第96話 振り向く
二宮先輩を見届けると、俺は一人体育館へと向かっていた。気分は最悪だった。
先輩を送り出した最初こそ、迷える人を導いたような充実感のようなものを感じたが、それもただの思い上がりだと気づくと過ちを繰り返す自分に嫌気がさす。
一方的な解釈で知ったかぶりして、思い込んで、勝手に傷ついたばかりなのに。
さっきだって、なんとなく会長がまだ諦めきれ無さそうだからと思い込んでいただけで、実際は会長は行きたくもなければ今頃俺の見えないところで時間を潰しているだけかもしれないと言うのに。
もし、また失敗した場合には、今度こそ二宮会長は大切な先輩との交流がなくなるのかもしれない。
そう考えるだけで、軽はずみに他人の人生を滅茶苦茶にしてしまった罪悪感で苦しくなる。
「あっ、か、和樹くん!」
そんな風に思いながら歩いていると、下がっている俺の視線はスラリと細い足を捉え、俺は顔を上げる。
するとそこには息は上がっていて、もう制服に戻っている朝日が立っていた。
その顔はどこか俺を探していたように見える。
・・・あぁ、俺結局劇の会場にいなかったし、問い詰めに来たんだろうか。
「悪い、劇見れなかった」
「そ、そんないいですよ!顔あげてください。それより大丈夫ですか?顔色、悪いですけど」
「あぁ大丈夫。ちょっと外にいすぎて寒いだけだ」
朝日は俺の進行方向へとくるりと体を向けて一緒に歩き出す。
心配そうに俺の様子を前屈みで伺う朝日に負い目を感じ、俺は白々しく聞いてみた。
「そういえば、朝日の方は何か急いでたのか?息上がってるけど」
「えっ!?そんなこと–––」
「・・・ん?どうした」
急に足と声が止まった朝日の方を振り返る。すると朝日は、俯いて何かを考えているようだった。そして
「和樹くんを、探してました」
「俺を?」
これもまぁなんと白々しいことでしょう。
「悪かった。ジュースでも菓子でも奢る」
「だから怒ってないですって!でもお菓子は食べたいのでお願いします」
「ちゃっかりと欲しがるなよ・・・」
「・・・ん?約束を守らなかったの、誰でしたっけ?」
ゴゴゴと聞こえてきそうなほど、珍しく圧を放った朝日に負け、俺は大人しく謝る。そこまで本気で怒っている風でもないが、事実として約束を反故してしまったのは誉められるような事ではないだろうし今度菓子の詰め合わせでも買ってこよう。
なんて思っていると、朝日はやや上擦った声で言った。
「それで、どこに行ってたんですか」
「えーっと・・・」
川霧との話は、俺目線彼女を泣かせてしまったためにする気になれないし、その上会長との話をするのは会長のプライバシーに関わるしなぁ・・・。
「あー、空き教室に忘れ物を取りに。今日中の提出プリントがあってそれで急いでたんだ。悪かった」
これでどうだ・・・?無理やりすぎたか?
