第5話:答え合わせ


 ライラが目覚めた時、そこは講話室のような小さな部屋の中だった。ソファとテーブルが置かれただけのシンプルな部屋で、壁際の棚には何やら良く分からない標本や骨格模型が置かれていた。


「あ……れ?」


 石橋の上で試験を行っていて、なぜかいきなりレヴにナイフで刺された。そこまでは覚えているのに、そこからこの部屋までの記憶が一切ない。


 横を見れば、荷物がちゃんと運ばれている。さらに反対側のソファでレヴが眠っていた。


「もしかして……あれは夢?」


 馬車の上で眠ってしまって、仕方なくここに運ばれた?

 状況が分からず、ライラが困惑する。ほどなくして、レヴが目を覚ました。


「やあライラ、おはよう。さっきはいきなり刺してごめんね。多分、説明するよりも早かったから」


 優しい笑みを浮かべながら、さらっととんでもないことを言うレヴにライラが思わず苦笑してしまう。

 流石に、刺してごめんねという謝罪を受けたのは初めての経験だった。


 それなのに、少しも嫌な気分にならないのは、きっと見た目がいいからだろう。


 ズルいなあ……と心の中で少しだけ嫉妬するライラだった。


「ねえ、レヴさん。その刺したっていうのは……」

「うん。二人して夢を見ていて、その中で試験を課せられていたんだよ」

「夢の中!? でも、いつから?」


 その問いに、レヴが答える。


「あの石橋の中央にあったアーチを抜けた時から、かな。あのアーチにはおそらく睡眠の魔術式が刻まれていたんだろうさ。いやあ、凄いよね。通っただけでああも簡単に眠らされるなんて。悪意があれば僕らはとっくに殺されていてもおかしくない」

「魔術式……それって魔法陣の類いだよね」


 ライラが家庭教師から習ったことを思い出しながら口にする。


「そう。魔女が直接エーテルに干渉して起こす魔術とは違って、予め魔術を式化したものを物体に刻んで、条件を満たせば発動するようにしたものだよ。魔法陣も似たようなものだけど、あれはどちらかというと魔術発動の補助的な役割しかなくて、こっちは完全に独立したものだ」

「条件がいる代わりに、勝手に発動するってことだね」

「まあ、条件は色々だけども」


 その発動条件についても、レヴは大体検討がついていた。

 <通り抜けた者>、だけではおそらく弱すぎて発動しない。こういう魔術式は、難しい魔術を発動させるにはそれ相応に厳しい条件を設ける必要があるからだ。


「多分だけど、この制服に細工がしてあるね。ああいうを跨ぐ際の、分かりやすい許可証は衣類や小物だから。死者を弔う時に白い衣装を着せるのと同じだよ。現世から冥府へと渡るために必要だから、着せている」

「境界?」

「そう。現実と夢の境界。橋の上、アーチの外と中、いかにもだろ?」


 レヴの言葉にライラが、あっ、と小さく声を出した。


「そうか! 橋は違う場所と場所を繋ぐ場所だし、アーチもトンネルの一種と考えると……どちらも境界を跨ぐものだ!」


 あの短時間でそこまで分かって、かつ睡眠の魔術で眠らされたことに気付いたレヴの分析力と洞察力に、ライラは驚かされていた。


 自分だったら、一日考えてもきっと気付かなかった。


「この制服に施された<何らかの細工を身に付けて>、かつ<十六歳>で、<今日>、あの石橋の上にあるアーチを<通り抜けた者>――条件はそんなとこだろうさ」


 よくある条件である、<女であること>――が含まれていなかったのは幸いだったと思うレヴだった。でなければ今頃、教師陣がひっくり返っているはずだ。


 (まあ普通に考えて女装した男が入学してくるなんて思うわけないか)


 そう心の中で自嘲する。


「でもいくら条件が厳しいからって、あんな風に簡単に眠らせることってできるの?」

「だからこそ、あの人はここで教師をやってるんだろうさ。恐ろしいぐらいに長くて緻密な式でないと、睡眠の魔術式なんて作れないよ。さらに、夢の共有化までやってのけてるんだから、凄い」

