第22話 死ぬ気でやれば何でもできるって、死んだら元も子もないよね?
殺される!
俺の本能が危険信号をバンバン発信している。
眼前を霊気兵の錆びた剣が通り過ぎる。
バックステップでなんとか避けた瞬間、首の後ろが粟立った。
咄嗟に横にローリングして、無敵時間を利用して回避。足首に一瞬何かが触れたのは気のせいだと思いたい。
ぐるんと転がって体勢を整えると俺は再び剣を構えた。
霊気兵が三体。
奴らは俺を殺そうとカチカチと歯を鳴らしている。
「逃げてばかりでは倒せませんよ」
冷静な声音が空から降ってくる。
オリヴィアさんは木の枝に座り、俺を見下ろしていた。
ただ座っているだけなのに絵になっている。
普段であればその姿に見惚れることもあっただろうが、今はそんな余裕がない。
スパルタだ。どスパルタである。
「こ、これは修行なんですか!?」
「最も効率的な修行は実戦です。生と死の狭間を体験することが、成長の近道ですよ」
理屈はわかる。だが実行するとなると、何言ってんだこの人という言葉が頭を占めた。
漫画とか小説とかでよく聞くやり方だが、実際にやると頭がおかしいとしか思えなかったのだ。
ちょっとミスったら死ぬんだぞ!?
俺は霊気兵の攻撃を何とか回避しつつ、胸中で叫び続けた。
だが俺の悲鳴は誰にも届かない。
むしろ最初の方では「助けて!」とか「死ぬ!」とか実際に叫んだのだが、オリヴィアさんはまったく聞いてくれなかったのだ。
だから声を出して叫んでも無駄と気づく、胸の中で叫ぶことにした。
ちくしょおおおおおおおおおおおお!!!
死んでたまるかあああああああああ!!!
とね。
「勘も動きもいいですね。まるで相手の動きを予知しているかのような」
そりゃ、モーションは全て把握しているんでね。
ただ、実際に体を動かして対処するとなると話が違ってくる。
この二年でかなり強くなっているとは思うが、それでもゲームをプレイしている時のような精密さは持っていない。
ノーダメージクリアRTAをやれるレベルには程遠かった。
冷静になれ。
まずは三体の動きをすべて把握し、そして少しずつダメージを与えるのだ。
隙を見計らい攻撃する。
それはカオスソードの基本である。
俺は必死に三体の攻撃を避けつつ、三体同時に隙ができるのを待った。
数分が経過して、ようやく穴を見つけると、俺は一歩踏み込む。
ここだ!
霊気兵のつま先を剣で突いた。
ザクっと小気味よい音が鼓膜に響く。
よし、直撃だ!
だが足に当たっただけで倒せるわけもなく、霊気兵は憤りながら剣を振るう。
俺はそれを避け、今度は逆の足のつま先を突いた。
霊気兵の左右の足指は半分がちぎれてしまう。
するとどうなるか。
「あら」
小さくオリヴィアさんが呟く寸前、霊気兵は転んだ。
見事に顔面から地面に倒れたのだ。
俺はその隙を見逃さず、霊気兵の後頭部を思いっきり踏みつぶす。
これも【会心の一撃】だ。
大きな隙を晒した敵に大打撃を与える技巧である。
これで一体!
残りの奴らも同じように倒せばいい。
ちまちま戦うことにかけては俺に勝てる奴はいないのだ!
俺は同じ戦法で一体を倒し、残りの一体は普通に戦って倒した。
初戦に比べかなり楽になっているのは、日ごろの鍛錬と戦った経験のおかげだろう。
一度、死線を乗り越えれば一気に成長できるって理論は本当だったらしい。
多分、理論を実証する前にほとんどの人が死ぬだろうけどさ。
敵をせん滅し終えると、木の枝からオリヴィアさんが飛び降りた。
着地音がまったくしなかったけど、どういう原理?
