第31話 もうすぐ始まる

 ――二年後。


「はっ! はっ! はっ!」


 掛け声と共に木剣を振るう村人たち。

 汗を流し、疲労を抱えつつも、一心に素振りを続けている。


「止め!」


 俺の指示を聞くと、全員が即座に姿勢を正した。

 その中にはロゼやエミリアさん、ロゼのお父さんも入っている。

 二年前に比べ体つきも顔つきも変わっている。


「対峙!」


 隣の人と向き合う村人たち。


「はじめ!」


 俺の号令に合わせて、即座に剣戟が生まれる。

 木剣がぶつかり合う音が響く。

 全員が真剣に剣術を学んだ結果、一般的な戦士レベルにはなったと思う。

 崩れ森で結構な回数の実戦を行ったが、一体の霊気兵ならば勝てるくらいだ。

 以前の彼らとは雲泥の差である。

 当然、俺も訓練を続けているため、かなり強くなった自信がある。

 まさか俺がみんなに剣術を教えることになるとは思わなかったが、これもオリヴィアさんのおかげだ。

 彼女の教え方はかなり荒っぽかったが、剣術とは何かを知ることができた。

 しばらく稽古を続けた後、俺は叫んだ。


「止め! 今日の訓練はこれまで!」

「「「ありがとうございました!」」」


 全員が一礼し、倒れるようにその場に座り込んだ。

 かなり激しい訓練だ。

 ちなみに村人たちが訓練している最中、俺はずっとスクワットなり、素振りなりをしている。当然、重り付きでだ。

 そのせいか、村人たちが弱音を吐くことは少ないし、不平不満を言うこともあまりない。

 とにかく全員かなり成長した。

 これなら簡単に魔物にやられることはないだろう。

 さて、訓練後は村を見回るか。

 歩き出した俺の前に、ぴょんと飛び込んできたのはロゼだった。


「村に行くの? あたしも行く」


 最初に出会った時に比べ、かなり大人になったロゼがそこにいた。

 子供から少女へ成長し、少女から女性へと変わっていく最中といったところだ。

 可愛らしいままに、色っぽさが増えている。

 女性特有の丸みを帯びた体のラインが、妙に蠱惑的に見えた。

 ロゼの年齢は俺と同じ十五歳。

 俺は彼女の今の姿を知っている。

 むしろ今の姿しか知らなかった。

 彼女こそ、カオスソードのシース村での魔物襲撃イベントに登場する村娘ロゼだ。

 人気キャラランキングで上位に入っているキャラである。


「わたしも一緒に行くわよ」


 ロゼを押しのけるように現れたのはエミリアさんだった。

 まだ子供っぽさが残っていた数年前と比べ、今では大人の色香を漂わせている。

 身体はさほど成長していないが、豊満な胸がその魅力を強調している。

 カオスソードでは未亡人だった彼女だが、なぜか結婚もせず、子供もいない。

 つまりシース村魔物襲撃イベントで、子供を人質に取られ、魔物を呼び込むことは恐らくなくなったということでもある。

 なんでなのかはよくわからないんだけど。

 彼女の年齢は二十一歳。

 大人な雰囲気で余裕がある態度だが、ゲームで知る彼女とは違い、哀愁はなくなっていた。

 明るく、どこか妖艶で、それでいて純粋。

 その姿が本来の彼女なのかもしれない。

 人気キャラランキング上位に入り、いつもロゼと争っていたキャラである。


「エミリアさんは仕事あるよね?」

「あら、今日はお休みよ。ロゼこそ、家の用事があるんじゃない?」

「な、ないもん。早めに済ませて暇だもん!」

「わたしだって暇よ。だったら一緒に行っても構わないわよね?」


 むむむっ、と言いながらロゼがあからさまにエミリアさんに敵意を向ける。

 しかし、エミリアさんはどこ吹く風といった感じだった。

 相変わらずだな二人とも。

 なぜかいがみ合うことが多い。別に仲が悪いわけではないみたいだけど。たまに二人でいるところを見るし。


「まあまあ、三人で行けばいいだろ。ほら、行くぞ」

「そゆことー。先行くわね、ロゼちゃん」


 エミリアさんが俺の横に並ぶと、腕を組んできた。

 ふにゅと胸が当たる。異常な柔らかさである。

 この感触にはいつまで経っても慣れないものだ。

 ……ふぅ。


「ちょ、ちょっと待ってよ! もう!」


 空いている腕にロゼがくっついてくる。

 当然、エミリアさんに対抗して腕を組んできた。

 エミリアさんには負けるが、弾力がややある感じ。

 こちらも素晴らしい。

 って、なんで胸を評価してるんだ?

