第29話 東区ダンジョンの異常

 図書館から出た俺達は兵舎へいしゃにある食堂で食事をとっていた。

 しかしその雰囲気は重い。


「正直どうにかなると思っていました」

「同感だ」

「……想像していた以上にまずい存在のようだ」


 彼女達はそう言いながらスープにパンを浸す。

 俺も同じ気持ちだ。

 一応の対応策として神様的存在に修業しゅぎょうのような拷問ごうもんのような訓練を受けた。

 それもあってかどこかで「何とかなる」と思っていたのかもしれない。

 しかし被害の大きさを聞かされその考えは吹き飛んだ。


「しかし邪神のダンジョンですか」


 エリアエルがポツリと呟いた。

 その言葉を受けて俺は隊長の方を向く。


「邪教の教会ではなくダンジョンなのですね」

「……どういう理屈りくつかはわからないが、もしかしたら邪神教団にとっての教会がダンジョンなのかもしれないな」

「隠れやすそうですしね」

「そう言われれば、そうだな。どれ今度上の耳にも入れておいてやろうか」

「その本心は? 」

「予算をもっと引き出してやる」


 素直な隊長だ。

 そしてこの余裕。流石としか言いようがない。

 あんな話を聞かされた後でもこの口の軽さなのだから、こと雰囲気が重い今となると隊長の陽気さはありがたい。


「む。どうしたアダマ君。私にれ直したか? 」

「惚れていること前提ぜんていなのですね」

「無論だ。惚れられる要素しかないしな! 」

「……自意識過剰な気も――「何か言ったかね? 」――特にありません! 」

「よろしい。して、アダマ君」

「はい、なんでしょう? 」

「明日なのだが空いているかね? 」


 殺気をひっこめた隊長が聞いて来る。


「特に何もありませんが」

「ならば良し。少し私と付き合い給え」

「大丈夫ですが……。一体何を? 」

「なぁに。ちょっとしたダンジョン攻略デートだ」


 俺の休日出勤が決まった。


 ★


 翌日、必死になって「ついて行く」と言うエリアエルとシグナを振り切り、俺は懐かしの東区へ来ていた拉致された

 ここは俺が長年活動していた場所でダンジョンがある町の一つである。


 隊長に豪華な馬車からりだされて外に出る。

 懐かしいなと感慨深くなっていると後ろからクラウディア隊長の声が聞こえて来た。


「さぁ行くぞ。許可書はすでに取っている」

「……せめて準備をさせてください。隊長」

「私がぬかっているとでも? 」


 そう言いながら腰にしているアイテムバックを見せてくるクラウディア隊長。

 流石と言うべきか用意周到しゅうとうだ。


「軽い食事に着替えの服。君の軍服から下着まですべてそろえている」


 周到すぎる用意もどうかと思う。

 少し溜息をつきながら俺達はダンジョンへ入っていった。


「しかし何でまた俺と隊長という組み合わせなのですか? 」

「何だ。私とのペアが嫌なのか? 」


 クラウディア隊長が不機嫌そうに伸びる魔法鞭マジック・ウィップでオークを巻きつけた。

 拘束したかと思うと鞭から無数の刃が出てオークが血塗れとなって倒れた。

 隊長の不機嫌そうな声とオークの無残な姿を見て震えあがりながらも隊長の言葉を否定する。


「違いますよ。珍しいな、と思って」

「あぁ……なるほどな。確かに君と二人っきりで組むのは初めてだな。これが初めての共同作業というものか」

「こんな血生臭い初めての共同作業は嫌ですが」

「ならば血生臭くない共同作業ならありなのかね? 」

「全力で拒否させていただきます! 」

「……君も言うようになったじゃないか」


 溜息をつきながらも隊長は魔法鞭マジック・ウィップを軽く振るい襲ってくる迷宮蝙蝠ラビリンス・バットを一ぎした。

 その一撃で全ての迷宮蝙蝠ラビリンス・バット一掃いっそうされる。

 ……なんか普通の倒し方じゃない。


