第15話 伝言

次の日、

目が覚めると、なぜか、

リアムの部屋に、エルザがいた。

「夢かな?」

僕が、目を擦りながら言うと、

「寝ぼけているの?」

エルザが近づいて来て、

僕の腕を、両手でつかんだ。

その時、

「おはよう! スカイ」

「お、おはよう」

レオが、リアムの部屋の扉を開けて、

入ってきた。

そして、

エルザの片方の腕を引っ張った。

「どうして、ここにいるの? 腕は、つかむな」

レオがエルザに言うと、

「どうしてって、テレパに出ないし、レオが帰って来ないから、心配で来たの。どうして、つかんだら駄目なの?」

エルザ言った。

「あぁ……リアムの家に泊まるって、テレパするのを忘れていたよ、心配かけてごめんね。でも、腕はつかんじゃ駄目だよ」

レオが、険しい表情をした。

「兄想いの妹だね、エルザは。エマも来ているかな?」

エドが、部屋の中を見渡していると、

「エマは、勤務中だし、心配していなかったよ」

エルザが言った。

「あはは、だと思ったよ」

エドが、大笑いをしていた。

「テレパをしていないのに、どうしてレオの居場所が分かったの?」

僕が聞くと、

「エマが、エドに海王星の話をしたから、行ったと思うって。それで、エマが推理したの。寄り道をするなら、海王星かリアムの家かなって」

エルザが言った。

「さすが、我が妹だ。兄の行動を完璧に把握している、恐るべし!」

エドがまた笑った。

「おはよう! みんな、朝ご飯ができているから、食べてから行きなさい。エルザの分もあるわよ」

リリアさんが、リアムの部屋の中に顔だけ

のぞかせて、言った。

僕達は、リリアさんが用意してくれていた、

太陽の熱で、こんがり焼いた、

バターが塗られていたパンと白湯を飲んで、

洗顔タオルで顔を拭いて、身支度を整えた。

「行ってきます!」

元気よく言うと、

「行ってらっしゃい!」

リリアさんも元気よく、見送ってくれた。



月へ行く三日月ベンチは、

3台しかないので、順番に移動した。

オーヴウォークへ入って、自動で体を運んでもらって、中枢機関塔に到着。

中枢機関塔の出入り口を通って、

エンヴィルの中に入って、

僕達、5人は手をつないで、「7階」と

言った。

エルザは、「5階」と言った。

僕達の体は、ゆっくりと上昇を始め、

エルザの体だけ、5階で止まった。

僕達は、上昇しながら、

「またね!」

エンヴィルの中で、エルザと別れた。

僕達の体が、

フワッ、と止まった。

7階に着いたので、エンヴィルから出て、

地球環境モニター室へ向かっていると、

僕達より少し先を歩いていたレイスが、

ふりかえって、こちらにやって来た。

「おはよう」

僕達は、挨拶を交わして、一緒に歩いた。


地球環境モニター室へ入って、

ルーカス室長に、今回の勤務でする、作業の内容を聞いて、それぞれのデスクへ行き、

作業を開始した。

僕とリアムは以前、

天候悪化が原因で確認ができなかった、

北半球のNOU区域の緑化具合と、

昨日までの勤務の人が、時間がなくて調査ができなかった、この区域にある、池や湖、

川の水質の調査と水の透明度の確認をする

ことになった。

まず、北半球のNOU区域の緑化具合を確認していると、不自然な場所を見つけた。

「リアム、ここ一帯を見てくれる?」

僕は隣に座っていたリアムの肩をたたいた。

「どうしたの?」

リアムが、僕の目の前にあったベゾルクに

映った地球の陸地を見た。

「なんだろう? ところどころ、植物が枯れているね。どうしてかな?」

リアムが首をかしげた。

「おかしいよね? ルーカス室長に聞いてみるよ」

ルーカス室長がいる場所まで移動するのが

面倒だったので、テレパをすることにした。

僕の頭上に、テレパのマークが出現した。


ルーカス室長とのテレパを終えた僕に、

「どうだった?」

リアムが言った。

「もしかしたら、土壌の改良がきちんとできていないかもしれないから、土壌管理室にテレパをして欲しいと言われたから、今からするね」

僕が言うと、リアムがうなずいた。


僕はテレパを始めた。

