第8話 『注文の多い料理店』宮沢賢治著 を読んで 

『注文の多い料理店』宮沢賢治著 を読んで     笹葉更紗



「ちょっと待っててね。あともう少しで食べれるから」

 そう言ったすぐ後に「食べられるから」と言い直した。


 今日はうちに誰もいないと言ったら、瀬奈が「じゃあゴハンつくりに行くから一緒に食べようよ」と言い出した。瀬奈は料理上手だしもちろんいうことはない。一緒にスーパーに買い物に行って、それから二人で夕食を作った。作ったと言ってもウチはほとんど横で邪魔をしているだけだ。でも、こうして横から見ているだけでも少しは料理がうまくなった気がするから不思議なものだ。


「食べられるから」と、瀬奈が言いなおしたのは、どうやら最近、若者の「ら」抜き言葉のことを文句を言っている人がいて、それを気にしだしたみたいなのだ。

 今更になって『ら』抜き言葉なんて、いったいいつの若者を中心に考えているのだろうか。ウチの両親だって普通に使っている言葉だ。


「瀬奈、『ら』抜き言葉なんてそんなに気にしなくていいと思うわよ。それをいまだにああだこうだと言い張るのは時代についていけなくなった老人たちのひがみみたいなものだから。

 言葉なんてものは生きているのだから、時代によって変わってゆくのが普通なのだから。それに、『食べられる』だと、その言葉が受動なのか可能なのかの判別がつきにくいでしょ。だから可能の場合は『食べれる』でいいのよ」


 その言葉に、瀬奈は「なーんだ」と素直に相槌を打った。


「それにしてもさっきの『もう少しで食べられる』っていう言い方、なんだか『注文の多い料理店』を思い出すわね」


「あ、それならアタシも子供のころに読んだことあるな。『もう少しで食べられます』という言葉を猟師たちは可能の意味でせっせと準備していたら、それは受け身の『食べられる』だったという話ね」


「ねえ、あれって今にしてみれば叙述トリックみたいなものよね」


「呪術トラップ?」


「叙述トリックよ。呪で変な罠にかけないで」


「変な罠と、恋の罠って文字で書くと似てるわよね」


「何の話よ」


「ねえ、ゴハン食べたら一緒にお風呂に入ろうよ」


「ウチのお風呂、そんなに広くないわよ」


「狭くても大丈夫だよ。いやむしろ狭い方が都合がいいし」


「何の都合よ」


「そしたら一緒のベッドで寝ようね」


「え、もしかして泊るつもりなの?」


「そりゃあ泊るわよ。今日誰もいないんでしょ? 一人だと危なくない?」


「二人のほうが危なそうなんだけど」


「えへへへ、恋のトラップよ。心配しないで、もうすぐ食べられます」

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