 俺は頭を振り、いがみ合う二人を諫めつつ、村へと向かうのだった。


   ●〇●〇


 大通りに出ると、シース村を見回した。

 数十の家屋しかない村は、それほど広くはない。

 以前は防護柵がなかったため、視界は無駄に広がっていた。

 だが今は違う。

 村をぐるっと取り囲む『防壁』。

 三メートルほどの高さを誇り、隙間は微塵もない。

 正門と裏門があり、そこ以外からは村に入れないようになっている。

 防壁の上には見張り等がいくつかあり、外を監視できる。

 はっきり言って、シース村の規模でこれほどの防壁は珍しい。

 かなり労力がかかることを見越して、防護柵の作成を提案したのだが、その後、幸か不幸か一度だけ山賊から襲撃を受けた。

 それをきっかけに村人連中がやる気を出し、防護柵を作るくらいなら完全な防壁を作ろうぜとなったのだ。

 ちなみに山賊は俺を中心とし、村人連中で協力して撃退した。

 賊が村を襲撃してきたことがある、という話はゲームで聞いたことがあったので来ないかな、来ないかなとは思っていた。

 おかげで、シース村は強固な防壁を手に入れたというわけだ。

 二年間、色々と大変だったよ、本当に。

 みんなよく頑張ってくれた。


「おーい」


 手を振ってきたのは俺がぶん殴った青年、ロンだった。

 彼は防壁上にある見張り塔に立っていた。

 山賊襲来以降、常に見張りを二人以上つけることになっている。

 人手が減るので少し大変だが、ロンは元々大して仕事をしていなかったみたいだし丁度良かったらしい。

 人口が少ない村も、全員が働き者ってわけでもないのだ。

 ロンに手を振り返すと、笑顔を返してくれた。

 仕事もちゃんとしてくれているようだ。

 紙袋を持ったバイトマスターが俺に気づいて近づいてきた。


「おっと、リッド。訓練終わりの見回りか?」

「ええ、まあ。後で崩れ森にも行きます」

「いつも悪いな。助かるぜ。おまえのおかげで戦える人間が増えてきたし、山賊の件じゃかなり助かった。おまえの言う通りにしてよかったって、みんな言ってるぜ。そうそう、前に言っていた保存食の貯蔵も大分できてきた。村人全員が一年生きられるくらいはあるぜ」


 仮に襲撃してきた大量の魔物を撃退できたとしても、その後、どうなるかはわからない。

 もしかしたら籠城戦を強いられる可能性もある。

 備えあれば憂いなし。

 ゲームでは、シース村魔物襲撃イベントは負けイベだ。

 絶対に勝てないようになっているため、勝利した際に何が起きるかはわからない。

 何が起きても対処できるようにしておく必要がある。

 幸いにも先の山賊の一件で、村人たちも危機感を持ち始めている。

 だったらついでにとばかりに、バイトマスターに保存食の作成と食材の仕入れを頼んでおいたのだ。

 お代は村人全員のカンパや、俺のバイト代、加えて崩れ森の魔物から得た素材などを売ったお金などを寄付して賄っている。


「ありがとうございます。これで何があっても安心ですね」

「おうよ。おまえのおかげだな!」


 ニカッと笑い、俺の背中をドンと叩くバイトマスター。

 豪快でありながら、優しいそんな笑みを見ると、思わず頬が綻ぶ。


「で、またロゼとエミリアと一緒か。仲いいな、おまえら」

「ふふん! あたしが一番リッドと仲がいいから!」

「そうね。幼馴染だし一番仲がいいかもね。ただし友達としてね」

「ち、違うもん! ちゃ、ちゃんと女の子として見てもらってるもん!」


 またいつもの言い合いが始まった。

 俺とバイトマスターは苦笑してしまう。


「ま、頑張んな。色々と」

「あ、あはは……はい」


 なんかよくわからないが、頑張らないといけないらしい。

 なんてことを考えていると、不意に警備の鐘が鳴った。

 見張り塔のロンが動揺しながら俺に向かい叫んだ。

 一気に全身に鳥肌が立つ。

 来たか。


「リッド! も、森が! 崩れ森が大変だ!」


 俺たちは即座に階段を駆けあがり、防壁の上から崩れ森を見渡した。

 禍々しい空気が森から漂い始める。

 黒い霧。明らかに不浄なる大気。

 それは崩れ森が【穢れた】証拠だった。

 災厄の前兆。

 大地から溢れる災厄の大気。それが穢れ。

 触れれば不浄なる者となり、正気を失い、化け物となる。

 災厄の兆し。だがまだ災厄そのものではない。


「あ、あれって何が起きてるの?」

「も、森が……どうして?」

「なんだかわからねぇがやばいことはわかるぜ……」


 ロゼやエミリアさん、バイトマスター、そして村人たちが不安の声を上げる。


「お、おい! 魔物が外に!」


 崩れ森から霊気兵がぞろぞろと現れた。

 奴らは今までと違い、体中から黒い霧のようなものを出している。

 穢れだ。

 災厄の前兆として、魔物や崩れ森が穢れているのだ。


「い、一体何が起きてるんだ!?」

「魔物が外に出るなんて……あり得ない!」


 村人たちが動揺する中、俺は記憶を掘り起こす。

 本来魔物は住処を出ない。だがこの日を境に魔物は住処を出て動き回ることとなる。

 この世界の住人にとっては脅威でしかないだろう。

 そんな中、俺は別のことを考えていた。


 ようやくこの時が来た。

 あいつの出番だ。

 このカオスソードの主人公。

 カーマインの。

 高揚と不安が入り混じる中、俺は小さく笑った。

 まるでゲームのオープニング映像を見ているかのような感覚。

 これからゲームが始まるのだと思えるワクワク感。

 準備は万全。

 やれることはすべてやった。

 後はカーマインを呼び、そしてゲームのシナリオ通りに進めながら、サポートするだけだ。

 俺はそう考えていた。

 しかしそれから数分後、俺は自分の計画が破綻することを知るのだった。

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