「こちらは、土壌管理室のリュサックです」

「僕は、地球環境モニター室のスカイです。地球の陸地に不自然に植物が枯れている場所が点在している地域があるので、土壌の確認をお願いします」

僕が言うと、

「また、ありましたか」

リュサックが苦笑いをした。

「以前にも同じ現象があったのですか?」

「ありました。北半球の陸地はすべて、だいぶ前に放射性物質を含む土壌や大気を、ラーヴィドチャムに入れて、土壌汚染はなくなったと思っていたのですが、不十分だった場所があったみたいで、『植物が枯れている』と苦情が数件、寄せられました。すいません……すぐに、土壌の改良をするので、位置を教えてください」

リュサックが申し訳なさそうに言ったので、

「気にしないでください、そういう時もありますよ。放射性物質だけではなくて川や海洋、ゴミや汚水など色々な事情で、汚染されていた場所がたくさんあったので、大変ですよね。位置は、北半球のNOU区域の南西の角あたりです」

僕が言うと、

「慰めてくださって、ありがとうございます。すいませんでした。土壌の改良が終わったら、植物管理室に連絡して、植物の種を改めて蒔いてもらいます。そのあと、枯れることなく植物が育っているか、教えてもらってもいいですか?」

リュサックが言った。

「もちろんです。では、土壌改良をお願いします」

「お任せください」


テレパを終えた僕は、

同じことを2回言うのが面倒だったので、

ルーカス室長にテレパをするついでに、

リアムとも同時にテレパをして、

報告を一度で済ませた。


「ラーヴィドチャム」とは、

吸い込んだ汚染された物質をなんでも、

キレイに浄化してくれる、アムズが考案したメカニズムで、

これを取り入れたヴィグラからだけ吹き出すことができる、環境の改善には欠かせない、エアボウルの一種。

例えば、

ラーヴィドチャムのメカニズムを持つ

エアボウルを吹き出すことができる

ヴィグラを、放射性物質を含む土壌や大気、川や海などのキレイに浄化したいものがある近くで、エアボウルを吹き出すと、

自動で周辺の汚染された土壌や大気、

川や海の水を吸い込んでくれる。

エアボウルの中がいっぱいになると、

透明で、吸い込んだものが見えていたのに、

真っ黒に変化して、中身が見えなくなる。

これを、月の裏側にあるラーヴィドチャム

置き場に持って行く。

ここは、エアボウルが置けるように、

地面に円形の盛り土をしている。

見た目が、クレーターがたくさん均等に

並んでいるように見えるので、

「ラーヴィドチャムクレーター群」と呼ばれている。

真っ黒だったエアボウルは、

徐々に色が変化していき、

1年くらいすると、透明になって、

中身が見えるようになる。

これが、浄化が完了した合図になっている

ので、このエアボウルをAIキュープで、

地球へ運び、配置したい場所や採取した

場所で、エアボウルを押し擦ると、

土壌は地面に大気は空中に、川や海へ自動で

移動または元々いた場所に戻って行くので、

これで、土壌や大気、水質の改善などが、

完了する。



作業を始めて、3日目。

僕にエルザから、テレパが入ったので、

レオに用事があるのに、

話せなかったのかな? と思って、

「どうしたの? レオなら、いるよ」

僕が言うと、

「レオに用事ではなくて、スカイにあるの」

意外なことを言った。

「ぼ、僕に? ど、どうしたの?」

僕は少し、あたふたした。

「だいぶ前から、地球にいたAIキュープが録画した映像の整理をしていて、必要な部分を取り出して、不要な部分は削除しているのだけど、ある言葉を検索したら、1件だけヒットして。それを確認したら……」

エルザが、言葉をつまらせた。

「それで、どうしたの?」

僕が聞くと、

「確認をして欲しいと思って……私は、スカイのお兄さんの顔を知らないから」

エルザが言った。

「え? 兄さん? 僕の?」

「そう、スカイのお兄さん」

「兄さんが、見つかったの!?」

「テレパでは説明が難しいから、適当に口実を作って、こっそり、映像管理室に来て欲しい」

エルザ言ったので、何で、こっそり?

