判決

こざくら研究会

第一章 黒き月

「影の雨が降る時、この地に暗黒の時代が訪れん」


石造りの高楼の窓から老人が空を見上げながらそう呟いた。


「日が、消える」


その言葉の通り、天上に座して遍くこの世を照らし出していた太陽は、黒い澱みの中に、徐々にその身を沈めて行く。





若き男性の振るったつるぎの切っ先が、鋭い爪によって弾かれる。


爪の主は巨大な竜。巨大の館程もあるその胴はどす黒く、目はぎらぎらと赤く輝いていた。


黒く禍々しいその龍は、巨大な翼と共にその前足を振り上げた。


そして止まる。



そう、その時、竜も、若き男も、その連れ合いの者達も、みな一様に空を見上げたのだった。


「世界が、黒く、染まる」


誰かがそう言った。


人間たちは絶望の声を上げ、黒き竜は歓喜の咆哮を上げる。


世界の人間たちを絶望に落とし込む、深淵、闇の月、言い伝えではそれが現れた時、人間たちは死に絶え、邪悪なる者達のみが跋扈ばっこする世界が生まれると言い伝えにあった。


「諦めるな!」


とんがり帽子を被ったローブの男が叫ぶ。


杖を振りかざすと何やら唱えると同時、その杖の先には炎が宿る。


竜がそれに気付くよりも早く、ローブの男は杖を前へと突き出した。



火球が飛び、二つに割れ、三つに割れ、それは炎の波へと変わり竜に襲い掛かる。


暗くなった世界の中、人間たちの視界が一気に明るくなる。


やったか、誰もがそう思った時、炎の中から無傷の黒竜がのっそりと姿を現した。


闇の月の力で、竜の力が増幅されていたのだ。



その時だった。


凄まじい光がその場にいたすべてに降りかかると同時、少し遅れて轟音が木霊した。


何が起こったのかは誰にもわからない。


眩しさのあまり、目を瞑っていた者たちが、そのまぶたを上げた時、起こった事象を理解した。


「黒き月が」


黒き竜は悲しみの咆哮を上げる。


「崩れて行く」


若き男は呟き、微笑むと、両手に持った剣を握り直した。


「神官達の祈りは届いたようだな。至高の神は我々を見捨てない」


男はマントを翻して、不敵な笑みを浮かべたまま、剣を竜に突き付けたのだった。





「新型火箭による黒き月の撃破を確認しました」

「ご苦労」

 ここは、ル・フェルブール王国。野蛮な魔物や、魔法等と言う邪悪な詐術を使う蛮族を、諸国と手を組んで、千年近く北の辺境の地に封じ込めてきた。

「黒き月等で世界から光を奪われる訳にはいかんのでな」

 大きな仕事机から立ち上がった、高位の貴族服をまとった老人は、顔を歪めながら言った。

「ああやって、力の均衡を保たせ、争わせていないと何時こちらに来るともしれませんしな、バカな連中です。とは言え攻められたとて、我が軍は完璧です。7万に及ぶ銃兵隊、1500の火砲を運用する砲兵隊、6千の軽騎兵に、精鋭の有翼騎兵フサリア1500、更に同数の竜騎兵が国境を固めています。補給も完璧であり、警戒、伝達網は完成されています。何時であろうと文明と言うものを、奴らに味合わせてやりますよ」

 軍服姿の初老の男に老人は笑いながら、それでは彼等があまりにもかわいそうだよと言った。

「さあ、外に出て、臣民に、太陽が陰ろうとも、我々にはその曇りを払う力がある事思い出させようではないか」

 そう言って、民衆への演説へと出かけた、国務大臣首座、ゾーシン・ド・アベルーヤ=マグチーは、背後からの暴徒の銃撃に依って暗殺されたのだった。

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