第87話 理想には届かないもの

 あれからというもの、驚くほどに川霧がリーダーを務める運営係の仕事は進んでいった。もちろん俺が運営係の進捗を知っているということは、それだけ俺の本業(演出係の仕事)が暇であると言うわけで。

 それはつまり演出係(朝日)が順調だということだ。

 いかん、刺激がなさ過ぎて退屈を感じるようになっていた。この数か月で面倒ごとに、もまれすぎたせいか変な癖に目覚めたのかもしれない


 なんて取り留めないことを考えながら、今日も川霧たちのほうへと向かう。


「だから今日中じゃないとだめなの!」

「そんなことないでしょ、少しは周りと足並み合わせることを覚えなさい」

「そのせいで進まないんでしょ!!」


 俺はいつもの光景となった川霧と泉の喧騒にため息をこぼす。

 そしてこれまた、いつものように俺は定位置となった二人から一席開けたところに座る。


「もういい!あんたのやりかたじゃ間に合わない」


 後ろの喧騒は泉がドアを激しく閉めるその音で終わりを迎えた。

 こめかみを抑え、小さく溜息を吐いた川霧は席に座る。


「ほんと自分勝手だわ、あの子」

「ああいう我の強さも大事なんだろ」


 むしろ川霧こそ我を貫き通すタイプだったように思うが・・。これも変化だろうか。変化は成長だという川霧の意見に則るのであれば、彼女もまた、成長しているのだろう。・・・俺とは反対に。

 ここ数日、泉は他の班の進捗なんてお構いなしに、期日から逆算的に考え、すべき行動を強行しようと動き、それを川霧はほかのチームとコミュニケーションをとってできるかどうかの判断をするという形で運営係は進んでいた。


 まさか川霧がサポート役というのは最初はどうも俺には役不足に感じていたが、泉の性格も相まってか意外にこの形はうまくはまっているようだった。

 ・・・ただひとつ、他の班と意見がぶつかり合うことだけを除けば


「お前ならもっとスムーズに、荒波を立てることなくこなせるんじゃないのか?」

「無理ね。事実私のやり方では進行できていなかったもの。多方面に迷惑をかけることは申し訳ないと思うけれど、この際しょうがないのかもしれないわね」


 俺は川霧の発言につい小さく笑う。

 ほんと、変わったな。川霧。

 前までは自分ができないことがある事を隠すように、強がっていたのにこうして純粋に自分の弱さを認め、相手をたたえるようになった。気づけばその横顔も大人びているようにも思えてくる。


「・・・なによ」

「いや、目立ちたがりなのにこうも簡単に泉にリーダーを譲るとは思わなくてな」


 俺の小言に川霧はオーバーリアクションとも思えるほどに眉を顰める。


「勘違いしないで。私が生徒会に入ったのは中等部の人たちを見返すためであって別に自己陶酔によるものじゃないわ」

「でも今でも生徒会長目指してんだろ?」

「・・・・」


 俺の言葉に、川霧は苦いものを噛んでいるような顔になる。それを見て俺は失言をしてしまった事に気づいては、何も言えなくなる。

 俺と川霧は、まるであの日の成美先生の家でのように無言で居心地悪くなっていた。すると、その沈黙を破ったのは、川霧だった。


「か、和樹くんは・・・私が生徒会長を諦めたって言ったら、どうする?」

「・・・・」


 聞き取れてはいた。それこそ頭中に響くくらいに。

 それでも俺は、この答えは大きく彼女の選択に影響を与えるような、そんな気がして何も言えなかった。


 その責任の重さに脳の思考力は働かず、ただこの間を埋めるためだけに俺は間を置いてから一言「お前の意思を尊重するだけだろ」と、細い声で呟くので精一杯だった。


 その言葉に川霧は「ズルかったわね、ごめんなさい」と微笑んでは、もう陽が落ちかかっている景色に視線を送る。それからまた俺らは、長い沈黙を迎えた。



 しばらくして、先輩たちと揉めた泉は荒い足取りで戻ってきた。泉はこのままで大丈夫なわけないと不満を口にすると川霧がそれを宥めるというおおよそ前では想像できないような光景に俺はなんだか自分だけ蚊帳の外のような居心地の悪さを持ってそれ眺めていた。


 泉の案の全てが受け入れられたわけではないにしろ、運営係としてある程度の見通しがたったので運営係の教室の雰囲気が一気に仕事モードに変わるのを感じると、もとより暇つぶし感覚できていた俺はその邪魔をしないようにと部屋を出た。

 嫌な胸騒ぎが、止むことはなかった。

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