と思ったけど、気になるので、

「すぐに、行くよ」と言って、

テレパを終了した。

ルーカス室長に、

「この前、提案したことで呼ばれて……」

と言って、外出許可をもらって、

僕は、地球環境モニター室を抜け出した。



エルザの所属する映像管理室は、

2つ下のフロアにあった。

エンヴィルで、5階に降りて、

エンヴィルを出て、左へ行くと、

エルザが、映像管理室の扉の前にいた。

「忙しい中、ごめんね。上手く抜け出せた?」

「うん、大丈夫だよ。それより、どうしたの?」

僕の気持ちは、少し焦っていた。


僕は、映像管理室の中へ入って、

すぐにあった「視聴ブース5」に、

案内された。

「ここに座って、ベゾルクを見て」

エルザに言われたので、

僕は、ソファーに座って、

天板が斜めになった机に埋め込まれていた

ベゾルクを注視した。

エルザが僕の横に座って、機器の操作を

始めた。

ザザザ……、

映像が乱れつつ、始まった。

「ヒューマンレベル4と5の人、18歳未満の人が全員、地下のシェルターに入ったあと、資料として残すために、何台かのAIキュープを録画モードで飛ばしていたの。見てもらいたいのは、それに偶然、録画されていた映像よ。この先……残酷な事実も含まれているかもしれない」

流していた映像をエルザが、一時停止した。


残酷かもしれない事実……

きっと、兄さんの生存についてだよね。

覚えている時に限ってだけど、長い年月が

たっているから、目を背けてはいるけど、

生存しているとは、はっきり言って……

それは、ずっと前から分かっていたことだ。


「なんとなく、覚悟はしていたから、大丈夫。続きを見せてくれる?」

僕がお願いをすると、

「うん、分かった」

エルザが、ベゾルクに表示されていた

「再生」を押した。


飛んでいるAIキュープに、暴言を吐いたり物を投げて、捕まえて破壊している人、

ケガをしている人や倒れている人、

泣いている人、

家族や誰かを、必死に探している人、

地面が割れてできた溝に、落ちそうになっている人を引きあげようと奮闘している人、

いくつもの災害が起こってい中、

悪天候の中、それぞれ色々なことをしている人々の姿が、映っていた。

僕が、避難所、地下シェルターの中に入ったあとの世界は、

こんなことに、なっていたのか……

その悲惨さに、背筋が凍った。

ボコッ、

音がして一瞬、

ザザザ……映像が乱れた。

そして、

またきちんと映った時には、

目線がすごく低くなっていて、

地面スレスレを飛んでいる時もあった。

「誰かが危害を加えたみたい。飛行が不安定になって、柵を入れると、地上7mほどあったから、避難所に入れなくて、周辺をフラフラ飛んでいたみたい。その時に、あ……」

エルザが、話すのを止めた。

AIキュープが、フラフラしながら、

ゆっくりと止まったような映像になって、

人の声が聞こえてきた。

「た、頼む……お、弟に……伝言したい……」

声の主の顔が、映った。

僕は、絶句した。

兄さん!?

ベゾルクに両手のひらをつけて、

顔を近づけた。

「僕の兄さんだよ!」

「やっぱりこの人は、スカイのお兄さんだったのね」

一時停止のボタンを、

エルザがまた押したので、

「何で、止めるの!?」

少し、大きめの声で言ってしまって、

エルザを、驚かせてしまった。

「ごめん……」

僕は、すぐに謝った。

「大丈夫。大声なら、レオで慣れている」

エルザが、ニコッとした。

そして、

「この先の映像には、知らない方がいい事実があるかもしれない。実はレオに、お兄さんの名前で検索して欲しいと言われて、この映像を見つけた時に、スカイに知らせるべきか相談したら、知らせるべきだって言われて、見てもらおうと思ったけど……今さらだけど、本当にいいのかなって……」

エルザが、僕の様子を伺いながら言った。

「そうか……エルザが、なんで兄さんのことを知っているのかなって思ったけど、レオが気にかけてくれていたのか」

レオの気遣いに、

初めて気づいた僕の胸は、熱くなった。

エルザも僕を気遣って、何度も映像を止めて

心構えをさせてくれているのかな?

