◇4
「聖女召喚、か」
秘書である僕が持ってきた手紙を公爵様に手渡した。金色の、王族にしか使うことを許されない封筒。そして差出人は、この国を収める皇帝陛下だ。
そして、手紙にはそう書いてあったらしい。僕の仕えている主、公爵様の口からそんな言葉が出てきた。
確か、以前聖女召喚が行われたのは40年前だ。一度召喚を行うと、また召喚の儀に必要な召喚用魔法陣を時間をかけて最初から組み込んでいかなければならない。その魔法陣作成にそれほどの時間を費やさなければならないのだ。
「ふん、聖女召喚など、こんなものに執着されているといつか足元をすくわれる」
「ですが、聖女達のお陰でこの国が大きくなった事もまた事実です」
聖女とは、神の遣い。我々には持つことの出来ない、生み出すことも出来ないエネルギーを保有している。それは、〝自然エネルギー〟と呼ばれるものだ。
その名の通り、自然を操る力である。その力で、この国は豊かになった。
だが、大きなエネルギーは我々人間にとって祝福となると同時に、脅威となることもある。紙一重、とはこの事を言うのだ。
この帝国は土地も広い。そして帰属国も多くある。力を振るい、周りの国を脅かし、ここまで大きくなった事もまた事実という事だ。
数日経ち、皇城で静かに行われた聖女召喚の儀。一体先祖はこんなものをどうやって生み出したのだろうかと思いながら、儀式を眺めていた。
今までよりも人数の多い聖女達が呼び出されたが、一人だけ普通とは違った人物が混じっていた。その人物は、想像上の悪魔によく似た女性。こんな事、以前には一度もなかった事だ。
この事実はあってはならないと、
そのせいで周りには悪魔だとか、冷血無慈悲公爵だと言われるようになった。まぁ、それもあながち間違ってはいないが。
「どうするんですか」
「知らん」
「あー、はい」
これは、お前が何とかしろという事ですか。無理難題を押し付けるのは公爵様もでしたね。異世界からいらっしゃったレディをどうするか、中々に難しい案件だ。きっと邸宅内では噂だのなんだのと面倒な事になるだろうな。
客人である彼女を邸宅にお連れし、私達はまた皇城に逆戻り。聖女召喚なんてものを行った為の後始末やら何やらを処理し、帰ることが出来たのは数日後。
度々報告に来ていた者からは、客人は口を閉ざし食事も喉を通らないほどのショックを受けてしまったようですと伝えられた。若い女性が、知らない場所にいきなり連れてこられ、悪魔だ何だと剣を向けられたんだ、そうなってしまうのも頷ける。
と、思ったが。
「どけ」
「で、ですが……」
「……何故、入れないのです?」
「あっ、えぇと……お客様が、一人にしてほしいと」
「おや、やっと喋られたのですか。それで?」
「えぇと……」
この、客人に付けた侍女の様子。成程、そういう事ですか。まぁこれも予測の範囲内だ。
私と公爵様を止めようとする侍女達を押しのけて、客人の部屋をノックをした。返事はない。入っても宜しいでしょうか、そう聞いてみたら、どうぞ、そう慌てた女性の声が聞こえてきた。なぁんだ、喋れるじゃないか。
部屋に入ってみると、いくつか目に留まるものが。
大きな台が置きっぱなしになっている。その上に乗せられている食事は、全く手が付いていない。
「皇城以来ですね。自己紹介が遅れてしまい申し訳ありません。この方は、カディオ公爵家当主、シルヴァン・カディオ公爵様です。ここの主人ですね。
私は、カディオ公爵様に仕えています、秘書のアルロ・グリフィスと申します」
「あ、えぇと……夕琳です」
報告にあった通り、食事には手を付けていないようだが、きちんと会話が出来ている。
だが、靴を履いていない。きっと客人のいた国は室内では靴を履くことがなかったのだろうが、ここでは靴を履くのは当たり前の事だ。そのことを誰も教えていない。
それと、ベッドの上。掛布団を四つ折りに畳み、枕を上に乗せてある。普通ならこんな事はしない。これも文化の違いというやつか。
「これはどういう事だ」
「っ……」
侍女長を呼べ、そう公爵様は近くの侍女に命じた。
「客人を丁重にもてなせ、そう言ったはずだが」
この威圧的なオーラを放つ公爵様を目の前にして、口答えをするような奴はほぼいない。目すら合わせることが出来ないだろう。
程なくして、呼ばれた侍女長が血相を変え急いでこの部屋に入ってきた。
「客人に付けた侍女はこの三人か」
「左様でございます」
「解雇だ」
「待ッ」
「畏まりました」
騒ぎ出す侍女達。だが、解雇だけで済んだんだ。ここは喜ぶべきところだろう。
だが、今日中に荷物をまとめて出ていきなさい、と追い出す侍女長に待ったをかけ人物がいた。
そう、彼女。客人だ。
「や、やめちゃう、のですか……?」
「はい。職務怠慢、そして客人をもてなせという主人の命に背いたのですから当然の事です」
まさか、ここで口を出してくるとは。5日間あんな対応をされ思う所があるのだろう。だが、彼女は反対の事を言い出した。
「わ、私のせいでしたら、謝ります!」
謝ります? 自分のせいだと思っているのか?
「だ、だから辞めさせないでください!」
とても必死に頼み込む。この焦りよう……まるで、自分の事のようだ。
そんな彼女を見ていた公爵様は、いつものような表情。人を殺せるくらいの眼光だ。よく、彼を前にして話せるな。
「主の命に従わぬ使用人など、カディオ公爵家には不必要だ」
あとはお前に任せる、と侍女長にそう伝え出て行ってしまった。そんな彼に、一歩遅れて僕も付いていった。どうして辞めさせないでと言ったのか。以前どんな身分でどんな生活をしてきたは分からないが、きっと同情心から来るものだろうな。
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