二人目『やたらドラマチックなお婆さん』
前編 『黒井アゲハの場合』
「分かっていると思うけど、お客様はそれぞれ深い事情を抱えているものよ」
天使の笑みを浮かべて女社長『ミス・ミスティ』はこう告げた。
そのふところに優雅な毛並みのペルシャ猫を抱き、つややかな背中を撫でている。
「……この仕事でなにより大事なことは、お客様の声に
抱いていたペルシャ猫の耳を指でつまんでピンと引っ張ってみせる。寝ていたところを急に起こされた猫は、牙をむき尻尾の毛を逆立てたが、そんな様子に気づことなく、ミスティさんは目の奥に悪魔の炎をちらつかせてこう続けた。
「……でも聞くだけ。聞いたら右から左に聞き流しなさい。同情は心を抉る鋭利な牙、油断しているとその牙にガブっと……」
猫の口をぐいっと開き、そのちいさな牙を剥きだしてわたしに見せつける。
その瞬間、堪忍袋の緒が切れた猫がカプっとミスティさんの指にかみついた。
「あ、痛っ!噛んだ!噛んじゃダメって言ったじゃないっ!!」
猫の気持ちに鈍感だからでしょうね……というセリフは胸の奥へそっと収納する。でもちょっと同情してしまう。細い指先にプツリと血の滴が膨らみ、ミスティさんは涙目になりながら、血をティッシュで拭い、消毒液を振りかける。
当のペルシャ猫はスタっと地面に降り立つと、ミスティさんの悲鳴も説教も聞こえなかったように、優雅に尻尾を振って部屋を出ていってしまった。
右から左に聞き流す……そのお手本を見ているようだった。
「大丈夫ですか?これ、バンドエイドです」
「ゆ、指は巻きづらいのよね。お、お願いできるかしら?」
ミスティさんが突き出した人差し指に、さっとバンドエイドを巻き付ける。
「腫れるようなら病院に行ってくださいね」
「分かってるわよ。それよりさっさと回収に行きなさい。今回の相手は厄介よ、相手のペースにならないようにね」
「はい『同情は心をえぐる牙』でしたね」
同情か。この商売の大敵は確かにそれだ。
ある時は涙を浮かべ、ある時は袖に
今回の相手は特に気を付けないといけない。回収先は『黒井アゲハ』さん……御年八十八才。人の心をたやすく操る老獪なお婆さんだ。巧みな話術と迫真の演技で、いつの間にか自分の劇場に引きずりこみ、気づくと手ぶらで帰り路を歩かされるのだ。
かくしてわたしは憂鬱をずるずると引きずりながら、今日も顧客のもとに足を運ぶのだった。
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