大丈夫って言っていたけど、

この先の映像を見るのが少し、怖くなって

きた。

年月がたっているから、正直なところ、

生きているとは思っていないけど、安否が

分からないからこそ、どこかで生きている

かもしれない、という希望が持てた。

僕は、この続きを見てもいいのか……

悩んできた。

そんな様子を察したのかエルザが、

「無理して見なくても……」と言った。

「怖いけど……でも、知りたい」

僕の正直な気持ちを伝えると、

「見て……大丈夫?」

エルザに聞かれた僕は、

ゆだくりと深くうなずいた。

エルザが、そっと僕の手を握ってくれたので

とても心強かった。

「再生するね」

エルザが、再生の表示を押した。


――「た、頼む……お、弟に……伝言したい……」

兄さんの声に気づいたAIキュープが、

近づいて来た。

「確認します。手首を見せて」

電子音声が流れてきた。

兄さんが、ナノスタンプが押してある手首を

見せると、

「あなたのヒューマンレベルは、マイナスです」

電子音声が流れて、飛び去ろうとした

AIキュープのアームの片方を、兄さんが

つかんだ。

仰向けで倒れていた兄さんは、

ゆっくりと起き上がって、背後にあった、

プラスチックのゴミでできた丘にもたれて

座った。

AIキュープの画面部分を持つと、

「重量限界」

警告する電子音声が流れ始めたけど、

兄さんは、気に留めていない感じで、

話を始めた。

「スカイ、元気か? 元気だよな、こんな感じだけど、兄さんも……元気だよ。黙っておこうと思って『あの日』別れたけど、姿の見えないおじいちゃんのことを心配しているかもしれない、あとで行くと言った僕を探しに、安全な避難所から外へ出てしまうかもしれない、そう思って、避難所に戻って外へ出ないように……ゲホッ」

兄さんが、咳き込んだ――


「兄さん、大丈夫!?」

僕は、ベゾルクの中にいる兄さんに、

叫んだ。

録画の映像だから、まったくの偶然だけど、

「……大丈夫」と兄さんが言ったので、

僕は安堵した。


――「スカイ、これを見て。ポップンマヨストアのトラックだよ、でも、窓が割れている……」

兄さんは、うつむいた。

ポタッ、ポタッ……。

兄さんの足元に、涙が落ちてきた――


僕は、兄さんの背後のプラスチックのゴミの間から、少しだけ見えていたトラックの姿を見て、ポップンマヨストアのトラックの中で

一緒に眠った日のことを、思い出した。


――「すべてを打ち明けようと思ったけど、避難所の方向が分からなくなって、言わない方がいいということか、と思った時、偶然、このキュープが僕の手の届くところに来た。驚いたよ。真実を話せ、との神のお告げかなって……うん……そうだね……前置きはこの辺にして、そろそろ本題に入るよ……」

と言いながらも兄さんは、

片手でAIキュープを持って、もう片方の

手で頭を抱えて、悩んでいる様子だった。

打ち明けなくては、でも打ち明けにくい……そんな苦悩を感じた。

「ん……ん」

しばらく兄さんは、うなっていた。

そして、意を決したのか、

深く、ゆっくり深呼吸をして、話を始めた。

「『あの日』、スカイが家に帰ってくる少し前までは、僕のヒューマンレベルは5だった。なのに、なぜマイナスになったのか、それは……それは……」

兄さんは、涙を浮かべて、

片方の手のひらで顔を覆って、

しばらく、静かに泣いていた。

そして、

そっと手をおろしながら、

にぎりこぶしをつくった。

そのこぶしは、小刻みに震えていた。

「それは……僕がおじいちゃんを……見殺しに……したからだ」

兄さんが、声を絞り出すように言った――


え?

見殺し? おじいちゃん?

おじいちゃん!

