第1話 プロローグ 決勝前 主観風景より
それは、命という名の炎を燃やす戦士達の奏でる、どこまでも不器用で、どこまでも無骨な、剣戟の
その旋律と共にはじけるオレンジ色の火花は、さしずめ戦士たちの命のカケラそのもの、といったところだろうか。
そして、そんな無骨な鉄の調べも、闘技場を埋め尽くさんばかりの観客の大歓声に、時折かき消されては、再び鳴り響く。
――遂に……此処まで来た……
あと一勝、あと一回で、終わる。
俺の戦いが……三年越しの悲願がようやく叶う時が来た。
「待たせたなぁ、ちい姉さん……でもあともうちょっと待ってくれよ? これに勝ったら、とびっきりの土産持って、帰るからさ……」
そうだ。此処まで来たんだ。
後戻りは出来ないし、するつもりもない。
勝って、ヘファイスの町に帰るんだ。
家族みんなの喜ぶ顔が目に浮かぶ。
「アレン! 決勝戦だ! 準備はいいか? 」
付き添いの兵士が呼びに来た。いよいよだ……
「……あぁ、行こうか」
俺は静かに答える。
古風な金属製の
革製のバトルブーツの紐をしっかりと締め、最後に、その左手に、樫の木とイノシシの皮で作られ、鉄枠で補強された丈夫な
「よし! 付いてこい! 」
兵士は威勢のいい声でそう告げ、俺はその後を追う。
石造りの廊下に冷たく響き渡るのは、歩調の異なる二人の足音だけ。
進んでいくごとに、だんだんと観客の歓声が耳に届いてくる。
「しっかし、鍛冶屋の息子であるお前が、まさか決勝まで残るなんてなぁ」
兵士のおっさんがぼそっとこぼす。
予選の時から俺の担当は、このおっさんだった。
まぁ、おっさんと言っても本人曰く、無精ひげをきちんと剃れば、まだまだ中年には見えないくらいの年なのだそうだが……。
決勝まで勝ち進んだおかげで、この人とは親しくなることができた。
「でも、 おっさん。 おかげで儲かっただろ?」
俺はニヤリと笑ってそう言った。
この大会で行われているのは、何も試合だけではない。勝負に手に汗握る人もいれば、違う勝負に一喜一憂する人もいる、ということだ。
こうしてみると、聖教の教える「善と悪」の意味が、時折わからなくなるのは俺だけだろうか。
「まぁな……ま、この試合、お前が勝ったら、稼いだ金で飯でもおごってやるよ」
「いいよ。せっかく手に入れた金なんだし、俺なんかのために使わないでよ……娘さん、元気になるといいね? 」
俺の前を歩くおっさんは、一瞬、何か言葉に詰まったように見えた。
茶色の皮手袋をはめた手が、目頭に向かって動きかけて一瞬迷う。
けれど次の瞬間には、そんな迷いなどなかったかのように、頭をぽりぽりと掻くために滑っていった。
「十分後には死んでるかもしれない奴が、人の心配なんかするんじゃねぇよ。このお節介野郎が」
「ハハ、洒落にならないよ。もし何かあったら、あの白い人たちがなんとかしてくれるんでしょ?……だよね? 」
「クックック。な~にビビってんだよ、安心しな、軽い冗談さ」
兵士のおっさんは、いたずら好きな悪ガキのような屈託の無い顔で笑った。
こんな掛け合いも今日で終わりかと思うと、少しさびしく思う。
「まぁ、冗談はそれくらいにして、勝算はあるんだろうな。今度のやつは強いぜ、 それも段違いに、な? 」
今度は真面目な顔でおっさんが尋ねた。
「アイツの強さは、三年前に身をもって知ったつもりさ。勝算があるかどうかは別にして、手がない、と言えば嘘になるかな。まぁ、やってみないことにはなんとも言えないけど……俺はどうしても勝たなくちゃならないんだ。なんとか、食い下がってみせるさ」
俺の言葉に、おっさんはため息をつく。
そして、お前が俺の担当で良かった、とかなんとか、とにかくそんなことを、もごもごと言ったような気がした。
