第2話 小さな支え


 二年任期の町内会長の、半分が過ぎようとしていた頃の出来事だった。


「虫の研究をなさっているの? すごいですね」


町内会長夫人は、古い一軒家の玄関でそう話した。

年配女性の楽しげな声が、冬の寒さで窓を閉め切った静かな街に響いていた。


「でもなかなか上手くいかなくて。温暖化で虫の増減が激しいんです」

「自然相手だもの、仕方が無いわ。そう、確かにお聞きしたことはあったの。甥っ子が大学で研究をしているって」


 以前この家に住んでいた一人暮らしの男性が亡くなり、代わりに親類が入居すると組長さんから連絡があった。独身男性だが、珍しく町内会に入ってくれるという。


「幼い頃、ここに遊びに来たことがあったんですよ、あの公園でも遊びました」

「私達の家は公園の前なの。組長さんがおっしゃったように、町内会費は来年度からにしましょうね、年度替わりでバタバタしているから。でももう回覧板は先に回っているのよね」

「はい」


 良く気が付く組長さんがそうしてくれていた。夫人は世帯台帳を持ってきて、それに住所、年齢等を記入してくれるように頼んだ。


「世帯台帳、こういうのがあるんですね。市が住民票を管理しているから、無くなったと思っていました」

「町内会が持っていないと大雨などの災害の時に困るんですよ。ゲリラ豪雨があるでしょ? 避難するときに介助が必要であるということも知っておかないと困るから。それに、戸籍はここになっているけれど、グループホームに入っていらっしゃって、ここには住んでいない場合もあるの。ああ、一番下の欄に、親族への緊急連絡先の記入もおねがいします、万が一の場合ですが」

「そうですね、何かあっても、市はそこまでわからないですもんね」

賢い彼はすぐに理解してくれた。

「このあたりの避難先は公民館になっていますから」


「あ・・・それと・・・・」

若い彼はちょっと言いにくそうに話し始めた。

「ここの外灯の電球がチカチカしているのはどうしたらいいんでしょう、柱に町内会の大きなシールがはってあるんですが」

「あ! そうなの、ごめんなさい! これ防犯灯といって、町内会で管理しているの。何年か前に全部LED電球に変えたそうだから、きっと全部消えていくわね。電球は町内会費で買うから、ここはすぐに交換してくれるように電気店に頼んでおきます」

「そうなんですか、知らなかった」

「大きな道路は国土交通省のものだったりするんだけれどね。

では、この世帯台帳は個人情報になるので、記入されたら封をして下さい。私どもの家に持ってきていただくか、お時間がなければ取りに伺います」

「はい、わかりました」

夫人はウキウキした様子で彼の家を後にした。

そして夫に

「良い方よ、昆虫の研究者だからかしら、すらっとしてて、メガネをかけていて、やさしいカマキリみたいな方」

「ハハハ、それは楽しみだな、虫の事、色々教えてもらおう」

「公園で、すごく楽しく遊んだ思い出があるんですって」

「ああそうか。おじさんも元気な頃は、よく公園清掃もしてくれたよな」

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