おじいちゃんのことをまた、すっかり忘れていたということに今、僕は気づいた。

また忘れていたなんて……兄さんの言った

言葉の意味も分からなくて、

僕は、唖然とした。

エルザは、僕の手を握りながら、もう一方の

手で、一時停止の表示を押したあと、

僕の背中をゆっくりと、なでてくれた。

「この辺にしておこう」

エルザが、心配して言ってくれたけど、

怖い気持ちよりも、

知りたい気持ちの方が大きかった。

だから、僕は、自ら再生の表示を押して、

エルザの手を握り返した。


――あの日、大学で授業を受けている時に、この災害が起きた。

急いで家に帰って、玄関を開けると、

おじいちゃんの靴はあったけど、

姿が見えなかったので、どこにいるのか

探していたら、母さんの遺品が置いてある

部屋から、

「クレイか? スカイか?」

声がした。

部屋の扉は、上から圧力を受けて、

九の字に曲がっていた。

開けようとしても、1ミリも動かなかった

から、曲がった部分にできた空間を、

体をよじりながら、なんとか通り抜けた。

部屋の中は、地震で天井が崩れて、

2階の床やタンスなどが落ちてきていて、

おじいちゃんが、その下敷きになっていて、

かろうじて、右手と顔が出ている状態

だった。

僕は急いで、おじいちゃんの体の上にのっている物を、どかそうとしたけど、

重たくて、僕ひとりの力では、

どけることができなかった。

電話が使えないから、近くの交番に行って、

助けを呼びに行こうとした僕の足首を、

おじいちゃんが、つかんで、

「行かなくていい、おじいちゃんは、もう駄目だから」

弱気なことを口にしたから、

「諦めないで! 僕だけでは、力不足だから、大人の人を呼んでくる」

おじいちゃんの手を、

足首から放そうとしたけど、

ギュッ、と力をいれて、放そうとしてくれ

なかった。

「もう80歳だ、元々足が悪い上に、体の具合も悪そうだ。おじいちゃんのせいで、クレイとスカイが逃げ遅れたら、お前達の母さんに、これから会うのに、申し訳がたたないし、会わせる顔がなくなる。道に迷ったら、電信柱を探しなさい。住所が書いてあるから。スカイのこと、頼んだぞ」

「僕だって、母さんの父親を残して行ったら、母さんに会わせる顔がないよ。スカイが帰ってきたら、3人で避難しよう!だから、これを早くどかさないと」

僕が言うと、

「ありがとう。温かい心を持っているクレイに、辛い役目をさせてごめん。自分の体のことは、自分が一番分かっている。血も大量に出ているし、気が遠くなってきた……」

僕の足首をつかんでいた、

おじいちゃんの手が、緩んだ。

「おじいちゃん! しっかり握ってよ、僕の足首を、しっかり、つかんでよ!」

僕は泣きながら叫んで、おじいちゃんの手の

上に自分の手をおいて、僕の足首を一緒に

にぎった。

その時、

「着いた!!」

スカイが、叫ぶ声が聞こえた。

「行きなさい……早く」

おじいちゃんが、

僕の手を力なくふりはらった。

「おじいちゃん、一緒に行こう……置いていけないよ」

グラグラ、

地震で家が揺れた。

「クレイ、家が壊れる……早く、2人で逃げなさい。おじいちゃんからの最後のお願いだ。叶えて欲しい……」

おじいちゃんが、すごく怖い顔をしたので、

その表情に僕は、

逆らうことができなかった。

「おじいちゃん……」

僕は、尻もちをつきながら、

ゆっくりと後ろへ下がって行った。

「それで、いい」

おじいちゃんが、笑った。

このまま、おじいちゃんを見捨てるの?

そんなことは、できない!

