第79話 静かな焦燥
「今日、空き教室行く?」
「そうだな、特に予定ないし」
「それはいつもじゃ」
「うるさい」
そんな軽口を叩き合いながら俺と茉白は空き教室に向かった。俺たちが集まったのはあの出かけた一日のみなので、あれ以来の集まりということになる
・・・よね?
俺だけ誘われてないとかないよね?大丈夫だよね?
そんなこんなで俺たちが教室に着くと、少しして川霧と朝日がきたことで全員揃っての再会となった俺たちはお土産の交換なりを済ますと軽い社交辞令な会話に入る。
けれどそれが長く続くことはなく教室には、ジワジワと”あの時”《裏生徒会の解散を告げられた時》と同様の重苦しさが、ゆっくりと、確かに満ちていく。
そんな時
「おっ、今日はみんないるな。ちょうどいい、お前らに依頼を持ってきたんだ」
いつもの無神経で飄々とした声がした。
そう言って入ってきた、俺たちの顧問である
そしてまるでこれから授業でも始まるのかといった様子で俺たちの方を見渡す。
いつもなら嫌味の一言でもいってやるが、今は、そんな気分にすらなれなかった。
「今年の生徒会・・・というか生徒会長だな。そいつから忘年会をやろうって話になってな。それで如何せん話が急なもので全クラスに人手の募集をかけてはみたんだが頼りなさそうでな・・。だからお前たちに協力してほしいって話なんだが」
そこで成美先生の視線は俺で止まる。
「お前、立候補したみたいだな。実行委員に」
「ま、まぁ・・。かくかくしかじかって感じですけど」
「意外だな、お前はああいうのに非協力的だと踏んでたんでな。ま、お前たちはあの場で断ってようが結局は巻き込まれる運命なんだけどな!」
「さ、最低だ・・・」
俺のぼやきに耳を貸すことなく「さて、と」と呟いた成美先生は入ってきた廊下の方を見ると手を招く。その仕草の矛先を俺たちが目で追うと、廊下にいたらしいその人は数歩出て教室に踏み入れた。
「失礼します、会長の
「・・・・あっ、こちらこそお願いします」
もう確定事項だと言いたげな会長の挨拶に、丁寧な礼で答える朝日。川霧は軽く目を伏せ、茉白はぼーっとしていて俺は何か応えるようなこともないので黙っているため会長もやや気まずそうである。
・・・まぁ茉白は文化祭の実行委員にいなかったので会長の言った事は間違いなんだけどな。けど茉白の存在感のなさを加味すれば会長が間違えるのも無理はない
「会長、協力と言っても何をすればいいのか・・。正直、生徒会会議の時点でも今回の案はかなり、その・・・」
「うん、雑だったね」
「・・・はい」
川霧は言いにくそうに言葉を選んでいたが当の本人である会長の態度にこめかみをおさえている。なんというか会長は悪い人ではなさそうだけど、あっけらかんとしていて掴みどころのなさそうな印象だ。
「多分みんなには生徒会本部の人間と同じ仕事をしてもらうと思う。会場の準備とか催しの手配とかかな。まぁ、文化祭の時みたいな感じになると思う」
「それは随分面倒臭さそうっすね」
「お客さんにそんな嫌そうにしないの」
なんとなく上からな物言いにむかついて小言を言ってストレスを軽くしようとしたが、それすら茉白にたしなめられ、俺はため息をつく。
「ははっ、そうだね、前例がないことだからね確かに面倒だ。でも、だからこそやってみたいんだよね、僕は。そのために周囲を巻き込んでもね」
「・・・はぁ、会長は目立ちたがりですからね」
「当たり前だろ川霧さん。じゃなきゃこんな人前に立つ役職に立候補しないでしょ、僕も君も、ね?」
「わ、私は・・・」
「まー、という訳で、お前たちの最後の依頼ってわけだ。それじゃ私と二宮はこれからいろんな厄介野郎に挨拶をしに行かねーといけねーから、詳しい話はまた今度な。ほら、二宮いくぞ」
