第93話 根拠がなくとも走り出す

 朝日のせいで変に落ち着かない心持ちのまま適当に開いていた席に座って時間を潰しているとやがて集会室内の照明が消える。

 そして聞こえてくるのは聞き慣れた、透明な声色

『これはどこにでもいる平凡な少女が、諦めたはずの夢を叶える物語』

 そんなナレーターの茉白の声と頼りなさげな照明を受けて立つ朝日。見すぼらしい服を厚着して先のドレスを隠している朝日は、心なしか髪も乱れているように見える。


「諦める・・・か」


 不意に急所をつかれたような気がして俺は小さく、鼻で笑う。

 最初のナレーションを聞くにどうやらこのお話はハッピーエンドらしい。

 

 諦めなければ夢が叶うなんてのは、創作の中でくらいのものなのだ。

 実際はほんの一握りの人間しか無理なんだ。なら俺の分が悪い賭けを避ける生き方を、誰が責められるだろうか。

 誰が、「一人の少女のこれまでの生き方」と「自分と他の奴らのワガママ」のどちらを取るのかの判断を、無責任に、人任せにすることを責められるだろうか。


 俺の意識は徐々に自身の内へと指向性を強め、観客の囁き声や劇の声は遠ざかっていく。

 そういえば川霧はどこに行ったのだろうか。

 思い出されるのは、開会式前のあの川霧の言葉だった。


『・・・ねぇ、これでいいと思わない?』


 これでいい、と言うのはこの忘年会の準備で活躍した泉が、会長代理として川霧の代わりに挨拶をすることだと、あの時は思ったし、今でもそうだと思っている。

 

 でも・・・いや、なら引っかかるんだ。


 あれだけ生徒会長にこだわっていた川霧が、いくら筋が通っているとは言え、簡単に代表代理の座を譲るのかと言う疑問が。

 二宮先輩はこの忘年会の準備の最初の時に川霧にこう言った。


『だからさ、僕としては川霧さんに今回の忘年会で、ある意味での引き継ぎをしたいと思ってるわけなんだ』

 

 そしてその次に川霧が二宮先輩に会長になるのが自分で確定しているようではないか、という質問に対して、会長は否定をしなかった。

 それはつまり、この忘年会での代表代理の立場として仕事をこなすことが、生徒会長になるための通過儀礼だと言っているようなものだ。それをあいつ自身も理解しているからこそ、その話を会長からされた時に戸惑っていたはずなんだ。

 なら「これでいい」と言うのは、つまり・・・。

 瞬間、耳鳴りのように聞こえてきたのは、朝日の声だった。


「もういいの!私はそんな子供のような夢、とうに諦めたの。もう何もいらないし欲しがらない。ただ私は、なんでもない日々を過ごしていたいの。変わり映えも、変化もない、そんな穏やかな日々で・・・満足なの」


 夢・・・。生徒会長・・。穏やかな日々・・・。

 俺の頭の中で、その言葉はうるさく繰り返される。

 そして、何かがつながるような気がした。


「まさか」


 俺は静かに、力強く立ち上がる。

 時間は思ったよりも経っていたようで、もう劇はクライマックスだろうか。ドラマチックで、最後の困難を乗り越える主人公を鼓舞するような、盛大な音楽が聞こえる。

 それを背に、とても青春だとか主人公だとかとは縁のない俺は、走り出した。

 今、どうしても確かめないといけないことがあるはずだ



 俺は階段を飛び降りるように下ると、ぐるっと周囲一帯を見渡す。


 どこだ、どこにいる。川霧は、どこにいる。

 グラウンド?体育館周辺?駐車場?

 だめだ。見渡しても彼女らしい影はどこにもない。


 考えろ、あいつが生きそうなところ。考えろ、この半年の思い出の中で知った、あいつの考え、執着、ひねくれ加減を。

 俺に似て、不器用で、強がりなあいつはどこに行く。

 どくどくと脈打つ心臓の鼓動を感じながら俺は静かに息を吐き出す。


 あそこだ。・・・あそこしか、ある訳ない。


 俺はやけに落ち着いて、踏み出す。

 確証があるわけでもない。俺とあいつが仲良いわけでもない。でも、それでも、


 あそこに行ってしまうんだ。俺も、お前も


 だって俺たちは、似た者同士なんだから。

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