第5話

「あなたも死のうとしたことが」


ラナの目には今日何度目かの涙が浮かんでいた。



愛を知らぬ者というのは、自分自身の身にも置き換えられる言葉であった。

誰かを無条件に愛してしまうという感情は、ウラと出会って初めて知るものだった。それは津波のように抗いようもなく、飲み込まれていく。激流に流されているようで不安で、一人でいるよりも孤独の色を深くさせるそれは全く幸せとして成り立たない。

しかしそれを伝えてもダイレンにとって何の慰めにもならないだろう。

ラナはそう思ってただ泣いた。


「この子を育てよう。辛い運命においても強く生きられるように。

私たちに出来ることを、教えられることを出来うる限り伝えてやろう」


ダイレンはそう言うと、ラナの前に手を差し出した。

節くれだって乾燥し、皺のよったその手をラナは取る。

死に損ないの者同士がここに奇妙な縁を繋いだ瞬間であった。


___


二人は寝不足のまま朝を迎える。

しかし、赤ん坊との日常は忙しいものだった。

子どもを育てたことのない二人が、赤ん坊に振り回されて一日を終える。

そんな日々を繰り返し、三人での暮らしに少しずつ慣れてきた頃。


視界のはっきりしてきたウラは、あらぬところを見つめるようになった。


「見えているのだ」


当たり前のようにダイレンが言うので、ラナは最初何のことを言っているのか分からなかった。


「お前にも精霊や妖魔が見えるように術をかけておこう」


ふわりと一瞬体全体が浮くような感覚があり、ラナがウラを見ると彼女はたくさんの精霊に囲まれていた。

窓辺に座ってハープを弾き、ウラに子守唄を歌ってあげている風の精霊。

ウラのベッドの周りを飛び回る小さな精霊はたくさんの花を抱えている。

中には爬虫類のような鱗状の体に鋭い嘴を持つ者もいた。

ダイレンによるとそれが妖魔らしい。

危険なものではないのかと尋ねると「ウラに悪さはしないさ」と気軽な答えが返ってきた。

実際、ラナがウラにミルクをあげようと近づくと、妖魔はウラを守るように警戒をしているように見えた。

聖なる精霊にも、悪しき妖魔にも愛されるウラは真実、選ばれて生まれてきた子どもなのだと思う。

この子を育てていくからには、このような者たちともうまく付き合っていかねばならないのだとラナは今までよりも強い覚悟を持った。


こちらに敵意がないことを示せば、精霊たちはすんなりと受け入れてくれる。

妖魔の方が警戒心は強かったが、根気強くアプローチを重ねれば言いたいことをわかってくれるようになる。

しかし、精霊も妖魔も悪戯心が強いらしく打ちとければ打ち解けるほどラナが少しだけ困るような悪戯を仕掛けてくるようになった。


「どうやら、育てるのはウラだけじゃ済まないようね」


ラナはまるで自分が大家族のお母さんにでもなったような気持ちで、初めて過ごす穏やかな日々を忙しく送った。

しかし、彼女は自分のようなものが『母』を名乗ることは許されないことだと思っていた。

母でなくても愛情は注げる。自分に出来る限りの愛情を、この場にいるすべての存在に注いでいこう。

そのような思いでラナはこの家に関わる全ての者と関わった。


やがてウラは赤ん坊から幼女となり発語や読み書きが安定してきた頃、ダイレンによる魔法技術の修行が始まった。

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