第2話 心霊スポット:2

「わけわからん……」

 斎はドキドキと激しく鼓動を討つ胸を押さえながら、雀の後に続いて階段を上がり始めた。斎は雀を憎からず思っている。いや、憎からずどころか、多分好きだ。恋愛的な意味で。

 そんな斎の気持ちを知ってか知らずか、雀は時々先ほどのキスのようなことをする。

 ただ、その行為に恋愛のような甘い意味がないことも斎は知っていた。

「ここだな」

 屋上が見渡せる場所まで出た途端、一点を見つめて雀が言った。

 雀が言う方向を斎も見ると、明らかにそこに何かあることが

「何、これ……」

 そこに近づいてみると、屋上の床にべったりと影が染みついている。

 この屋上も他と変わらずゴミだらけなのだが、そのゴミの下に人の形の影が這いつくばるように染みついていた。それが透けて見える。

「カメラに写ってない」

 担いでいたカメラで撮影しようとレンズを向けると、そのモニターには何も映らない。ただ、カメラを外して肉眼で見ようとすると影が見える。

「キモっ! なんなんこれっ」

「ここで人が死んでいる」

「え? ホテルのオーナーここで死んでるの!?」

「違う。よく見てみろ」

 そう言われて斎はカメラを降ろして肉眼でその影をよく見ると、女の姿が浮かび上がってきた。

「ひぃっ!?」

 思わず隣にいた雀にしがみつく。

 影から浮かび上がってきた女は血まみれで、その頭のあたりはつぶれているようだ。

「ここで殺されたのはこの女だ」

「こ、これっ、殺された女の幽霊!?」

「違うな。これは記録だ。お前は女の姿が見えているかもしれないが、ここにはもう何もない。殺されたのが女だというこの場の記録が――」

「それを幽霊って言うんでしょうがぁっ!」

 冷静に説明を始めようとする雀を遮るように叫んだ。

「殺された女の写真みたいなものだ、幽霊ではないぞ?」

「違くないよ! それを俺は幽霊って言うの!」

「呪い殺しても来ないし、憑依もしないんだがな……」

 雀はあくまでも幽霊ではないと言い張るが、これはそんな問題じゃない。

 そこに存在するはずのない女の姿が見えるとか斎には絶対無理だった。

「無理無理無理無理! やだ! 帰ろう!」

「見たくないのか?」

「見たくないよ! 最初から幽霊嫌だって言ってんじゃん!」

 斎はこれ以上その記録の女を見て居られず、雀にしがみつく腕にぎゅっと力を入れてひと際強く抱きついた。

「……そうか、では」

「え?」

 斎をしがみつかせたまま雀は一歩女に近寄ると、指先を左右に振った後にパンッと柏手を打った。

 そして――

「ひぇっ」

 雀が大きく息を吸い込むと、目の前の記録の女が黒い靄のようなものに変わり、雀の口の中へと吸い込まれていった。

「なっ……そ、それ……」

 斎は言葉を詰まらせながら雀の唇を凝視する。

「お前もか?」

「く、食うっ!?」

「エネルギーを摂取するのを食うと言わんか?」

「わ、わけわかんないっ」

 斎は雀から一歩離れる。

「幽霊食べるとか無理!」

「そうか……」

 少し残念そうな顔で斎を見る。

「え、待って。もしかしてこれ食べるために心スポ来たの!?」

「……それも一つだ」

「他に何があるの?」

 斎は思わずじとっとした目で見てしまう。

 雀の考えていることはよく解らないと思っていたが、やっていることもよく解らない。

 その上、幽霊をなんて行動は斜め上にしても上過ぎた。


「……次に行くか?」

 斎の責めるような視線も気にせず、雀はそう言うと歩き始めた。

「え? まだ、行くの!?」

「今の記録で次はわかっている」

「いや、もう、そうじゃなくって……」

 斎は再び雀の後を歩き出すが、なんとなく一歩離れてしまう。

 そんな斎に気が付いて、雀は足を止めた。

「どうした?」

 普段と変わらぬ様子の雀。

(こんな時ばっかり察しが良い……)