「もう先生、もう少し余裕持っていきましょうよ、老けますよ?」
「殺すぞ」
「うへぇー」
嵐のようにやってきた二宮会長たちは小走りで廊下に消えていった。
妙な胸騒ぎだけを残して。
程なくして、俺たちは、解散となった。
ーーー
あれから一晩経ても、腹の奥底にずっしりと残っているわだかまりは残り続けていた。
授業とか基本話聞かずにボーッとしてるが、そんな時ですら昨日の重苦しい空き教室が思い出されゲンナリしてしまう。こりゃ重症だ
今日の最後の授業でしかも外が大雨のせいか、どんよりとした雰囲気でもう誰も集中してないようにすら感じられる。
やがて授業が終わり、いつもよりゆったりと皆が帰宅の準備を始める。俺も適当に帰ろうかと席を立つと
「今日、空き教室行く?」
茉白が俺の背中をチョンと突いて聞いてきた。いつもの無表情に憂いを見出してしまうのは、俺の心情のせいなのかもしれない
「いや、今日はいいんじゃないか?行ってもやることないだろうし。忘年会の話なら成美先生から連絡が来るだろうからな」
「でも、これまでも別に用事なくても行ってたよね?それなら、その理由はおかしいよ」
「別に今日はただサボりたいってだけだ。いいか、一人の時間ってのも大切――」
「放課後にわざわざ一人になる必要ないでしょ?色見くん、いつも一人だよ?」
「うるさいな!」
なんてひどい冗談を・・!と、思ったが茉白の顔は真面目でなんだか焦っているようにも思える。
何か言いたいことがあるが言い出せない、そんなもどかしい雰囲気を感じる。
「そんなに行きたいのか?」
「うーん、そう言う訳ではないんだけど、行かなくちゃいけないっていうか。そんな感じがするっていうか」
「はぁん」
要領を得ない茉白の返事に俺は適当な相槌を打つと、茉白は小さく頬を膨らませてから俺の背中を軽く両手で押す。
「もういいから、とりあえず行くよ。暇なんだから、色見くんは」
「暇だとしても拒否権はあるだろ!?」
俺の抵抗虚しく、意志に反して俺はまた、空気が重い空き教室に足を運ぶことになってしまったのだった。
―――――
「失礼します」
「あっ、依真ちゃんと和樹くん。お疲れ様!」
無理やり俺を引っ張って連れてきた茉白に続いて、俺は不満げに教室に入ると意外にも元気な朝日が俺たちに手を上げ歓迎してくれ、川霧も何も言わないが目線をこちらに向け軽いお辞儀で挨拶をする。
なんだ、俺が考えすぎていただけで案外重苦しい空気なわけではないじゃないか。そんな風に一息つくと俺はいつもの感じを装って椅子に座る。
それからは朝日が適当に話題を話しては、周囲がそれに反応するいつもの様子が続いた。
「でももう3年生なんだよね、はぁ〜受験とか憂鬱だなー」
「あらあなた一般を受けるの?」
「え?どうだろ、嫌すぎて全然受験のこと考えてないからなー・・・。意外と一般でも頑張ればいいとこ行けたりして!」
「ないわね。朝日さん、物事諦めが重要よ?」
「ひどい!?で、でも面接とかそれはそれで緊張するっていうか・・」
「何、いつもどおりヘラヘラしてればいいんだよ、大事なのは愛嬌だろ。それで推薦で適当にいいとこ受かれば一般で必死こいてるやつを笑いながら遊べるぞよかったな」
「なんか二人とも私に当たり強くないですか!?私はそんなことしないですからね!?」
大袈裟なリアクションをとった朝日はよほど受験が嫌なのか机に突っ伏して項垂れる。
「あーあ、でも推薦って言っても私の成績じゃって感じだしなぁ」
そう呟いた朝日のぼやきに帰って来た声はまさかの人のだった。
