カクテルに溺れるネズミは剣をも掴む

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第1話 ファーストミッション


 その日の空は、幼い子供がクレヨンで殴り描いたキャンパスのような荒れ模様だった。



「この現場に画家がいたら、さぞかし芸術的な絵が生まれただろうな」


 保護ゴーグル越しに見える視界――赤や青、黄色といった多種多様な色の特殊エネルギー弾が飛び交う光景を見て、その男はうんざりとした顔で皮肉を吐いた。


 年の頃は四十歳ほどであろうか。青色の短髪に防護用の金属製メット。迷彩色の軍服を身に着けている。彼の名はラッツ。特殊戦闘部隊の長を任されている、ベテラン兵士である。



 彼は煙草を口に咥えると、己の身を隠していた壁際から外の様子を覗き見た。


 現在彼らが位置する場所は元々、王都内にある使われなくなった教会の内部だった。


 しかしこの僅かな間に起きた激しい戦闘で建物は半壊し、天井からは空が覗けてしまっている。ラッツたちアルファ部隊の五人は、崩れかけた壁を背にしながら、死角の無いよう各方位を確認し合っていた。



「ラッツ隊長。そんな軽口を言ってる暇なんかないでしょうが。デルタ部隊の後方支援も無けりゃ、今回は新人まで抱えているんですぜ?」


 隊長に向かってそう愚痴るのは、アルファ部隊副隊長。三十歳を超えたばかりのグランタだ。彼は手にめた革グローブの親指で、左方を警戒中のマヨニカをクイッと指差した。


 彼に名指しされたマヨニカは珍しい女性隊員である。それも二十二歳と、隊内でも随一の若さ。しかし訓練ではスナイパーとして優秀な成績を叩き出し、組織で最も戦闘にひいでるアルファ部隊の一員として、何ひとつ文句のない実力者だった。


 まぁ、たしかにグランタの言う通り。実戦経験の少ない者が隊内にいることは、任務を遂行する上でのリスクではあるのだが。



「んなこたぁ、俺も分かってらぁ。だからって、俺たちアルファ部隊は上官の命令には絶対服従だろうがよ。それとも、今から敵前逃亡でもしてみるか?」

「絶対に嫌ですよ。『ソウルドライヴ』のカクテルを飲まされた俺たちが、そんなことできるわけがないでしょう!?」




 ――数十年前。

 山岳地帯にあるアルヴァロン王国は、鉱山の中から『ソウルドライヴ』という特殊なエネルギー保有物質を発見した。


 火力や電力、圧力などなど――それはありとあらゆるエネルギーとして転用できる、夢のような物質だった。



 当然、アルヴァロン王国はそのソウルドライヴを使って、様々な研究を行った。採掘しては、専門知識を持つ学者に手当たり次第に調べさせた。


 その結果がどうなったか。僅か数年で、ソウルドライヴを利用した医療技術から工業製品、武器まで開発し尽くしてしまった。


 一気に王国は、大陸内で最大規模の発展国とのし上がった。



 未だに蒸気機関レベルの技術しか持たない周辺諸国は、成り上がった王国を羨んだ。我が国にも、あのソウルドライヴさえあれば。


 しかしその物質は、ほとんど王国でしか産出されない。たとえ僅かに採れたとしても、そのままでは利用できず、別の物へと変換する必要があった。研究を重ねたくとも、圧倒的に量が足りない。



 そのため、各国はアルヴァロン王国に様々なちょっかいを出した。

 政治的な圧力を掛けたり、自国のスパイを送りこんだりと。


 よって王国は自国の技術を守るため、元々あった軍部とは別に、様々な特殊任務を遂行できる組織を設立した。




 先ほどグランタが言っていた、通称『ソウルカクテル』。それは彼ら特殊任務の実行部隊、アルファ部隊の面々が任務前に飲まされているものだ。そして組織の研究部隊がソウルドライヴから抽出し、製薬したでもある。



 これは一定期間内に解毒薬を飲まなければ死ぬ。

 つまり敵に捕まり、拷問を受けていたら死ぬ。

 最悪、毒性のある物質をまき散らし、周囲にいる生物の息の根を止めるだろう。


 つまりどんな無茶な任務であれ、ラッツたちアルファ部隊は文字通りの意味で命を懸けて遂行せねばならない。



「ったく。頭のおかしな研究者が余計な発明をしなきゃ、こんな七面倒なことにゃならんかったのによぉ」


 そんな愚痴をラッツは言いながらも、携帯していたアサルトライフルの残弾をチェックする。


 火薬ではない、ソウルドライヴ製の特殊弾。いくら彼らが任務成功率の高い部隊と言えど、油断はできない。



「おい。グランタ。敵は国の反逆者――反体制派の殲滅って言っていたよな?」

 

