第14話 家族編(一)宗教

 母親は、達也が失業している時に父が建てた家を売却してしまい、家族は別々にアパート住まいをはじめた。達也は、就職したら中古の家を購入するので、売却資金を貯蓄しておくように母親に頼んでいた。ところが、姉がその売却資金のほとんどを新興宗教のためにつぎ込んでしまったのである。


 姉は父が自殺した時、自殺の家系であるのは先祖に起因するのだと思いこみ、その因縁を断ち切るために新興宗教に入信した。しかし、ほとんどの新興宗教は、不幸な者の心の間隙かんげきに入りこんで詐取さしゅすることを目的としている。姉が入信した新興宗教もそのたぐいであった。


 姉は、高校を卒業してから定職に就いたことがなく、派遣の業務を中心に仕事をしてきた。英子伯母さんや達也が定職に就くように頼んでいたが、「お姉ちゃんはいいから、すぐ結婚するからいいから」と言って、定職に就くことを拒み続けてきた。派遣の給料では自分の生活費を稼ぐのに精いっぱいで、高額な宗教代を支払うことは出来ない。それでも、金を払わなければ不幸になると言われた信者は、借金をしてでも金を払い続けるのである。


 月々の会員費、セミナー代、幸福を祈願するためのお玉串たまくし代、先祖供養代、幸運グッズの購入代等等等。


 姉は信心深い母を巻きこんで、それらの代金をすべて母に払わせていたのである。母は、「お金を払わなければ家族が大変なことになる」と常々言っていた。気がつくと、家を売却した金額のうち三千万円ほどの金額が、僅か数年で無くなっていたのであった。そのことについて姉を責めると、


「お姉ちゃんがお金を使ってお祈りしているから、あなた達は生きていられるんだ」


 と言いだした。そこに居る姉は、もはや以前の姉とは別人だった。うつろな目つきで少しにやけているように見える表情。「それがどうしたの。別にいいじゃない。私神様に守られて幸せなの」と言いたげな様子。まるで人格が変わってしまったようである。ここまで宗教に毒された者に対しては、もはや何を言っても無駄であった。達也からすれば、家族のために先祖供養をしたいのであれば、仏門に入って寺の尼さんにでもなればよかったのだ。


 これはあくまでも憶測に過ぎないのであるが、姉は孤独から逃れるために仲間という範疇はんちゅうに属していたかったのだろう。母親から聞いた話では、姉は中学の時にいじめにあっていたらしい。その姉のことを心配した担任の先生は、学級委員長達に姉の友達になってくれるように依頼した。当時小学五年生であった達也は、日曜日になると二、三人の女の子が、姉の部屋に遊びに来ていたことを鮮明に憶えている。彼女達は、貴重な日曜日を姉のために、わざわざ一時間かけて北小岩から東小岩まで足を運んでいたのである。


 姉が高校に進学してから以降も、親友らしき人達を達也は見たことがなかった。おそらく新興宗教に居続けていたのも、先祖供養をするためではなく、仲間と一緒に行動を共にしたかったのだろう。金を払って神事しんじらしきことを行ってさえいれば、仲間を失うことがなかったからだ。

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