「そうか、あの先生、こっちの夢の中にまで入ってきたんだもんね」


 そのライラの言葉に、少しだけ考えてからレヴが首を横に振って否定する。


「いや、僕とライラの夢に入ってきたというより、あの教師の夢の中にって感じだと思う。夢の世界はある意味、〝領域〟よりも自由だからね。だから、アイアンゴーレムをあんな風にわざと小出しにして、分かりやすく橋なんかを破壊した」

「わざと?」

「夢の中でも話したろ、あのゴーレムの使い方は無駄が多いって。コストは一緒なのに、攻撃や防御のたびに毎度召喚コストを払うのはやっぱりおかしい。そもそも魔法陣もない空中で召喚した時点で、もうここは現実ではないと言っているのと同じだ。夢の中だから橋なんていくらでも壊せるし、新入生が何人きたところで同時に対処できる。夢は複数あってもいいし、時間の流れだって自由にできるから。夢の主である限りね」

「あー、そっか」


 ライラが納得とばかりに頷く。それでもレヴは、いくら夢の中とはいえ、意識を保ちながら同時に何人もの生徒を試すのは並大抵のことではないことを知っていた。


「あのユーレリアって教師、相当に強い魔女だよ。是非とも色々と話を聞きたいね」


 将来、殺す必要性が出た時のために。

 そんな思考しかないレヴだったが、そんなことは知らないライラが尊敬の眼差しを彼へと向けた。


「レヴさん……いやレヴ君は偉い! 私なんて勉強大っ嫌いなのに、レヴ君はもう色々と学ぼうとしていて凄い!」

「……まあね」

 

 レヴが曖昧な笑みを浮かべた。決してそんなつもりではないが、まあ褒められて悪い気分でもなかった。


「私も頑張らないと!」


 なんて話していると、レヴが視線を扉へと向け、太もものホルスターへと手を伸ばす。


 すると扉が開き、とある人物が部屋の中へと入ってきた。


「うんうん、流石ね。魔術式の条件まで見破るなんて、君はやはり素晴らしい。ちなみにもう試験は終わっているから、構えなくてもいいよ、レヴ・アーレス」


 そんな賞賛の言葉を口にしたのは、ユーレリアだった。


「……先ほどはどうも」


 レヴが手を元の位置に戻しつつ、自分の動きがバレていたことに舌を巻いていた。やはりこの教師、只者じゃない。

 もし殺す必要があるなら、かなり苦労しそうだ――そう思うぐらいには、認めていた。


「君達がちょっと特別だったせいで、今まで時間が掛かったのだけど、試験結果を伝えるわ」


 ユーレリアが二人に向かって笑顔を向けた。


「は、はい!」

「まあどっちでもいいけど」


 緊張気味なライラと、心底どうでもよさそうなレヴを見て、ユーレリアの笑みが苦笑に変わる。


「二人とも、〝ダスト〟」

「ううう、やっぱりぃ……お母さんに怒られる……」


 嘆くライラをよそに、レヴはその事に対して言及せず、とある問いをユーレリアへと放った。


「それでどっちだったら、先生の講義を受けられるんです? 〝魔術理論と制御式〟を担当されてるんでしたっけ」

「心配せずとも、どちらでも私の講義は取れるし、そもそも私が今年の〝塵〟の担当よ」


 ユーレリアが興味深そうにレヴを見つめながら、そう答えた。

 するとレヴが嬉しそうに頷いて、笑みを浮かべる。


「だったら僕は満足です。一緒に頑張ろうね、ライラ」


 その、同性ながらも心が奪われてしまうほどに美しいレヴの笑顔を見つつ、ユーレリアが心の中で呟く。


 (だったことを喜ぶべきか、それとも――)


「私はともかく、レヴ君は絶対に〝エステル〟ですよ。先生、なぜ彼女は〝塵〟なんですか」


 ライラが真剣な表情でそう聞いてくるので、ユーレリアはさて、どう答えようかと悩む。なぜなら彼女は、レヴに対して、何か不自然な流れがあることを察知していたからだ。


 アーレスでの暗殺事件が関係しているのかもしれない。そう考えるぐらいには、彼女は聡かった。

 ゆえに無関係と思われるライラの前で、あれこれ話すのはあまり良くないだろうと考えたが――


「僕がアーレスの魔女で、しかも試験中に魔術を使わなかったから、でしょ?」


 レヴが笑顔でそう言うものだから、ユーレリアは苦い表情を浮かべるしかなかった。


「正解」

「……はい?」


 ライラが信じられないとばかりに、あんぐりとその小さな口を開けた。そういえば、さっきの会議でもこんな表情を見たな、とユーレリアが小さく笑ってしまう。


「いやいやいや! だってレヴ君、空中でぺちゃんこにされかけてたのを避けましたよ!? あれを魔術を使わずになんて無理ですって! それに試験と出身夜域は関係ないはずです!」


