第119話 彼も彼女もワガママだった

「あなた、何をしてたの」


 冷たい声色で、川霧は俺を睨む。


「別に、俺は投票が早く終わったからここで時間潰してただけだ」

「・・・そういうことじゃないってことくらい、わかるでしょ?」


 はぐらかす俺に、川霧の視線はより鋭くなる。


「分からないな。・・・もしかして俺が、朝日が選挙で負けるように動いたとかそんなこと考えてるのか?それは心外だな」


 コツコツ、とローファーが床を蹴る、乾いた音が響く。


 そして川霧はガッと俺の胸ぐらを掴む。


「あなたは、あんなにも彼女の近くにいたのに、どうして何も分からなかったの。どこまで彼女をバカにすれば気が済むの」

「・・・会長さん、手を離してくれよ」


 キッと川霧は剣幕を険しくしてから、一層力を込めた拳で俺の体を押し倒そうとする。


 思わぬ力強さに俺はよろけ、足元にあった鞄を蹴り倒してしまう。

 鞄は口が開き、中の紙などが散乱する始末。


 俺は後ろでになんとか机で体を支え、体をそらし川霧を見下すような体勢になる。


「そうやって嫌味に振る舞えば、嫌ってもらえるだなんて思わないで」

「・・・」


 どうしてコイツはそこまで俺に構うんだ。


「勘弁してくれ」


 正直は思いだった。

 もうしばらくは、一人にさせてほしかった。


 けれどもう知っている。

 世の中はだいたい、俺が望まない方に展開されていくのだと。


「何をしてたか?何もしてねーよ。何もできなかったよ!」


 俺は自暴自棄に叫ぶ。


「俺はただ、裏生徒会を続けたかっただけだ。お前らはすげぇよ。朝日も川霧も前を向いてて、俺とは全然違う」


 気づけば震えていた俺に、川霧は務めた平静さで返す。


「それはあなたが周りを見てないだけよ」

「は?」

「私だって・・・きっと彼女だって、前しか向いてないわけじゃない。この場所が、ここでの日々が大切だから、楽しかったから、前を向けるの。勝手に私たちに歪な期待して裏切られたふりしないで」

「んなこと言って、お前たちは裏生徒会を・・・潰したじゃないか」


 あまりにも女々しく、俺は顔を伏せる。

 わかっている。誰も悪くないことくらい。


 でも俺の本心の隅にいたソイツは、気づけば口をついていた。

 

 そんな俺の言葉に川霧は呆れたように手を離す。

 

 胸を圧迫していた腕から解放されたはずなのに、未だ息苦しさを覚える俺に、川霧は眉を顰め、どこか苦しげな表情を見せる。


「そこまで言うなら、今度は私が何をしたかったか教えてあげる」


 訪れる一瞬の静寂。


 まるで重大なことを告げる前のような緊張感。

 静かな中で、川霧の息遣いだけが聞こえると、川霧は俺を見据え、不愉快そうに笑った。



「私は、裏生徒会のみんなを生徒会に所属させるのが目標だったもの」

 


「・・・なんて?」

 

 前提が覆る気配に、俺は困惑する。


「この学校の選挙は会長副会長が選ばれるでしょ。そこで私とあの子が当選して、会長権限で書記を二名指名できるからそれであなたと茉白さんを指名する。それで生徒会は実質裏生徒会になる、そう言う予定だった」


 川霧のわかりやすすぎる説明は、かえって理解したくない俺には鈍い鐘のように頭に響いて、痛みすら覚える。


「で、でもそれだと朝日が当選するかっていうギャンブルじゃねーか」

「ええそうね。でも分が悪いものではないでしょ。それに、あなただってどうせ私が棄権すれば、だなんて考えたんじゃないの?」


 どこまでもわかりきった川霧の口調に苛立つ。

 沸騰しそうなほどに熱い頭で考える。


 川霧の案は実際俺も浮かんだものだった。


 俺自身が泉の評価が低いこともあってか、この案自体はすぐに浮かんだ。

 でも、これじゃダメな理由があったんだ。


 そう俺はそれを思い出して急いで反論する。


「でも、それは裏生徒会じゃない。・・・真似だけして表面的に取り繕っただけじゃ、どうせすぐに苦しくなるだろ」


 だからお前の考えは自己中心的だ。


 そう続けたかったが声にはならなかった。


「・・・確かにそうでしょうね。むしろ私たちが毎日放課後顔を合わせる分、ここでの日々を思い出してやるせなくなるかもしれない」

「なら–––」

「それでも私は、みんなといたかった」


 か細いその声は、胸ぐらを掴まれた時よりも俺の胸を締め付けた。

 

 ずっと一人で必死に生きてきた川霧が、依存したがった場所を奪ったのは、他でもない俺なんだ。

 

 思えば、ことあるごとにコイツは空き教室にいた気がする。

 わざわざ朝日のために別のクラスまでやってくるだなんて少し前の川霧だと考えられないことのはずだ。

 

 つまり、予兆はあったのだ。

 

 きっと俺が見落としているだけで、他の会話の隅々に彼女はその意思をひっそりと隠していたはずだ。

 どうして俺はそれに気づけなかったのか、そんな後ろめたさと後悔を上書きするよう俺は反論する。


「でも、なら!どうして言ってくれなかったんだ。お前がそのつもりなら、俺だって」

「言わなくても、わかってほしかった。ただそれだけ」


 俯いてつぶやいた川霧は、顔を上げると微笑んだ。


「これじゃ私たち、正反対ね。私はきっと、みんなが好き。そしてあなたはここが好き。ここじゃなきゃ愛せない。私はここでの思い出を糧に前を向いて、あなたはここに留まった。そして、あなたは言葉が欲しくて、私は想いが欲しかった。だからもう、最初からきっと交わることはなかったのよ」

「子供で悪かったな」

「別に。それがあなたの良さでしょ。みんなが心のうちで諦めて、しょうがなく“大人のように”振る舞うばかりで、あなたは懸命に子供であり続けようとする。そんな懸命さは素敵だと思う」


 川霧は黒板の方へと視線を注ぎながら小さく笑う。その視線は温かく、遠くから子供を見守る親のようであった。


 しかしその眼が俺を写す頃には冷ややかさを取り戻す。


「でも、だからこそ、あの子の想いを踏み躙ったことは許せない」

「俺自身が何かしたわけじゃないのにか」

「何もしなかったことが問題なの」


 それだけ言うと川霧は俺に背を向けた。

 凛とした太刀筋のせいか、その背中はいつの日よりか頼もしげに見える。


「これからについてはよく考えるわ」


 廊下に出た川霧は「・・・それと」と力なく呟いてこちらを振り向いた。


「私、会長になったのよ、和樹くん。あの日のあなたのおかげ」


 川霧はひどくくたびれた顔で小さく笑う。

 長年の夢を叶えた少女の顔には本来あるべき喜びが、微塵も存在しなかった。

 ただずっと、泣き出しそうな震えた声は、ずっと耳の奥に残り続けた。

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