 斎は言いたいことがうまく言葉にならず、苦虫を噛み潰したような顔になる。

(なんでこんな男が好きなんだろ)

 心霊スポットで得体の知れない女の影を食らうと言う姿を見ても、斎の気持ちはときめくのだ。得体の知れない男が見せる、自分への気持ちの欠片のようなものに。

 雀に助けられて一緒にいるようになってから、雀が本当に人間に興味がないのだと知った。

 あの時、あの心霊スポットで斎が助けられたのは、雀の奇跡のような気まぐれがあったからだ。

 その奇跡のようなものがなければ、雀は平気で斎を見捨てた。

 見捨てると言うか、気が付きもせずにそのまま通り過ぎて行っただろう。

 そのくらい誰にも興味がないのだ。

「斎?」

 名を呼ばれて、もう一度雀の顔を見る。

「何でもない。行くよ」

 一歩離れていた距離を詰めて、雀の隣に並ぶ。

 我ながらチョロい男だとウンザリすると同時に、自分のためにこの男を立ち止まらせたと言う微かな優越感に少しだけ頬を緩めるのだった。


「で、次ってどこ?」

 車に乗り込んで斎が運転席でシートベルトを締めながら聞くと、雀は具体的な場所を言ってきた。

 ここから車で20分ほどの場所にある廃病院だ。

「ガチ心スポじゃん。そこ……何があるの?」

 噂では違法な手術が繰り返されていたのがバレて営業が取り消しになった病院だと言う。その違法な手術の被害者が幽霊として現れると言うのだが――

「人が死んでいる」

「やっぱり……違法な手術で死んだ患者……とか?」

「さっきの女を殺した奴がいる」

「え?」

 発進しようとして止めた。

「殺人犯がいるのかよ!?」

「実体ではなく記録がいる」

 記録。あの影のような女の姿が脳裏に浮かんでぞっとする。

「……幽霊じゃん……」

「何が怖い?」

 雀が再び真顔でこちらを見る。

 ただの記録を何を怖がるのか本気でわからないといった風だ。

「気配だけでは怖いようだから、見えるようにしてやったのにまだ怖いのか?」

「お前のせいかよ!」

 斎は思わずハンドルに突っ伏した。

「何てことしてくれちゃってんの!? 俺、霊感体質とかエグいんだけど!」

「大丈夫だ、朝には戻る」

「……本当に?」

「……多分、明日中には」

 はーっとため息が出る。

(とりあえず期間限定でよかった……)

 雀に助けられてから、どうも自分がおかしい気がする。

 不良どもに暴行を受けて死にかけた体を雀に無理やり生き返させられた。

 普通に治療して治るようなケガではなかった。それが、一晩寝て起きた時には何事もなかったようになっていた。

 雀はそれがどんな事かはっきりとは言わないが、雀と言う人を知れば人理に外れた行いによってなされたことは明白だ。

 さっきの「目を開く」のも同じようなものだろう。

 人を殺す以外にも雀はいろいろとできる。

 そんな雀に助けられたのは本当に奇跡だ。

「はー……とりあえず行こっか。ここまで来たら付き合うよ……」

 斎に拒否権はなさそうだけど。


 次に訪れた廃病院も酷く荒れていた。

 壁は落書きに汚れ、床はゴミに埋まっている。

「また嫌な臭いがする」

 斎はさっきと同じ嫌な臭いを感じ取りウンザリとした顔になる。

「当たりだ」

「でしょうねー……」

 雀の言葉にうなずく。

 なんとなく共通点はわかってきた気がする。

「ここで殺せば、現場は後から来た人間が荒らして消してくれるからな」

「そんな……でも死体があるじゃん」

「死体なんてもんはどこかへ移動したらいい。ここで殺したことがバレなければ、それだけで殺人者は安泰だ」

 建物の中を探索もせず、雀は相変わらず道がわかっているかのように先に進む。

 斎もライトをつけていない。カメラもしまったままで雀の後をついて行く。

(雀もこう言うところで殺すんだろうか?)