 ライラがユーレリアへと食って掛かる。それを黙って笑いながら見ているレヴ。


 まだ会って間もないというのに、この二人は随分と仲が良いな、と思うユーレリアだった。


「アーレス出身が直接関係しているわけではないが、魔術を使っていないことが影響しているのは事実だし、どうやったかなんて、私が教えて欲しいぐらいよ。あの攻撃、どうやって避けたのかしら。そのナイフに何か秘密でも?」


 ユーレリアが、レヴのスカートの下に隠されているナイフ――ムーンハウルのある辺りへと視線を注ぐ。


 しかしそれに対して、レヴは片目を一瞬閉じる仕草――ウィンクをしながらこう答えたのだった。


「ひみつ」


 その表情も言い方も、レイラとユーレリアを一瞬夢中にさせてしまうほどの魔力を秘めていた。


「ま、まあ魔女なら隠すのは当然ね」


 我を取り戻したユーレリアがそう答えると、どこか遠くで鐘が鳴る音が三回響いた。


「あら。喋ってたら、入学式が終わってしまったわ」


 そう軽く言い放ったユーレリアを見て、ライラが思わず叫んでしまう。

 

「……えええええ!? 私達、出席しなくて大丈夫だったんですか!?」


 一方、レヴは嬉しそうな顔をしていた。


「そういうのめんどくさいから、丁度良かった」


 そんな二者二様の反応を見つつ、ユーレリアが仕切り直しとばかりに、パンパンと手を叩いた。


「入学式を欠席したのはこちらの落ち度だから心配しなくて結構よ。さ、これから貴女達が暮らすことになる寮に案内するから、ついてきなさい」

「はい!」


 そのユーレリアの言葉を聞いて、ライラが立ち上がる。


「そうそう、貴女達は〝塵〟だから、使うのはイオン寮よ。普通は四人一室だけども早い者勝ちだから、早く行った方がいいわね。でないと――とんでもない部屋をあてがわれるわよ」


 そう言って、ユーレリアが悪そうな笑みを浮かべた。それを見て、なぜかレヴが顔を青くする。


「あ、あの。学園の寮って一人部屋なんじゃ……」


 レヴが恐る恐るそう聞くと、ユーレリアが何を言っているんだ? とばかりに首を傾げた。


「〝塵〟の生徒に個室を使う権利はないけど? ちなみに〝星〟の生徒が使うアルベド寮は、全て個室よ。まあ生徒の数が違うから仕方ないわね」


 それを聞いて、レヴが慌てて立ち上がった。


 聞いていた話と違うぞエイシャ! と心の中で叫びながら。


「待ってください! 僕、やっぱり〝星〟を希望します!」

「なんで!? さっきまで、一緒に頑張ろうって言ってたよね!?」


 ライラがそう言うも、レヴは必死にユーレリアへとすがりつこうとする。

 しかしその願いを、ユーレリアが笑みと共に一蹴する。


「試験の結果はさっき伝えた通りだけど? どうしても個室がいいなら、〝星〟に昇格できるように精々頑張ることね。さ、行くわよ」


 無情なユーレリアの言葉に、レヴが棒立ちのまま動かなくなった。


「四人……部屋」


 見た目と所作で、自分が男だとバレることは絶対にない、そんな自信がレヴにはあった。これまでも少女のふりをして、ターゲットに近付き暗殺したことだってある。


 だが女性と同じ部屋に暮らしながら、男だと隠すことは流石の自分でも無理だと分かっていた。


 しかも――四人部屋となればなおさらだ。


「お、終わった……」


 学園潜入一日目にして、クラス分け試験よりも遥かに難しい問題に直面することになるレヴだった。

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