第22話 ︎︎激動

 突然の叫びにも殿下はすぐさま反応し、騎士に指示を飛ばした。一気に慌ただしくなる会場で、殿下はそっと手を取り私に尋ねる。


「リージュ、大丈夫? ︎︎何が視えたの?」


 その優しい声で、詰めていた息を大きく吸った。


「はい、ユシアン様の母君と思われる女性が、短剣を手にしていました。そして叫んだんです。『お前さえいなければ』と。投獄されているのに、短剣を所持しているのは不自然です。そもそも、ユシアン様は陛下の勅令で投獄されています。何故、そこに母君が一緒にいるのでしょう? ︎︎誰かが、仕組んだとしか……」


 殿下と二人、視線を宰相に移すと、脂ぎった額を拭いながら体裁を繕うように咳払いをした。誰も知らないはずの事実を、私が言い当てたものだから焦りもあるのだろう。声にわずかな動揺が見える。


「殿下、これはなんの余興ですかな? ︎︎これではまるで私の差し金のようではありませんか。証拠もなく、無礼な物言い……殿下の婚約者とはいえ、到底見逃す事は出来ませんぞ」


 宰相が腕を振ると、私兵が前に出て帯剣に手にかけた。それに騎士が素早く動く。会場を二分するように睨み合いが始まった。


 そこに殿下の叱責が響く。


「ハイウェング公爵、僕達に知らぬ存じぬは通じない。貴様は家系図を捏造し、公爵邸を放棄。ユシアンによるリージュ誘拐、並びに殺害未遂の監督不行届による積から逃れようと企てた。ユシアンはまだ十一、その罪は親権者である貴様に課せられる。しかも、ユシアンは使用人や、町民にも危害を加えていた。重刑はまぬがれられないぞ」


 それでも、宰相は動じない。どころか、余裕を取り戻してわらっている。私は不安にかられ、殿下の手を強く握った。殿下も応えてくれる。支え合う私達を嘲笑あざわらうように、宰相は肥えた腹を揺らした。


「何を言うかと思えば。それこそ、全てそちらの自作自演では?」


 取り巻き達も、宰相の言葉に頷いている。まさか、こちらに罪をなすり付けるなんて。


 宰相は妙な納得顔で続けた。


「えぇ、えぇ、分かりますとも。私は国王に匹敵するほどの権力を有しております。さぞ目障りでしょうなぁ。しかし、このような手段に出られるなど、王族として如何いかがなものか。それとも……宣戦布告と捉えてよろしいか?」


 宣戦布告。


 その言葉に、緊張が走る。


 宰相が見つめる先には、国王陛下がいらっしゃるけれど、その表情に変化はない。玉座の手摺りをつっとなぞり、問いかけた。


「それを望むのはお前だろう?」


 二人の間に、火花が見えた気がする。陛下は紫の瞳を細め、敵意を隠しもしない。


「ユシアンが起こした騒動は、お前にとっても予想外だった。リージュの存在もな。だが、愛娘まなむすめに頼まれて、賊や薬の手配など手を貸している。公爵令嬢といえどまだ子供。そのような伝手つては無いはずだ。そしてお前はこの計画が失敗すると予期し、娘を切り捨て、開戦の口実にした」


 宰相は、変わらず不敵な笑みを浮かべている。


「私はね、怒っているんだよオードネン。貴様は昔からそうだ。幼稚舎の頃から変わっていないな。いつでも自分が一番でなければ許せず、少しでも優れた者は汚い手を使って排除していた。向上心と言えば聞こえがいいが、ただのガキの我儘わがままだ。父である先代をも手にかけ、公爵の座につき、宰相の地位を悪用する。そのような汚物など、この国には要らぬ」


 陛下のお言葉に、会場が揺れた。誰もがどちらに付くべきか、派閥毎に囁きあっている。


 私はというと、場違いにも陛下と宰相が同学年だった事に驚いていた。言われてみれば、殿下とユシアン様は二つしか歳が離れていない。でも、見た目が違いすぎる。陛下は若々しく、引き締まった体躯をしているのに対し、宰相は丸々と肥え太り、禿げ上がった髪はどう見ても初老だ。


 そんな私の感想などそっちのけで、歴史が動く。


「オードネン・メオ・ハイウェングより公爵位を剥奪する。領地及び私財を没収、追放せよ」


 それは、貴族として死ぬ事を意味する。


 しかし、宰相は高らかに宣った。


「よろしい! ︎︎ならば戦争だ!」

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