第21話:〝雷雲紡ぐ魔女〟VSーー
ライラとリゼの〝お茶会〟当日。
レヴはなぜか、この〝お茶会〟を仕切っているアレシアに呼び出されていた。
「こんばんは、レヴ君」
城の中にある一室に呼び出されたレヴは不機嫌そうに、窓際の作業台の上に腰掛けているアレシアへと視線を向けた。そこは作業室か何かに使っているであろう部屋で、椅子と作業台以外に何もない。
「……何の用ですか。今からライラのお茶会があるので、楽しくお喋りという気分でもないのですが」
部屋の入口で佇むレヴがそう冷たい声を出した。
今回のお茶会は観客が入るパターンではなさそうだったので、部外者のレヴは見学することもできなかった。どうやらミオはこっそり見に行くそうで、その時だけはあの身体が羨ましいと思ってしまう。
「ふふふ、そうね。色々とやってあげたそうじゃない」
この三日間。
レヴは新たな〝武器〟を手に入れたライラの特訓に付き合っていた。ライラは驚くほどに飲み込みが早く、初日に比べるとだいぶ上手く使いこなせるようになっている。
もし本気で戦ったら苦戦するかもしれない――そう思わせるぐらいには。
「別に大したことはしてないさ。夜域の支配者の娘だけあって、彼女は優秀だったよ。僕の手伝いなんてきっかけにすぎない」
「でも、その戦いぶりが気になるでしょう? ふふふ……それともこっそり覗き見でもする気だった?」
アレシアが楽しそうに笑いながら、腰掛けていた作業台から降りた。
「さあ、そろそろ見ましょうか」
「何を?」
「お茶会。〝ナイトキャップ〟には特権があって、どんなお茶会にも見学権があるのよ。だから一緒に見学しましょ」
アレシアが微笑みながら手をレヴへと差し出す。
それを見て、レヴがそのほんの一瞬の間の思考を巡らせた。
見学権とやらがあるのは初耳だが、そこに関してはおそらく本当だろう。
だが問題は、なぜそれに自分を誘ったかだ。
決してそれは純粋な行為からではないことは歴然であり、安易に誘いに乗るのは危険ではないかと邪推してしまう。
そんな危険予知と、それでもライラの戦いぶりが気になるという気持ちが天秤に乗せられ、ぐらぐらと揺れる。
しかし結局――レヴはアレシアの手を取ったのだった。
どんな意図があるにせよ、この魔女と敵対するのはあまり好ましくないと判断したからだ。
「さあ、行こう……と言っても、すぐそこなんだけどね」
アレシアが笑いながら、窓辺へと立つ。レヴもその横に並び窓から覗くと、そこにはあの植物園のような中庭があった。どうやらこの部屋は城の二階で、中庭に面していたようだ。
今まさに、噴水の前でライラとリゼが対峙していた。
二人ともいつもの制服姿で、何か道具や武器を持ち込んでいる様子はない。ライラだけが大きめのポーチを腰に付けているが、武器が入っているような形状には見えない。
「さあ、始まるよ。ふふふ……この時間が一番ワクワクする」
アリシアの言葉と共に――姉妹による〝お茶会〟が始まったのだった。
***
既に〝お茶会〟は開始されているのにもかかわらず、リゼもライラも動かず、ジッと見つめ合っていた。
リゼはなぜか不思議と冷静だった。
ついさっきまでは、腸が煮えくりかえるほどの怒りに囚われていたが、ライラの顔を見た瞬間に一気に冷えた。
それは彼女の本能が、目の前の魔女が自分の知っている妹ではないと、気付いていたからかもしれない。
ライラの顔には、リゼのよく知っている怯えや恐怖の感情は一切なかった。
あるのは覚悟と、ほんの少しの自信。
「ああ、ムカつく。出来損ないの愚図のくせに」
リゼが吐き捨てるようにそう言って、右手を掲げた。
「あれだけ痛み付けてやったというのに、なんで立ち向かってくるの? なんでお前が後継者候補になるの? なんでお前はあのレヴという奴の為にそんな無茶をするの?」
リゼがそんな言葉と共に、魔術を発動する。
それは周囲のエーテルを雷という現象へと変換、さらにその方向や向きを操作し、相手へと放つというシンプルなもの。しかしその性質ゆえに、自然に起こる雷よりは速度も遅く、見て躱すことも可能だという。
しかしそれは――
代々、雷の魔術をその代名詞としてきた彼女達の一族は当然、そんな弱点を様々な方法で克服している。
例えば――エーテルから雷へと変換する際の無駄を極限まで減らし、その発生速度を高めることで、その雷撃は、本物の雷と遜色ない程度の速度で相手を襲う。
それは糸の如く細い雷撃であるが、生身で当てればタダではすまない。
しかし、当然ライラもそれは承知だ。
「効かないよ!」
ライラ自身を中心とした半径三メルトルの球状に広がった磁場が、その雷撃を弾く。
「ま、そうなるわよね」