俺はチラリと朝日の方を見る。
「な、なるほど・・・。それはしょうがないですね」
何とかなった・・・!悪いな朝日。いい男には誰にもいえない秘密の一つや二つあるものなんだよ(キリッ
集会室に着くと催しの一通りはすでに終わったようで、ステージの幕は閉じられていた。おそらく劇と一緒に閉じたのだろう。
そんな風に考えていると、隣の朝日が俺の裾を引っ張って囁いた。
「ついて来てください」
やけに近くで吐息まじりのその声に俺は緊張し、変な声とも言えない何かを漏らしながら朝日を横目で見る。
ふふっ、と小さく笑う彼女は、とても可愛く、どこか意地悪っぽく
そしてどこか、
寂しげでもあった。
そうして彼女は、俺を誰もいないステージ裏へと誘ったのだった。
ステージの脇は、そもそもそこまで広くない上に、劇の小道具が乱雑に置かれ、足場を無くしていた。
そんなステージ裏の袖から、朝日はチラリと外を見る。隙間からは楽しげな先輩たちの様子や中には劇での仮装をつまみに談笑する同学年の姿が窺える。
「よかった・・・。みんな、楽しそうですね」
安堵のため息。そして優しい笑顔。
そうか、こいつはずっと気を張っていたのだ。ただでさえ演出係の実質的なリーダーとして働き、その上最終日には川霧の代理まで務めたんだから。
そのどれもが自発的な行いとは言え、彼女に押しかかっていた責任感だとかは、簡単に自己責任の一言で片付けられるものではなかっただろう。
「なんで今回、お前はあそこまで頑張ってたんだ?これまでなら後ろで運営を支えてたのに」
まあ文化祭ではその頑張りが裏方故に見えづらく、過労に陥ってしまったのだが。
俺の質問に、カーテン状の幕を閉じた朝日はこちらを向いてはうーんと唸る。
暗幕が閉じたせいで俺たちに刺す光は非常階越しの灯りのみで、幕の向こう側の音はどこか別世界のように遠くに聞こえる。
そうして朝日は呟いた。それはやけに、感傷的だった。
「このままじゃ、ダメだなって思ったから。ですかね」
ドクン、と心臓が嫌に脈打つ。
頼りない明かりは、徐々に小さくなるようにも感じ、鼓動は加速していく。
「そんな事、ないだろ」
「そんなことありますよ。私、臆病だから」
そう呟く朝日の横顔は、力なく笑っていた。
「これからもずーと、凛ちゃんや和樹くんの後を追っていて良いのかなって、思うんです。思えば私は小学生の頃から、ずっと・・・」
何かを言いかけ唇を結んだ朝日がこちらを伺っている事に気付き、俺は首を傾げる。
「なんだ?」
「ふふっ、何でもないです」
「・・・なんだよそれ」
楽しげに笑う朝日の様子に俺はただ困惑する。
別に彼女の言葉に続くフレーズがわからなかったわけではない。きっと、『俺に憧れていた』みたいなものだろう。
だからこそ、わからない。これまで俺は朝日が自分の音を追っているだなんて感じたことはないからだ。
だからこそ、朝日のこの儚さは偽であるのだ。彼女自身が『「自分は和樹に憧れている」と思っている。』と思っていたとしても、第三者である俺からその気配を感じない以上、それは朝日だけの一方的な思い込みであり、勘違いなんだ。
自分の考えは、少なくとも自分だけは確かにわかるだなんてのは、思い込みなんだ。
そんな朝日の勘違いで、「今」を、そして今に続くまで伸びてきた「過去」を否定しないでくれと、俺は胸が痛くなる。
「和樹くん」
そんな俺の名を、朝日は真面目な声で呼ぶ。
俺はその声色に内心恐怖を感じながらも、それを悟られないよう平静に努め、彼女の瞳を見る。
やはり見つめあった朝日の瞳には、光がある。青々しく、眩しい光が。吸い込まれそうになるほどに、輝いている。
「待っててください。私、絶対和樹くんや凛ちゃんに追いつくから。そのために必死で頑張るから。だから、もし、私が並ぶことができたらその時は–––」
最後の方の声は震えて、ギュッと朝日は自分のスカートの端を握る。
大きな瞳の輝きは、艶々と揺れる。
俺はつい唾を飲む。
「–––そ、その時は。今度こそ、見てくださいね。振り向いてくださいね」
「な、何を言って–––」
ふっと甘い匂いがしたから思うと、胸あたりに頼りなくも優しい感触が。
「私を、です」
俺の体に揺れた細い指先でシャツを少し掴むとすぐに朝日は体を離しては顔を伏せ、「失礼します」と俺の脇を通り過ぎていった。
理不尽にも、望まぬ変化の波は寄せてきた。
俺は、もうそこにはないはずの朝日の姿をただじっと、息を呑んで見つめる。
やがて遠くから音がなっていることに気づく。
緊張と不安と混乱で、何もできないでいた俺の耳に微かに届くのは、忘年会の終わりを告げるアナウンスだった。
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