。



「いい?誰かを守りたいって思いは何よりも強いのよ。自分の事しか考えてないあなたには、到底理解できない事でしょうけどね」



 アンリは王国の民であり、友人でもあるニア、ケントを守るため。



 ニアは友人であるアンリ、ケントを守るため。



 自死に相当するダメージを負う事で、ビカラを倒そうとしたのだ。



 例え現実に戻れなくても、ビカラを倒せる唯一の可能性を信じて。



「じゃああんた達は!他人のために現実に戻れる確証もないのに自殺したって言うの!?信じられないわ!」



 ビカラの眼には、アンリとニアの方がおかしく見えているのだろう。



「私たちは、自分の大切なものを守るために自死を選択したの。つまりあなたと私たちじゃ、最初から覚悟がちがったのよ。だから、危ない賭けだったけど私たちが勝ったって事」



「うるさいうるさいうるさいうるさァァァァい!あァ……あなた達のせいで死の感覚が……死神が見える……怖い……こわいこわいこわいこわいこわいィィィィ!!」



 ビカラは二人分の死の感覚を共有した事で、精神の崩壊が始まっていた。



 死の経験とは、それほどまでに精神を蝕むのだ。



「あなたが今まで弄んできた人たちの苦しみは、こんなものじゃ無かったはずだわ……!大人しく罪を償いなさい。そしてもう二度とこんな事をしないで」

 


 アンリはビカラに罪を償うように説き、動けないように拘束魔法をかける。



 もう既にビカラに抵抗する気力は残っていない。



 そしてアンリは、倒れているマインの元へ駆け寄った。



「マイン!!マイン!!!」



「アンリ……様……」



 アンリの声に、かろうじて意識を取り戻したマインが反応する。



「よかった……今すぐ警備兵と治療班を呼んでくるからね!そこで待ってて!」



「はい……面目ありません……」



 アンリは気にしないでとマインに目配せして、ニアにも声をかける。



「それじゃあニアちゃんはケント君の容態を確認してあげて……ってもうしてるか」



 ニアは、意識の世界で気を失っていたケントに駆け寄っていた。



「ケント!大丈夫!?」



 ニアはケントの肩を揺らして声をかける。



「ん〜……?あれ、ニア?俺……あぁぁぁ!あの女!どぉ〜こ行きやがったぁ〜!ニアとアンリさんを傷つけやがってぇ〜!許さねぇ!」



「ケント……!」



 ケントの無事が確認できて、ほっとするニア。



「よかった……よかったぁぁ!」



 そして緊張の糸が切れたのか、ニアの目からは大粒の涙が溢れ出す。



「なっ……!どうしたんだよニア〜!」



 ケントは涙を流すニアを初めて見た。



 だがそんなニアに戸惑いつつも、その温かさから自然と笑顔を浮かべるのであった。

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