 自身の得意武器であるソウルナイフを両手に握りしめたグランタは、隊長の問いに頷いた。



「えぇ。ベータ部隊の事前情報では、反体制派はソウルドライヴの技術に関する機密データを探しているんだとか」

「そうか……」

「ただ……そのデータを持っている研究者が、奴らにさらわれたとかで」

「おい、その情報は聞いてねぇぞ……って、まさか」

「えぇ、データを反体制派に渡すなとガレス長官から。たった今、追加で連絡が」


 グランタからの返答を聞いたラッツは、しばし考え込むように沈黙した後、小さく頷く。そして再び口を開いた。



「……よし。なら、作戦変更だ。全員、範囲攻撃の武器を禁じ、その研究者の捜索を最優先とする。そして敵を引き付けるためのおとりは――俺がやる」



 そこからアルファ部隊の行動は早かった。


 グランタは罠や監視機器を探査し、破壊。


 新人のマヨニカはロープを射出する装置で高所へ飛び、そこから遠距離用のスナイパーライフルで敵を一人ずつ行動不能にした。


 他の隊員たちも己たちの役目を果たし、敵の反体制派たちを殲滅していく。



「隊長! 地下に続く階段を発見!」

「よし、よくやったマヨニカ。あとは俺に任せろ」


 ラッツは腰元のポーチからソウル煙草を取り出し、口に咥えた。


 先ほどの物とは違い、これはただの嗜好品ではない。フィルター部分を一度歯で嚙み締め、内部に仕込まれた薬剤を吸い込むだけで、身体能力を飛躍的に向上させることができる。



「味はマズいが……体に力がみなぎってくるぜ……」


 常人の数倍の身体能力を得たラッツはその名の指す通り、ネズミのように壁や天井を駆け回り、目的の場所へと到着する。


 マヨニカの言う通り、隠された階段があった。その先へと慎重に足を運ぶ。


 だが――。



「クソッ。下衆げすな真似をしやがって」


 目的の人物はたしかに確認できた。


 しかしその研究者と思われる初老の男性は、無事とは言える状態ではなかった。床から移動できない金属製の椅子に固定され、何かをうわ言のように呟いている。



「拷問……いや、情報を吐かせるための薬か。精神が崩壊するレベルの薬を投与されていやがる」


 近寄って顔を覗いてみても、彼の眼はうつろで、口元からはよだれを垂れ流していた。


 とても正気な状態だとは言えない。



「た、たのむ……」

「まだ喋れたのか。だが、すまない……」


 研究者はラッツに何かを伝えようとするも、どうすることもできない。


 人を殺めるのは得意だが、人を癒すすべは持たない。このまま見殺しにするか、あるいは――。



「願いを聞いてくれ……君は、ラッツ君だろう……?」

「お前、どうして俺の名前を?」

「私の右腕に……研究データの入ったチップが埋め込まれている……たのむ、それを安全なところへ……」

「お、おい!? 安全な所へってどこだよ!?」


 ラッツは必死に彼の体を揺り動かすも、もはやそれ以上の反応は返ってこなかった。



「俺にどうすりゃいいってんだよ……」


 反体制派たちを殺し、研究者を救うだけのミッションだったはずが、まさかこんなことになってしまうとは。


 仕方なくラッツはナイフを手に取った。そして物言わなくなった彼の右腕から、爪大の小さな黒いチップを入手した。



「ラッツ隊長。ターゲットは駄目でしたか……」

「グランタか……あぁ、もう手遅れだった」

「そ、そんなぁ……」


 初めての任務で、失敗の烙印を押す羽目になったマヨニカは、しょんぼりと肩を落とす。


 しかし彼らはプロだ。わざわざ慰めるようなことはしない。それよりすぐにでも帰還しなければ、毒で仲良く揃ってあの世行きとなってしまう。



「グランタ。爆発物でこの施設を破壊し、脱出。連絡役であるシグマ部隊との合流ポイントへ向かうぞ」

「了解、ラッツ隊長。……おい、お前らもさっさと行動だ」


 隊長、副隊長両名の言葉を聞いて、他の三名の隊員たちはすぐさま行動を開始する。


 ちなみに現場には十数人の反体制派たちの死体が転がっているが、アルファ部隊の被害はゼロだ。


 それほどまでに彼らの戦闘技能が高いということもあるが、一番の理由はやはりソウルドライヴ製品の効果であると言えるだろう。





「やぁ、ラッツ。随分と疲れた顔をしているじゃないか」


 合流ポイントへ到着したアルファ部隊を迎えたのは、無精ひげを生やしたスーツ姿の男だった。



「うるせぇ、ブライアン。どっかの誰かさんが、任務を追加したせいだよ」

「あぁ、もしかして例の研究者のことかい? いや~災難だったね」


 嫌味なほど爽やかな笑顔を浮かべるブライアン。ラッツとここまで気安く会話をできるのは、彼らが旧知の中だからである。


 うんざりとしながら、ラッツは通常の紙煙草をふかし始めた。そんな友人に、ブライアンは更に言葉を重ねた。



「そういえばガレス長官が『使うソウルドライヴの量が増えた』と苦言をていしていたよ。また何か余計なことでもしたのかい?」

「……ちっ。一々口うるさいジジイだぜ、まったく」


 舌打ちをするだけで理由を答えないラッツの代わりに、新人のマヨニカが口を開く。



「それは長官がラッツ隊長を目の敵にしているだけです! 孤児出身だからって、ドブネズミだなんて酷いことを!」

「いいじゃねぇか。ドブにいるのは間違いねぇんだしな」


 だがマヨニカは納得できないのか「でも……!」と返す。



「……別にいいだろ、そんなこと。それよりブライアン。あの研究者は教会ごと爆破されちまったぜ」


 正確には副隊長に爆破させたのだが。



「うん。組織としても、面倒な反体制派たちを駆除できれば上出来さ。ほら、君たちのお望みのものだよ」


 そう言うと、ブライアンはスーツの懐から五つのカプセルを取り出した。任務前に飲まされていた『ソウルカクテル』の解毒薬である。


 それを受け取ったラッツたちは、早速とばかりにそのカプセルを飲み干した。



「――相変わらず不味いな」

「まぁ、そう言うなって。任務後は本物のカクテルでも呑みに行けばいいさ」

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