第30話
「籍を入れたい」と強請ったハロルドだが、それにソフィアが応じるとは全く思っていなかった。ハロルドとしては、ソフィアの困った顔や怒った顔を見たかっただけだったのだが、なんとソフィアは小さく頷き、結果的にハロルドの方が困った顔を見せることになった。
だがソフィアは「あなたと同じ気持ちだから。」と言い、首を振ることは無かった。ハロルドは内心ソフィアは頑なになっているだけなのでは、と思わないでもなかったが、この千載一遇のチャンスを逃す筈はない。ソフィアが気の変わらない内にと、翌日すぐハロルドの実家へ挨拶を済ませ、手続きに向かった。
ハロルドの両親は「可愛い娘が出来て嬉しい。」と笑顔でソフィアを迎え入れてくれた。仕事を優先したいソフィアの想いをハロルドもハロルドの両親も汲んでくれ、結婚式はせず身内だけの小さなパーティーを開くこととなった。
ソフィアは、今回ばかりは自身の両親への挨拶も行くしかないか、と考えていた。だが、ハロルドは「俺だけで行ってくるよ。」とさらりと言った。
「で、でも……。」
「ソフィアが会いたいと思っているなら、喜んで一緒に行くよ。だけど、未だ気が乗らないんだろう?」
「……っ。」
ハロルドの言う通りだった。両親のことは大切に想っている。それは嘘ではない。だがソフィアは両親が幼い頃に自分へしたことや、大人になってからの悪意のないソフィアを傷つける言葉の数々をどうしても許せる気持ちになれなかった。今両親と会いたいとは到底思えなかったのだ。
「でも、結婚の挨拶なんて大事なこと……。」
「大事なことでも、大事じゃないことでも、ソフィアの心を守ることを優先したい。」
「ハロルド……。」
「両親を大切に想う気持ちも、許せない気持ちも、どちらもあって良いんだよ。」
それは、幼い頃からソフィアが欲していた言葉だ。もし幼いソフィアにそう伝えてくれる人がいてくれたなら、ソフィアはもっと愛想の良い、人から好かれる人間になっていたかもしれない。両親とももっと上手くやれていたかもしれない。だけど。
「……ハロルドは、今の私が良いんだものね。」
小さく呟いた言葉は、ハロルドには聞こえなかったようで首を傾げている。飛び込めばいつでも抱き締めてくれる大好きな人の腕の中で、ソフィアは存分に甘えることにした。
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