16日目「0除算がしたい!」
われわれは0で割るということを通常の数(実数)の上ですることが基本的にできない。今回は、その根本的な要因と、0除算ができる、性質のよい代数構造について、紹介しようと思う。
・なぜ、0で割れないのか
今回の話では、aで割るということを、乗法の逆元で割ることとして定義する。また、この定義から、乗法が可換であることを前提としていることに留意されたい。このとき、aで割れるというのは、aの乗法としての逆元a^-1が存在することと同値である。裏を返すと、aで割れないというのは、aの乗法としての逆元a^-1が存在しないことを意味している。つまり、0で割れないのは、何らかの要因が存在し、0の乗法としての逆元0^-1が存在しないからである。そこで、皆さんに思い出してもらいたいのは、a*0=0*a=0という事実である。これが成り立つから、乗法単位元と加法単位元が一致しないという前提の元では、0の逆元は存在しない。この事実は実数だけでなく、任意の環でなりたつ。
環というのは、台集合Rに2つの演算+と*が定義されており、演算同士の関係として、
Rは加法に対してアーベル群。(cf.14日目)
Rは乗法に関してモノイド(結合法則と単位元の存在が保証されている代数構造)
(a+b)*c=a*c+b*c(分配法則)
a*(b+c)=a*b+a*c(分配法則)
が成り立つ代数構造をいう。また、乗法の可換性を仮定するなら、これを可換環と言う。
環の紹介は終わったので、早速0a=a0=0を証明してみよう。以下、Rを可換環とする。
定理
a∈Rのとき、0a=a0=0
証明
0a=0を示す。0a=(0+0)a=0a+0aより、0a=0a+0a。加法は、アーベル群であるので、0a-0a=0a、0=0a。a0=0も可換性を仮定しなくとも同様に導ける。
証明のエッセンスだけを抽出してみよう。まず0=0+0を用いて、変形した。これは0の定義から当たり前である。次に(0+0)a=0a+0aの部分であるが、ここは分配法則を用いている。最後の変形は0aに加法の逆元が存在することを用いている。
乗法の閉性より0a∈Rであるので、これはなりたつ。
さあ、ここから0除算をするためにはどうすればよいだろうか。0の定義を変更するのは、正直なにも得られなさそうである。加法の逆元もなるべく存在していてほしいし、乗法の閉性をなくすのは、代数構造ではなくなってしまう。つまり、変更すべきは分配法則である。でも、分配法則は完全になくすのは惜しい性質であるので、次のように拡張してみるのはどうだろう。
x*z+y*z=(x+y)*z+0z
こうすると、0z=0となるzに対してしっかりと分配法則が成り立つ。
このルールにいくつかのルールを追加する必要があるが、このような法則を基本に次のような代数構造が作られる。
(W,+,*,/)、+と*は結合的かつ、可換であるとして、単位的であるとする。演算の単位元をそれぞれ0、1とする。そして、単項演算子/が存在するとする。このとき、演算が以下のようなルールを満たしていれば、(W,+,*,/)は輪であるという。
//x=x
/(x*y)=/x*/y
x*z+y*z=(x+y)*z+0*z
0*0=0
(x+yz)/y=x/y+z+0*y
(x+0y)*z=xz+0y(系として、x=0を代入すると、0yz=0z+0y)
/(x+0y)=/x+0y
0/0+x=0/0
また1+t=0となるtが存在すれば、そのtをもちいて、-x=txと定義する。またx-y=x+(-y)と定義する。
ここで、この輪という代数構造になりたついくつかの定理を証明しよう。
0x+0y=0xy
証明
6つ目の条件の系を使うとこれは、0xyとまとめることができる。
x-x=0x^2
証明
x+(-x)=0x+0x=0x^2
x/x=1+0x/x
証明
x/x=(0+x)/x=0/x+1+0x=1+0/x+0+0x=1+(0+0x)/x=a+0x/x
輪の特殊な部分集合Vを考えてみよう。V={x∈W|0x=0}とする。Wの定義より、0、1∈Vである。
ここでなんとVは可換環をなす。実際に確かめるのは面倒なので省略するが、成り立っていることが確認できる。そして、可換環はどんなものでも適切な輪のこのような部分集合として得ることができる。つまり、輪は可換環の一種の拡張であると思える。
実際例として、Q∪{∞、⊥}に代数構造を定める。有理数の元同士の加法乗法は普通に定められているとして、∞と⊥の演算について考える。
a+∞=∞、a+⊥=⊥∞+⊥=⊥、∞+∞=∞、⊥+⊥=⊥が加法に対しては成り立ち、
0*∞=⊥、a*∞=∞(a≠0)a*⊥=⊥、0⊥=⊥、∞*∞=∞、⊥∞=⊥、⊥⊥=⊥が乗法に対して成り立つと定義する。また、/に対しては、/0=∞、/∞=0、/⊥=⊥、このほかの元に対しては逆元をとる操作と定義する。これらの定義によって、Q∪{∞、⊥}は輪を成す。
これらの定義に乗っ取ると、0除算らしきことを行うことができる。a/bをaをbで割ることと見なしてみると、a、bが有理数の元の時これは、元々の意味での割るという操作に一致する。ここで、0/0を考えてみると、0/0=0*∞=⊥より、0/0=⊥であることがわかる。a/0(a∈Q)はa/0=a*∞=∞となる。
このようにして、逆元の定義を拡張することにより、0除算をできるようにしてみた。先ほどの例は実数にも拡張することができる。だが、これらの代数構造はいささか複雑である。もっと簡単に0除算ができる代数構造はないものだろうか。
(零環は除く)
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