 そんなことが頭に浮かんだけど、それを言葉にはしなかった。

 雀は斎に自分が呪殺する場を見せたことはない。

 ちょこちょこ不可思議なことはしてくるけど、誰かを傷つけるようなところを斎に見せないようにしているのは感じていた。

「怖いか?」

「……怖い」

「そうか……」

 雀がぐっと斎の肩を抱き寄せる。

「ちょっ」

「近くに居れば大丈夫だ」

 そう言うところだぞ! っとその腹に一発パンチを入れてやりたいくらいだったが斎はぐっと堪えた。

(これはどういう事なんだ?)

 斎としては別の意味で大丈夫じゃなくなるのだが。

(でも、これは……違う)

 雀に抱き寄せられた途端に恐怖が消えたことには気が付いていた。

 それはときめき効果でもなんでもなく、不自然なほど一瞬で落ち着いてしまったのだ。

 目を開くと言われて明かりが無くても夜目がきくようになり、キスをされただけで女の影がはっきりと見えるようになったり。

(これはそれと同じだな……)

 多分、雀と近い距離に居たり、体を近づけていると、何らかの働きがあるのかもしれない。

 そんなことを鬱々と考えながら歩いていると、不意にひと際キツイ臭いがした。

「うぐっ……何の臭いこれ……」

 思わず顔を上げて、無意識のうちに直視しないようにしていた前方を見てしまう。

「ひぃっ!」

 目の前にあるのは元病室だろうか、落書きに埋め尽くされて元の壁もわからないような極彩色の中に異様なものが浮いている。

 頭を下にして吊るされたような男の影が弾かれるように左右に揺れている。

 まるで、サンドバッグのように左右から何者かに殴られているような――

 そこまで考えて、斎は思わず嘔吐してしまった。

「斎っ!?」

 すぐにしゃがみ込んだ斎の背を雀が撫でる。

「くそっ、フラバか」

 雀はそう言うと、嘔吐く斎の背を何度も何度も撫でながら、低い声で歌うような何かを呟き始めた。

「天ツちからきこシ召セ、わが奏上ニうたもをス」



 雀は祝詞を唱え終わると、気を失った斎を抱き上げると部屋の隅に行ってそっと寝かせた。

 そして青白く血の気が失せて脂汗の浮く額をぬぐってやった。

(しくじった)

 この部屋には天井から吊るされ、複数の人間から暴行を受けて殺された男の記録が残っていた。

 それを目にした瞬間、斎は自分が――された時のことを思い出したのだ。

 斎は今ひどく不安定な状態だ。それを安定させるために、感覚の強化をして慣らそうとしたのが裏目に出た。

 こんなもの、正体がわかってしまえば怯えることはないだろうと思っていたのだが、雀が思っていた以上に斎は反応してしまった。

「まずはこいつを片付けるか」

 雀は吊るされた男の影に向かうと、指先で印を切った後に大きく柏手を打つ。

 印を切るのは空間から影を切り離すため、柏手を打つのはそれを確保するため。そして大きく息を吸うように唇を開くと、そこにある影を身の内に取り込んだ。

 一見、宗教的な様式に見えるが、雀自体は何の信仰もないし神も信じてはいない。

 そういう形で行った方が理解しやすいために、その形を真似ているだけのことだった。

 自分の身の内に取り込んだ影――殺された時の記録から情報を読み取る。

 そこにはこの記録の主を殺した連中の情報が鮮明に記録されていた。

 そいつらの身体的特徴、容姿、声、言葉遣い、発するエネルギーのパターンまで読み取った。

(前の女を殺した奴らと同じ)

 一件目の女の情報から、近いここへたどり着いた。

 二件目の情報を吸収してより解像度は上がる。

(これなら直接追えるか?)

 深呼吸して、意識を集中すると淡い燐光が尾を引くように続いているのが見える。

 犬が匂いを追うように、雀はその燐光を追うことができる。

(だが……)

 もう一度しゃがみこんで、気を失った斎の顔を見る。

 青褪めたその顔を見ると、あの日、斎を拾った時を思い出すような痛々しさを感じた。

(戻るか)

 雀は斎を抱き上げて、廃墟から出る。

 車に戻る途中で斎は何とか意識を取り戻した。

 しかし、雀は今日はここまでにしようと言って、今夜の心霊スポット探索は終わった。


―― 続く

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