第109話 放課後の取り調べ

 呆然としたままに俺は教室に戻る。

 後方にいる朝日を見ると、朝日は顔を伏せて動かない。


 ただ、その目尻が紅いことは遠目からもわかる。


 俺は自責の念に押しつぶされそうで、HRは一切内容が入ってこなかった。

 HRが終わると、クラスは賑やかになり、騒がしさにつれ俺の内心は落ち着かなくなる。


 こう言うのは早く謝るに尽きる。そもそも朝日とは放課後顔を合わせることになるのだから、早く仲直りしなければ気まずくなってしまうのだから。


 そう思い立ったその瞬間、スマホが震える。見ると、メッセージアプリの通知が。


『今日は、家でやります。ごめんなさい』


 もちろん朝日からだ。俺はそのメッセージを見て心苦しくなって振り返る。

 すると、朝日はそれを予知していたかのように素早く席を立って廊下へと向かっていた。


 明らかな拒絶。それを感じた俺は、席に座り直す。

 

 メッセージでは誠意に欠けるかと迷いながら、俺は謝罪の意を朝日のトークに送る。

 

 送信ボタンをようやく押すと、俺は気疲れでため息が溢れる。

 

 ピロン

 そんな俺にすぐ通知音が。

 

 朝日か!メッセージでのやり取りは許してくれるのか?

 

