第10話


 それからも、周りの侍女やメイドたちから睨まれる日々は続いた。だが、ソフィアは、ミルフィーユの美味しいカフェをいくつも見つけてくるハロルドの誘いを、断ることが出来なくなっていた。




(ハロルドの見つけてくるミルフィーユ、美味しいんだもの。)



 ソフィアは自分で自分に、言い訳をしていた。最近のハロルドとは、何だか関わりやすく、一緒に過ごすことがもう苦痛ではなくなっていた。





(そういえば、最近、結婚して、とは言わなくなったわね。)




 好き、とか、可愛い、とか、そんな言葉は変わりなく、ハロルドの口から零れてくるが、結婚の言葉だけは聞かなくなっていた。ソフィアの結婚アレルギーを、理解してくれたのかもしれない、そう思うと、心が軽くなった。






◇◇◇◇






「ただいま戻りました。」




 休日を貰い、ソフィアは一年ぶりに実家に戻った。ソフィアの家は、ハワード公爵と同じ王都内であり、すぐに帰れる距離だ。それに公爵家の仕事は、忙しく厳しいものではあるがきちんと休暇が取れる仕組みになっている。それなのに、何故一年も帰っていないのか、勿論理由があった。



「ソフィア!お帰りなさい。会いたかったわ!」




「ソフィア。仕事は変わりないか。」




「はい。変わりなく、努力しております。」




「そうか。それなら良かった。」



 挨拶もそこそこに、ソフィアとは違い美形の両親が取り出したのは、王都中の令息たちの絵姿の数々だった。




「……結婚はしないと言っている筈ですが。」




「だって、ソフィアはこんなに可愛いのに!」




「ソフィアに一度会えば、相手も可愛さがよく分かる筈だ。」




 ソフィアの両親は、悪気は一切ない。だからこそ、タチが悪いとソフィアは思っている。ソフィアのことを愛しているのは伝わるが、客観的に見る力は一切ない。




「仕事をしていたいのです。」



「今は、仕事をする女性も多いし、許してくれる方と結婚したらいい。」



 両親はいつも以上にしつこかった。ソフィアが二十三歳になり、両親もいよいよ焦り始めたのかもしれない。





「……幼い頃のように、揶揄されるのはもう嫌です。」




「あの頃の人たちとは違う人たちだわ。」




 ソフィアの心は、ぽきりと折れた。





「……お父様もお母様もいい加減にしてください。」




「……ソフィア?」




「あの時、私がどれほど傷付いたかなんて、見た目を馬鹿にされたことがない二人には絶対に分かりません。自分の顔を見て、落胆されることがどれだけ惨めなのか、悔しいのか、恥ずかしいのか、貴方達には絶対分かりません。あの頃、婚約話を止めるどころか増やし続けた二人を私は絶対に許せなかったし、これからも許せません。」




 傷付いていない、と言い聞かせていた。容姿なんて、結婚なんて、どうでも良いと。そんなことに囚われたくないと、自分の心を守るために必死だった。だけど心に刺さった棘は、今も抜けていない。




 呆然としている両親へ「帰ります。」と告げ、ソフィアは実家を後にした。








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