それを見ていたリゼが、雷撃を撃つのを止めた。
「鬱陶しいけど、いくら撃っても無駄なのは分かってる。でもそれでどうやって勝つ気? もしかしてそうやってずっと閉じこもっている気? あんた、何も成長していないわね」
リゼがそうライラを挑発する。
「私はもう……お姉ちゃんの知っている私じゃないよ」
それをまっすぐに受け止めたライラが一歩、リゼへと踏みだした。次の一歩で走り始め、疾走へと変わる。
二人の間にある十メルトルの距離が狭まっていく。
「そう。だったら、見せてみなさいよ! その成長とやらをね!」
リゼが凶悪な笑みを浮かべながら、両手の指を広げる。十本の指先から紡がれるのは糸のように細い雷。
「〝我は雷を織る者。それを紡ぎ、放つ者なり――〟」
そんな詠唱と共に、雷糸で空中に紡がれていくのは――円形の幾何学模様。
それは召喚陣と呼ばれタイプの魔法陣であり、その名の通り、何かしらの存在や物体を召喚する為のものである。
当然、本来なら下準備が必要なものであり、〝お茶会〟で使うには、予め召喚陣を描いたものを持ち込むぐらいしか方法がなかった。
しかし
もちろん――緻密な操作と安定した魔術行使を可能にする技術があっての話ではあるが。
「〝食い散らかせ――
召喚陣が発光し、その異形が姿を現す。
それは端的に言えば巨大な蜘蛛だった。しかしその胴体はまるで雲のようになっており、バチバチと放電している。
その頭部には、今しがた通ってきた召喚陣が刻まれている。
「っ!!」
ライラが走りながら、その蜘蛛を見て腰のポーチを外す。
「あはは! こいつは私が育てた魔獣よ! 雷は弾けても、こいつの攻撃は弾ける!?」
リゼが笑いながら、刻まれた召喚陣を通して蜘蛛へと命令を下した。
〝目の前の女を殺せ〟――そんな非情でシンプルな命令を、蜘蛛が実行する。
禍々しい鎌状に発達した前脚がライラへと薙ぎ払われた。
それは単純な物理攻撃であるがゆえに磁力は無力。
単純に巨大でかつ強力な魔獣を盾にして、後方より雷撃で援護射撃するこのやり方こそ、リゼを〝イレブンジズ〟まで押し上げた戦法だった。
魔女同士の戦いに慣れているものほど、魔獣に戸惑い、そしてその間に雷撃に灼かれていく。
今回は雷撃が効かない相手であることは分かっていたので、とっておきの切り札である魔獣を召喚したリゼの考えは間違っていない。
「……あと六メルトル」
そんな呟きと共に、ライラがポーチを自分へと迫る蜘蛛へと放り投げた。
「そんなもので防げるとでも!?」
例え鋼鉄であろうと軽々と切断する雷蜘蛛の鎌の前では、それはあまりに無力な行為。
そうリゼが思った瞬間。
「キシャアア!?」
雷蜘蛛が苦しそうな声を上げる。
「は?」
ライラを襲ったはずの雷蜘蛛の前脚が――
リゼが慌てて、ライラを見るもその手に武器らしきものはない。
ありえない。何をした? 武器を使った? それとも魔術?
そうやって混乱している間に――リゼは気付く。
ライラの周囲の空気が黒く霧がかっていることに。
「あれは……」
リゼがその正体に気付く前に、その黒いモヤが動く。
それはまるで薄い刃物のような形状にひとりでになると――
「うそ……」
再び霧散したそれを纏いながら、塵となって消えていく雷蜘蛛を尻目にライラが駆けてくる。
両者の間にある距離は、もう四メルトルまで縮まっていた。
「あああああああ!」
焦ったリゼが同時に十条の雷撃を放つ。
しかしその雷撃は、ライラの前でまるで盾のように広がったその黒い霧の前であっけなく消えた。
どころかその黒い霧が雷を帯び始める。
そこでリゼはようやくそれの正体に気付いた。
「マズい……マズいマズいマズい!」
リゼが目を見開き、慌てて反転する。それが自分の推測通りのものなら、ライラの魔術範囲である三メルトル以内に入ることは――死を意味する。
「あと、
まるで死刑宣告のようなライラの声が聞こえてくる。
「嘘よ嘘よ嘘よ、こんなの嘘に決まってる! 私があいつに負けるな――」
リゼが恐怖に負けて、思わず振り返ってしまう。
そこにいたのは――放電する黒い霧を纏い、操る一人の魔女。
「ああ……クソ」
黒い霧が集まり、まるでハンマーのような形へと変わると――リゼへと振り抜かれた。
衝撃と痛みが同時襲ってきて、リゼの身体はあっけなく吹っ飛ばされる。
地面をゴロゴロと転がって、ようやく止まるも……リゼには既に立ち上がる力はなかった。
「――勝者、ライラ・イレス」
そんな宣言がなされ――あっけなく姉妹対決の勝負はついたのだった。
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