題四話 前半 『材木問屋の小町』


 さてさて、「花のお江戸は八百八町」とか申します。

これはその広い広いお江戸の一角にある、小さなお稲荷さんのはなしでございます。


 この稲荷、正式には「花房山稲荷神社」と申しましたが、誰もそんな名じゃぁ呼んだりいたしません。

なんでもかんでも願いがよく叶うってぇんで「叶え稲荷」と呼ばれておりました。


 ◇ ◇ ◇


 「若いってぇのはね。」 


 オサキ様は居並ぶ管狐くだぎつねたちをぐるりと見渡して言った。

 

 「そりゃいいもんだよ。」


 弁天様のごとき笑みを浮かべたオサキ様は、この花房山稲荷神社の稲荷神の使役キツネである管狐くだぎつねの元締めである。

今日も後ろ姿は粋な女将さんだが、前から見ると顔はキツネというオサキ様のお気に入りの姿である。


「だがね、若いやつらはなにかってぇと無茶をする。

自分本位に動いちまう。

それでも、天真爛漫にニッコリしてごらんよ。

みんなその笑顔にほだされて、まあいいかってことになる。」


 それから目の奥に閻魔さんの炎を宿らせて続けた。


「でもね、必要以上に出しゃばりで目立ちたがり屋ってえのはね。

それはそれで何かを抱えてるってこった。」


 そういうものなのか、とワシは思った。

何しろ管狐くだぎつねとして顕現けんげんした時からこの姿、若い時分じぶんなんてものを経験していない。

対してオサキ様は子狐の時に稲荷の媛神に拾われ育てられたと聞いた。


 ――オサキ様には思い当たるふしがあるのかもしれねえな。

 思い出したくもねぇよな愚かしいふるまいとか、恥ずかしい思い出がよ。


 若さゆえの愚かさを力説しているオサキ様を眺めて、そんなことを思っていいたらオサキ様の鋭い声が飛んできた。


 「狐太コウタ

ぼんやり聞いてんじゃないよ!アンタの回収先のことだよ!

若い娘は初めてなんだろ。

なにかと面倒だろうから、気を引き締めてかかるんだよ!」


 ワシはゴクリと唾を飲み込みつつ、耳をぺたんこにして頷いた。

今回の「恩の回収」相手は、おきゃんな町娘だ。

今まで接したことのねえ年ごろなので、アレが何を考えているのやらさっぱりわからねぇ。

最近ではもう顔を見るだけで、耳がキュッとなってしっぽがボアっとなるんである。


 ――確かに今まででいちばん厄介かもしれねえなぁ。


 「わかってるね。

相手を子どもだと思わないこと。

でも大人でもないよ。

そこんとこ、よぉく肝に据えてかかりな!」


 かくしてワシはしっぽと憂鬱をずるずると引きずりながら、今日も顧客のもとに足を運ぶ……、はずだった。


 が、


 稲荷の鳥居の外に、いるんだよ。

その「おきゃんな町娘」の小町がよ。

何でなのか、ここんとこ付きまとわれてんだ。

思わずオサキ様の広い背中に隠れる。

オサキ様のキツネの顔がスッと人の顔に変化へんげすると、小町に向かってニッコリ笑ってワシの尻を勢いよく叩いた。


 「さあ、しっかり回収してきな。」

「へぃ。」


 対するワシの返事は勢いがない。

仕方ないじゃねえか。

会うといつも横にべったり貼りついてくるんだぜ。

あいつの前世はタニシとかアワビだったにちげえねぇよ。

今もワシを見つけて手を振ってこっちに向かってくる。

あの軽い足取りを見ろよ。

濃い桃色の鼻緒に羽でも生えてやがるにちげぇいねえや。


 「コンタ!」

狐太こうただ。」


 小町ってえのは本当の名前じゃねえ。

確か、


 「およし。」

「小町!

コンタは、若そうなのにおつむは年寄り並みなの?

毎回小町だって言ってるじゃないさ。

いい加減覚えなよ。」


 ――毎回ワシを「コンタ」呼ばわりするオメェには言われたくねぇなあ。

それにこのやりとり、以前もお寅ことお久ともやったんだよな。

なにか?女ってぇのはこういうのがお約束なのか?

親に付けてもらった名前が気に入らねえのか?


 まあ、そうは言ってもここで張り合っても仕方ねえ。

ワシは懐手ふところでにしてふらりと鳥居の外に出た。

早速およしじゃねぇ小町がサザエの如くへばりついてくる。


 「おぃ、男女七歳にして席を同じゅうせず!だろ。

くっついてくんなよ。

しっし、離れな。」

「もう、コンタ。

大婆様おおばばさまみたいなこと言わないでよ。

そんな古くさいこと言ってるとかびが生えちまうよ。」

「小町、お前さんは木場の材木問屋のお嬢さんなんだろ。

もうちっと、ちゃんとしろよ。

今日はともはどこへ置いてきたんだい?」

「およねは茶屋に置いてきた。」

「はぁぁぁ。」


 こいつ、およしは木場にある木材問屋森田屋のお嬢さんだ。

14の時に同じ材木問屋の息子と縁談が持ち上がりかけて、それを嫌がっておかしくなっちまったらしい。

どうおかしくなったかというと、急にはすっぱな口の利き方をし始め、本来なら出掛けるときはともを連れて行かないといけないところを、いつもそのとものおよねをどこかに置いていってしまう。


 着物もとてもいいところのお嬢さんとは思えない奇抜な着方をしているのだ。

花魁のような真っ赤な紅を差し、花簪の代わりになんと塗りの箸を挿している。

問題はそれが妙に似合ってるってこった。

 

 「花房山稲荷には何を願ったんだい?」


掴まれている腕をじわじわと抜きながらワシは小町に聞いた。

小町はじわじわと逃げていくワシの腕ギュッと握ってニッコリ笑った。


 「なに?コンタはアタイのこと気になるの?」


 ――この流れもよ、お久の時もあったよなぁ。

何で女ってえのは、何かを尋ねると答えずにこういうこと聞いてくるんだろう。


 「いや、話しの流れだな。

それよりアタイっていうなよ。

はすっぱに聞こえていけねえよ。」

「コンタは、大婆様より口うるさい!」


 ――誰か助けてくれ。


 ワシは出てきた稲荷を振り返った。

オサキ様がしっしと手を振って、稲荷のやしろに消えていった。








 



 






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