「予想よりもいい動きでした」
「そ、それはどうもありがとうございます。死にかけましたけどね……」
「見るに、余裕があったように思えますが」
それは結果論である。
カオスソードでは雑魚敵相手でも一瞬で死ぬ。
ちょっと油断すれば死ぬし、ボタンを連打し過ぎて死ぬし、タイミング間違って死ぬし、調子に乗ってパリィしようとして死ぬし、毒とかで死ぬし、もう死にまくる。
今回だって、ちょっと間違えば死ぬ可能性もあった。
それも結構高い確率でだ。
なんせ、俺は一度しか霊気兵と戦った経験がないのだから。
エミリアさんの一件があって、基本的に外に出るのは禁じられたんだよな……。
今回は冒険者であるオリヴィアさんがいるので出られているけど。
「ですが素人剣術ですね。無駄が多い。相手の間合いを理解し、避けることには長けていますが、攻撃となると途端に悪くなる」
そりゃ素人なんでね……。
間合いは知識があればとれるけど、剣を振るうにはやはり技術も必要だし。
「筋力はそれなりにあるようですから、まずは型を覚えましょうか」
「じゃ、じゃあ森で戦わない感じですか?」
「いえ、戦いながら覚えましょう」
すぅぐ戦わせようとする、この人。
オリヴィアさんはそれが一番効率がいいと思っているんだろうけど。
確かに、ギリギリの戦いは楽しい。
楽しいが、俺は死にたがりではない。
無駄死にだけはごめんなのだ。
戦うことを目的としているわけではなく、戦う先に目標がないと全力を出せないというか。
つまりレベル上げはだらだらやるが、ボス戦は全力を出す的な。
「では今度は斬り下ろしを練習しつつ戦いましょう。こうです」
大太刀を振り下ろすオリヴィアさん。
キィンと綺麗な刀の振動音が響き渡る。
そしてオリヴィアさんは刀をしまった。
「…………あの、終わりですか?」
「終わりです。何か?」
何かじゃなくてさ!
今ので何をわかれっていうのさ!
「い、いえ、もっとこうアドバイスというか。こういう感じでみたいな助言が欲しいのですが」
「しょうがないですね。もう一度見せましょう」
オリヴィアさんは再び大太刀を振り下ろした。
さっきとまったく同じ動き、刀の軌道、そして振動音だった。
大太刀は鞘にしまわれた。
おしまい。
おしまいじゃないんだよ!
わっかんないよ。見て覚えろって奴かこれは。
こんなの誰がわかるっていうんだ!?
思わず俺は思いのたけを口にしそうになった。
しかしオリヴィアさんのすました顔を見て、口を噤んでしまう。
無表情で冷静な顔だが、どこかほんの少しだけドヤっとしているように見えた。
どうですか? 私の教え方は、わかりやすいでしょう? という彼女の心の声が聞こえた気がしたのだ。
俺は何も言えなかった。
だってあんなに無邪気で純粋で慎ましいドヤ顔を俺は見たことがなかったのだ。
言えないよ、言えるわけがない。
俺はオリヴィアさんの表情を陰らせたくなかったのだ。
「さあやってみてください」
やるしかない。
キャラ人気ランキング上位の人に言われたのだ。
応えてやるのがゲーマーってものだ。
思い出せ。
オリヴィアさんの動きをすべて思い出すんだ!