前を歩いている俺からは、おっさんがどんな顔をしているのかはわからない。
少し歩いて、俺たちは扉の前まで来た。おっさんは扉に手をかける。
「……負けんなよ。 なんてったって、お前のおかげで今まで稼がせてもらった金、全部賭けてんだからな! 」
うつむいているおっさんは、俺と顔を合わせることなく、最後にそう言った。
「……あぁ。じゃあ、行ってくる」
俺も、後ろを振り向かずに、おっさんに向かって右手を挙げながら、そう言って歩き出す。開いた扉の、その先へ……
――さぁ、いよいよだ……
闘技場に出てくる俺を出迎えたのは、大気を震わせるほどの大歓声。
そして、そこにはもう、決勝の相手が待っていた。
忘れられるはずもない、あの腹の立つ顔……
その一本一本が、まるで純銀を溶かして作られたかのような、美しい銀髪。
無駄に端正な顔立ち。
そのすべてが……どうもいけ好かない。
そして極めつけはあの、何もかも分かっていますよ、と言わんばかりの、自信に満ちたあの表情だ。
相手の得物は、その手に握る、規格より少々大きめの
盾は持たず、防具も俺のものと比べると軽装なものだ。
「待っていたよ、鍛冶屋さん。正直言って驚いたよ? 君がここまで来るなんて……いや、一番驚いているのは、もしかすると君自身だったりするのかな? ねぇ、今どんな気持ち? 」
相手は、微笑交じりに俺にそう話しかける。
前から思っていたが、コイツ、クールに見えるのは外見だけで、実はかなりおしゃべりしたがりなヤツだよなぁ……
「へ~いへい。相変わらず余裕だなぁ、アンタは。その軽装も、俺とやりあうには、防具なんか必要ないってことか? 」
俺も、精一杯の皮肉を込めて返そうとしたが、この際、上手いことが言えているかどうかは気にしない。
実際のところ、これからの戦いのことで、頭がいっぱいなのだ。
そして、最悪なのは、相手も俺のそれに気づいているということであるわけで……。
「フフッ、やだなぁ、これが一番動きやすいんだよ。どうしたの、もしかして緊張しているのかい? せっかくのお祭りじゃないか。もっと楽しんでも罰は当たらないと思うけどね。ほら、肩の力を抜いて? 僕だって、君がこの三年でどれだけ強くなったのか、凄く楽しみにしていたんだから」
どうもいかんな。こいつのおしゃべりに付き合っていたら、戦う気が起きなくなっちまう……。
そう思った俺は、早々にこの〝楽しいおしゃべり〟を打ち切ることにした。
「言われなくても、これからたっぷりと見せてやるよ。さぁ、おしゃべりはその辺にして、さっさと始めようぜ。白の精霊様たちも観客も、俺たちのおしゃべりを見に来たわけじゃないだろう? 」
そう言って俺はベルトから鎚を抜き、持つ感覚を確かめるように、手首を軸にクルクルと回す。
そして左手の力を一度解き、小指から順に指を折り曲げるようにして、今一度盾を持つ手に力を込めた。
そんな俺の態度を見たアイツも、つれないなぁ、とでも言いたげに肩をすくめる。
そして、至極ゆったりとした動作で、左手を使って鞘から剣を抜いた。
一瞬の静寂の後、これから始まるであろう、最高の決戦の始まりを感じて、熱くなった観客の歓声が上がる。
俺はその歓声の中、静かに目を閉じ、一度大きく息を吐く。
そして――半分は自分自身に言い聞かせるかのように、声を張り上げた。
「行くぞ……覚悟はいいか? 剣聖、ランダル・フォン・フランツベルク! 」
――そして……覚悟はいいか……俺自身!!!
「いいとも、どこからでもご自由にどうぞ? 土にまみれた、鎚の振るい手さん? 」
対戦の開始を告げる銅鑼の音が、大きく闘技場に鳴り響いた。
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