 迷宮蝙蝠ラビリンス・バットは普通音響攻撃か広めの範囲攻撃で打ち落とすのが一般的だ。

 少なくとも細い鞭を一薙ぎしただけでは倒せない。

 他のメンバーも異常に強いと思っているが、やはり隊長も別格だった。


「それにしてもこの前使ったスキルは使わないのですか? 」


 ねんのため隊長を防御範囲に入れながら聞く。

 隊長は迫りくオーガの剣を鞭で奪い去りながら腰にする細剣レイピアで仕留めて俺に答えた。


女王親衛隊ドール・ナイツのことか。確かに強力なスキルだが私にとってはままごとにしかすぎん。やはり戦闘とは——」


 そう言う隊長にオーガ・ソルジャーが向かってくる。

 が。


「血肉踊る力と力のぶつかり合いでなくてはな」


 本来ならば上級冒険者がパーティーを組んで倒す相手を目にも止まらない速さで斬りつけて、体中から血飛沫を上げるオーガを見て俺は「やっぱりこの部隊最強はこの人だろう」と再認識した。


 階層も進み二十階層も後半。俺とクラウディア隊長はどんどんと進んでいた。

 そんな時ミノタウロスに遭遇そうぐうしたのだが——


「む? 」


 クラウディア隊長の攻撃を受けて平然へいぜんとしていた。


 ん? きちんと当たっていたと思うが耐えきった?

 姿形は今まで倒してきたミノタウロスと同じだが……。


「倒しがいがあるじゃないか」


 そう言い好戦的な顔を浮かべながらミノタウロスに向かって行く隊長。

 俺も近付きいざという時に備えて絶対守護領域イージスの範囲に隊長を入れて戦闘をよく見る。

 隊長とミノタウロスの攻防は一方的だ。

 持ち前の速度で翻弄ほんろうし、細剣レイピアを主体とした隊長の攻撃はミノタウロスを圧倒している。

 しかし、傷一つ付かない。


 異常だ。


「……おかしいな」


 俺の傍に近寄り隊長が言う。


「俺もそう思います。まるで攻撃が無効化されているような感じですね」

「スキル持ちか? 」


 隊長が首を傾げながら言った。


 スキル持ち。

 その名の通りスキルを持っている魔物の事を言う。


「攻撃耐性系のスキルでしょうか? 」

「可能性はあるが……今までに出くわしたことがないタイプの耐性スキルだ」

「攻撃無効化のようなスキルでしょうか? 」

「考えれるが、実際問題無効化スキルと言うのは聞いたことがない」

「? 」

「今無効化スキルと呼ばれているものは、無効化しているのではなく耐えているだけなのだよ。無効化しているように見えてるだけでその本質は無効化ではない。だが、なるほど。これは確かに無効化されているな」


 そう言い隊長は俺の方を向く。

 少し残念そうな顔をして言った。


「非常に心残りだがアダマ君。君なら奴を倒せるんじゃないか? 」


 そう言われて戦斧せんぷを一回振り威嚇してくるミノタウロスを見る。


「やってみないとわかりません」

「死神を倒した君だ。自身を持って「出来る」と言って欲しい所だが謙虚けんきょな所は嫌いじゃないぞ? 」

「早速行ってきます! 」


 言い知れぬ危険を感じてミノタウロスに走って行く。

 そして拳を突き出し、一撃で終わった。


「余裕じゃないか」


 隊長の声が近づいて来る。


「初めて見るタイプの魔物を、おいそれと簡単に倒せるとは言えませんよ」

「確かにそうだが……はぁ。まぁいいか。君はそういう人だ」


 ミノタウロスに近付く隊長が溜息をつきながら言う。

 何か失礼な事を言われた気がする。


「このミノタウロスのスキルに関しては後で上に報告だな。他のダンジョンでも同様の事案が出る可能性がある」


 そう言いながら討伐証明部位と魔石を採る隊長。


 結局の所その後何も起こらず三十階層に到達しボスを倒してこのダンジョンは攻略できた。

 ダンジョンに入って三時間ほどの事である。

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