俺は集中した。
だがあまりに一瞬だったため、曖昧な記憶しか掘り起こせない。
無理に決まっていた。
そこで俺は考えを変えた。
ゲーム内のオリヴィアさんの動きを思い出したのだ。
カオスソードは何万回もプレイしたし、何百回もクリアした。
当然、オリヴィアさんのクエストをクリアした回数も数え切れない。
彼女と共に戦う場面は多くはないが、鮮明に覚えている。
俺は無意識の内に、オリヴィアさんの動きを完全に模倣した。
すっと剣を振り上げ、そして一瞬の内に振り下ろす。
キィンと綺麗な音が響く中、次いで俺は連撃を繰り出す。
振り下ろしから振り上げ、そして回転斬り。
オリヴィアさんの基本連携。いわゆるコンボである。
流れるような所作の後、俺ははっと我に返った。
思わずオリヴィアさんに視線を送ると、彼女はわかりやすいほどに驚いていた。
普段は伏せがちな目を、大きく見開いていたのだ。
見えてはいないはずだが。
「……今のは」
まずい。まずすぎる。
オリヴィアさんは一撃目しか見せてくれなかった。
それなのに俺は二、三撃目まで繰り出してしまった。
どうする。どう言い訳する?
「あ、す、すみません。一撃目を撃ったら、なんか出てしまって」
俺の馬鹿!
なんでこんな意味のわからない言い訳をしたんだ!
ボタンを連打した時の言い訳じゃないかこれは!
カオスソードって先行入力の有効時間長いよねー。
だから連打すると、指を離してもしばらく勝手にぶんぶん振り回すんだよな、あはは!
終わった。
オリヴィアさんは沈黙を守っていた。
さすがにおかしいと思ったのだろう。
どうする。変に勘ぐられて、教えるのをやめるとか言われたら。
そうなったら俺は今の強さで本番に挑むことになる。
それは無理だ。さすがに不安でしょうがない。
心臓が早鐘を撃つ中、オリヴィアさんがすっと目を細め、そして俺に近づいてきた。
そして。
「……天才です」
「…………はい?」
「あなたは天才です。素晴らしい。まさかたった一度模倣しただけで、我が剣術の一部を読み取るとは。あなたほど剣術の素質を持った人は見たことがありません」
オリヴィアさんの声音に抑揚はなかった。
しかしやや早口であることから、興奮していることはわかった。
「なるほど。間合いの取り方に獣じみた鋭さがあるとは思いましたが、神童だったとは。独学で強くなり、霊気兵を倒したことも驚嘆に値しましたが、まさかこれほどとは思いませんでした。やはり、あなたを育てるという私の判断は間違っていなかったのですね」
「あ、あのぉ?」
なんかオリヴィアさんが一人の世界に入っちゃってるんだけど。
こんな彼女を見たことは、ゲーム内ではなかった。
俺の知っている彼女は冷徹、冷静、無表情なクール系の美女であり、仲良くなるとちょっとだけデレてくれるというキャラだったはずだ。
カーマインと関わる時間が少なかったのもあるが、まさかこんな一面もあるとは。
「もう少しゆっくりやるつもりでしたが、あなたには必要ないようです。では、次の段階へ行きましょう。崩れ森の主を倒しに行きましょう」
は? いや、は!?
無理無理無理!
崩れ森の主はチュートリアルのボスだ。
初心者の最初の関門と言われ、かなり強い相手である。
ゲームであれば百戦百勝できるが、ここは現実である。
あんな奴と戦ったら、俺の人生は終わってしまうだろう。
「え? ちょ、まっ」
「さあ! 参りましょう」
必死に抵抗したのだが、オリヴィアさんに引きずられてしまう。
なんでこの細腕でこんなに力があるのだろうか。
初見でいきなり最高難易度でやる無謀なゲーマーがいるだろう?
きっとオリヴィアさんはそのタイプだ。
しかも自分でプレイするんじゃなく、友達にプレイさせ、隣でそれを見ている。
そして延々と「なんでこんなこともできないんですか」とか「あーあ、全然だめですね」とか悪気なく言っちゃうのだ。
なんと恐ろしい。トラウマだ。
俺は思わず、おまえがやれよ! と叫んでしまうだろう。
だがここは現実。
一度の失敗で俺は死ぬのだ。
俺が望んで彼女に師事したのだから、逃げるわけにもいかないだろう。
俺は腹を括って、力を抜き、オリヴィアさんにされるがままに引きずられた。
連れ去られる子牛の気持ちがわかった気がした。
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