 そんな願いを込めながらスマホを見る。そこには一言。


『話があります』


 茉白からの淡白な・・・いや、これは激怒のメッセージですね。

 俺はより一層、深いため息を吐いた。

 ☆☆☆☆☆☆


「お疲れさ––––」

「違うんだ。聞いてくれ」

「・・・えーと、まだ私、何も言ってないんだけどね?」


 放課後の図書室・・・ではなく、茉白の家へと続く坂を登り切った少し先にあるファミレス。

 そこで俺は今から尋問をされるのだ。


「ま、とりあえず甘いものでも食べようよ」

「え?なんで」


 メニュー表を対面の俺にも見えるよう、机の中央に置いてゆっくりとめくる茉白に俺は困惑する。


「なんでって、ここファミレスだし」

「いやそうじゃなくてだな」

「そうやって否定から入るの、やめた方がいいよ」

「いやそんな癖・・・そうだな、気をつけます」


 否定しようとすると遠回しに認めることになるため、俺は実質ハメ技のような茉白の言葉に黙る。


「パンケーキ、二つでいい?」

「あ、うん」


 俺に確認を取るなり定員に注文を行う茉白。

 今日も放課後に甘いもの食べるのか・・・。


 あれっ、なんだこの感じ。むしろすごく気を遣ってもらってるというか・・・


 注文を受け取った店員がそそくさと去ると、茉白は間を開けて静かに言った。


「怒ってるからね」

「・・・ですよね」


 うん、そりゃそうだ。なんてたって、俺は朝日を泣かしたんだから。


「楽しかった?」

「はい?」

「あー、私が質問したんだけどなあ」

「すいません。えーと・・・?」

「だから、朝日さんとのデート」

「だッ!?デートじゃないからな!?」


 こいつまでおちょくってくるのか。

 思わぬ攻撃にたじろいでいると、茉白は続ける。


「それにしても大胆だね。好きな人がいる朝日さんに『あーん』するなんて」

「いや、だからあれは偶然で」

「ふーん」


 ってか、こいつ割と詳しく知ってるんだな。・・・あれだな。友達に噂される方が恥ずかしいな。


「そもそも、俺と朝日には、そういうデートだとかいう考えは一切なかったんだ」

「放課後に女子と二人っきりでスイーツ食べるのに?」

「そりゃ要素だけ見ればそうかもしれんが、大事なのは誰と行くだろうがよ」

「・・・あっそう。あっ、来たみたい」


 店員が持ってきた大きな皿を受け取ると、手を合わせてから俺たちはそれを口に運ぶ。


「ま、そんなことはどうでもいいけどさ」

「俺のライフ返せよ」

「返してもいいけどそうしたら奢りだよ?」

「存分に嬲ってくれ」

「・・・気持ち悪い」


 いやースイーツはいいもんだ。毎日でも食べたいくらいだ。


 ・・・あの、茉白さん、足痛いです。足先を狙うのはやめてください。


「で、一応聞くけど、何があったの?」

「えーと、朝、朝日が俺を呼び出したろ?」

「私には、色見くんが朝日さんの腕を取って連れ出したみたいに見えたけど」

「・・・まぁそれはあれだ、情報の捉え方ってやつだ。で、その後に朝日から『迷惑じゃなかったか』って聞かれたから、迷惑じゃないぞって答えただけだよ」


 ふーん。と茉白はつまらなげに言ってから、フォークを口に運ぶ。

 心なしか表情は満足げにも見える。意外に甘いものが好きなのかもしれない。


「で、色見くん的には何がダメだったか自覚あるの?」

「最後の言葉を聞いて怒ったっぽいから、最後の言葉がダメだったんだろうなとは」


 けれど逆に言えばわかるのはそれくらいまでだ。どの部分がダメだったのか、そこまでは分からない。


「情報の捉え方、だね」

「は?」


 もぐもぐと小動物のように咀嚼する茉白に、俺は怪訝な目を向ける。


「色見くんとしては、噂話されるのは迷惑じゃないから心配するなって言ったつもりなんでしょ?」

「というかそう言ってるんだろ」

「・・・はぁ、やっぱり奢ってもらおうかな」

「なんでだよ」

「怒ってるからね」

「・・・はい」


 静かな声色だけれど覇気十分な茉白に、すっかり俺は小さくなる。

 そんな俺の様子に、茉白は口を紙で拭いながら言う。


「確認だけど、本当にさっきのまま言ったの?変に可笑しく言おうとか頑張ってないよね?」

「ちょくちょく刺すのやめろ!」


 俺は胸を痛めながら回想をする。


「確か、『お前みたいな人気者と噂をされるなんて光栄だ』的なフォローをしたが」

「はあああぁぁぁ」


 茉白はらしくなく、机に突っ伏してわざとらしいため息をあげる。

 やめろよ、一瞬溶け出したのかと思ったぞ


「あの、怒ってます?」

「ううん」


 よかった。怒りを通り越して呆れたと言ったところだろうか。


「激怒、だね」

「勘弁してください」


 俺は自分の皿にあるパンケーキを切り分けて茉白に献上する。別に賄賂とかそう言うのではない。


「それで、謝ったの?」

「ら、ラインでなら」

「すごいね、フルコンボだ」

「違うんだ、俺も直接の方がいいよなとは思いながら、でも送らないよりかは!って思って送ったんだ」

「・・・はぁ」


 おいおい、ため息は不幸を呼ぶんだぜ、茉白さん?

 俺は目の前でモシュモシュと分け与えたパンケーキを食べる茉白を見る。


「とにかく、ちゃんと仲直りするんだよ?応援演説やるんだし」

「わかってる。でも、その・・・」


 正直、怖い。


 そりゃもちろん謝りたいし、関係修復だってしたい。


 それでも、俺が歩み寄ると彼女の中の何かが壊れてしまうのではないか。

 彼女のために何かをしたい自分は、何もしないことが最善なのではないか。そんな後ろ向きな考えが拭えきれないのだ。


 それに、俺は今、裏生徒会を守ろうと動いているのだ。それはつまり、朝日と川霧の夢を途絶えさせるための行動な訳で。そんな俺が、どの面さげて彼女の傍にいれば良いのか。ずっと密かに感じていた思いが、ここにきて俺の中を駆け巡る。


 きっとそんな考えは俺の表情に出ていたのだろう。茉白は俺を見て大人びた風に言う。


「最悪、仲直りは無理かもしれない」


 突然の最悪な予想に俺はただ続きを待つ。


「でも、ちゃんと向き合うのは、忘れたらダメだから」


 どこか力強い茉白の口調に、俺は小さく首肯する。


「・・・わかってる」

「なら、あとは任せるからね。と言うか、私には、どうのしようもないし」


 そういうと茉白は席を立つ。


「さ、帰ろっか」


 ・・・あの、代金払わずに出て行かないで?

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