「なら生徒会は!?もし来年も成美先生なら仕事はそこまでしなくて済むしそれでいて推薦枠取れるしでおすすめだよ?」
「うわ!?か、会長・・・!!び、びっくりしたぁ」
「会長、ノックの一つでもしてください・・・」
「ははっ、ごめんごめん。僕、こう見えてイタズラ好きなんだよね」
「見たままですし、悪趣味なのは知ってます」
俺たちの後ろから・・より詳しくいうと朝日の背後から首を伸ばし俺たちを驚かせた二宮会長は「ひどいなー」と呟きながら俺たちの前に移る。会長の顔は常に微笑みを浮かべているが、俺たちの雰囲気は、それはもう陰鬱なものに移ろっていっていた。
『生徒会』というフレーズがおそらくあの日の成美先生の告げた「裏生徒会の解散」を呼び起こしたせいだろう。二宮会長は俺たちの内情を知ってか知らずか、物苦しげな俺たちに、相も変わらない表情をむけ続けながら、笑顔で傷口を広げていく。
「急にごめんね、昨日のままではあんまり把握できてないだろうと思って来たんだ。昨日も言ったように忘年会まで時間もないしね、僕としては早く取り掛かりたいんだよね」
「ならもう集まったりしたほうがいいんじゃないっすかね」
せっかく俺たちがいつものような雰囲気を作っていたところを自分勝手に来てはそれを壊した会長に、俺は意図せず嫌味な物言いをすると、会長はより一層その笑みを深くして言った。
「うん、僕もそう思う。だから今から会議室に集合、それを言いに来たんだよ」
・・・俺はやはり、この人が苦手だ
——————————
「本当に・・会長はいつもいつも好き勝手して・・・」
「お、落ち着いて凛ちゃん!なんか出てる、怒りがオーラみたいになっちゃってるから!!」
騒がしく前をゆく川霧と朝日の背中を眺めながら俺は上の階へと続く階段を上がっている。もう二宮会長という激流な川に飲まれた俺たちはもう流されるしかないのだろうと俺は半ば諦めの気持ちになっていた。
それぞれが別々の思いを抱いているのだろうが、ただ一人。隣の茉白の心境だけはその片鱗すら見せない。ただ下を向いて一段一段、丁寧に登っているだけである。
「大丈夫か、体調が悪いなら無理すんなよ?」
「えっ、私全然元気だよ?」
「じゃあなんでそんなに大人しいんだよ。なんか気になることでもあるのか?」
「・・・」
俺の言葉に茉白はチラリとこちらを見てからまた顔を軽く伏せた。その時の表情はいつものようにパッと見、感情の起伏を感じさせないが、どこか怯えているように感じ取れた。
「・・・色見くんはさ、私がいつかの帰り道で言ったこと覚えてる?」
変わらず茉白は下を向いている。
その横顔を見て、忘れたなんて言えるわけない。それに忘れるわけもない。
「このままがいいってやつか?」
「うん。私ね、やっぱり今でも今のままが続けばいいのになって思うんだ。なのにさ・・・」
今の茉白の視線は、前をゆく川霧と朝日の背中に注がれる。やはり寂しげに見えるその横顔は、静かに続ける。
「勝手にみんなが進むからさ、なんというか・・・ね。置いていかれるなーというか、私だけなのかなーというか」
そう濁して小さく微笑んだ茉白は、彼女らしくなく、その様子に俺は何も言えずに気付けば足を止めていた。
「あれ、どうした——」
「二人とも、遅いですよ!早くしないと置いていきますよ!!」
「ごめん、今行くよ。ほら、いこ?色見くん」
「・・・あぁ」
茉白に言われ、長い内側の不安に落ちていた意識から覚めた俺はゆっくりと歩き出す。
もう今では、川霧と朝日には走らなければ追いつけないような、そんな気がした。
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