第8話 再び再生屋
亜希が再生屋にオルゴールを預けて三日後。奈津はもう一度天道商店街を訪れていた。
亜希の大切なオルゴールをあんな店に預けさせてしまったこと、奈津は心底後悔している。亜希にどんな対価を払わせる気なのか、自分が何とかして代われないものかと、そう考えた。
三日前に亜希と来たばかりの天道商店街。迷うことはないはずだった。いくら土地勘がないとはいえ、たった三日しか経っていないとたかを括る。
だが、そんな自信はすぐに打ち砕かれた。
亜希とたどり着いたはずの天道商店街の端。そこにあったはずの古い日本家屋のような佇まいの店。再生屋という大きな看板。
それらは一つとして、見つけられなかった。
奈津の顔に焦りの色が浮かぶ。商店街の隅から隅までを何度も何度も往復し、その可能性を導き出す。
再生屋には、亜希じゃないとたどり着かない。
あの日、亜希に手を握られた途端、目の前に姿を現した再生屋。亜希だけが、誰かに押されていた事実。奈津はその可能性をほぼ確信していた。
再生屋があったはずの場所に見える普通の一軒家。その建物を睨みつけながら、形の良い唇をぐっと噛み締めた。
「今日で一週間になるんだ。私、再生屋に行ってみるけど、奈津はどうする?」
亜希が再生屋にオルゴールを預けてちょうど一週間後。放課後の教室で亜希が奈津にそう話しかける。亜希の自慢の黒髪が西日に照らされて、キラキラ輝いているように見えた。その様子に眩しそうに目を細めながら、奈津が白い歯を見せて笑う。
「もちろん行くよ。一緒に行こうって言ったじゃん」
「でもさ、奈津のオルゴールじゃないよ? 再生屋、怖いよね」
亜希は奈津を誘うことをためらっていた。あんなに怖い思いをさせてしまったし、オルゴールはそもそも亜希のもので、奈津を巻き込んでしまうことに罪悪感がぬぐえない。
「亜希一人で行って、何かあったらどうするの? 一緒に行くよ」
奈津の気持ちの中にも、亜希にあんな店を紹介してしまった後悔が広がっている。亜希だけしか行けないのなら、必ずついて行こうと決心していた。
「でも……」
「でも、じゃないよ。もう決めたの。一緒に行こ。対価だって、二人で払うことができるかもしれないし」
奈津の言葉にようやく亜希が頷いた。それを見て奈津が満足そうに笑う。いつからか、奈津は亜希を守らなきゃいけないという使命感を感じる様になっていた。それはここ最近の話ではなくて、亜希と初めて出会った時から徐々に育まれているような、出会った瞬間からそう感じる運命のような、不思議な感情だった。
なぜそんな風に思ってしまったのかは、奈津自身にもわからない。ただその運命に従うように、奈津は亜希のそばを離れなかった。そしてもちろん今回も、亜希一人で行かせるなんて、あり得ない。
「着いた」
「着けた」
二人は手を握り合って、再生屋の前に立つ。亜希と一緒でないとたどり着くこともできないと、数日前に確信を持っていた奈津が、不自然じゃないように亜希の手を握ったのだ。普段から腕を組まれたり、手を握られたりしている亜希はその動きに何も不自然さを感じることなく、奈津の手を握り返した。
「え? 何?」
「ううん。なんでもない。亜希、行こっか」
「うん」
亜希の返事を合図に、二人がまるで二人三脚のように足を揃えて、一歩踏みだす。その時だった。
「お母さん! 早く!」
聞いたことのある声に、二人の足が止まる。
「ちょっと待って。勇悟、足速いんだから。着いていけないよ」
お母さんと呼ばれた女性が、男の子の名前を呼ぶ。亜希と奈津が揃ってその声の聞こえる方へ顔を向けると、一週間前に再生屋で見た勇悟くんがお母さんに笑顔を向けていた。
「ねえっ、亜希。あの子ってあの男の子だよね?」
「うん。お母さん、退院したんだね」
再生屋に来た時は意識が戻っていなかったはずのお母さん。それが一週間であんなに元気に商店街を歩いている。あの笑顔を見る限り、彼の願いは叶ったに違いない。あの時再生屋から姿を消した勇悟くんは、今も無事に生きてる。
再生屋は本物だ。対価さえ払えれば、オルゴールは無事に戻ってくるだろう。
二人は対価への不安と、ほんの少しの安堵感を胸に再生屋の中に足を踏み入れた。
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