そう思って、

「置いていけないよ!」

僕は、立ち上がって、

おじいちゃんにかけよった。

「駄目だ、クレイ。お願いだから、早く家から出てく……危ない!」

おじいちゃんが、力を振り絞って、

僕の体を、右手で押した。

そのあとすぐに、

ドドンッ、

大きな音がして、

天井が落ちてくる、一瞬の間だけ、

時の流れがゆっくりになった。

「大好きだ」

おじいちゃんが、笑ったのが見えた。

「僕も、大好きだよ!」

大声で叫んだ。

おじいちゃんの元にかけよろうとしたら、

ドンガシャンッ、

天井が、僕とおじいちゃんの間に落ちた。

「おじいちゃん! 大丈夫!? おじいちゃん!」

何度、呼んでも返事がないし、

落ちてきた天井が邪魔で、おじいちゃんの

元へ行くことができなかった。

「どうしよう……」

その場で、かがんで、

なにもできない不甲斐ない自分に、

腹を立てていたら、

「クレイ、スカイのことを頼んだぞ」

この声が、おじいちゃん本人の声だったのか

さっきの会話の記憶の中の声なのかは、

分からないけど、

おじいちゃんの声が聞こえた気がした。


僕は、涙を拭きながら、

急いで玄関へ向かった。

玄関の扉を開けて、外に出て、

すぐに扉を閉めて、

スカイを出迎えた。

スカイが靴を履き替えると言ったので、

口実を作って、家の中へ入るのを阻止した。

この時は僕も、スカイと一緒に避難所の中に

入るつもりだったし、

入るのに条件があるって分かった時も、

ヒューマンレベルは5だと思っていたから、

気にしていなかった。

だけど、

だんだん……おじいちゃんを見殺しにして、スカイにも嘘をついている……そんな僕が、

ヒューマンレベル5のままのはずがない、

そんなはずはない!

と思うようになっていった。

おじいちゃんになんと言われても、

最後まで諦めずに、

スカイと協力して、落ちてきた天井や

おじいちゃんの体の上にのっていた物を、

どかせばよかったのでは?

最後まで諦めずに……と何度も後悔した。

そして、今の自分のヒューマンレベルが

なんなのか、知りたくなった。

拡声器を搭載したAIキュープが落下して、

見に行った時のことを覚えている?

落下したキュープから、

「確認し……てく……」

電子音声が流れたから、まだ使えるのかな、

と思って、手首のナノスタンプを見せたら、

「あなたのレベ……マイナス……」

電子音声が流れた。

この時初めて、自分のヒューマンレベルが、

マイナスで、避難所の中には入れない、

ということが分かった。

「これが、僕がスカイに隠していた、すべてだよ。ごめんね……今頃、後悔しても遅いけど、3人でお出かけ行きたかったね。食事にも行きたかった……一足先に、おじいちゃんと母さんのところへ行くよ。絶対に死ぬな! 生き抜け! 僕の大切な、大好きなスカ……」

バタッ、

兄さんが、倒れた――


「兄さん!」

僕は、ベゾルクをたたいて、叫んだ。

エルザは、そんな僕を、優しく抱きしめて

くれた。

僕は、エルザの腕の中で、たくさん泣いた。


兄さんの様子が変だな、と思った瞬間は

何度もあったのに、僕は、気づけなかった。

兄さん、ごめんね……その肩に、重荷を、

ひとりで背負わせてしまって、

ごめんなさい。


たくさん、たくさん泣いて、

なんだか逆に、気持ちが落ち着いてきた。

エルザの服が、僕の涙でぬれていた。

「エルザ、ごめん……服」

「大丈夫、着替えればいいだけだから。気にしないで」

「ありがとう、そばにいてくれて……心強かった」と言うと、

エルザが、うなずいた。

「この映像は、どうするの?」

僕が聞くと、

「見つけた時は、スカイに渡そうと思っていたけど、内容があれだし……こっちで、保管、もしくは、削除しようか?」

エルザが言ったので、

「貰ってもいいなら……欲しいかな。兄さんからの伝言だから」

僕は答えた。

「そうだね」

エルザが、ベゾルクの側面から

録画データーの入った三角の形をした、

記録媒体を取り出して、

僕の手のひらに置いてくれた。

「ところで……これ、大丈夫? 持ち出して」

勝手な持ち出しは、駄目なのでは……

と思って聞くと、

「大丈夫。この録画の存在は私、レオ、スカイの3人しか知らない」

エルザが言った。

「そうなの? あ、それで、こっそり来てって言ったのか」

僕が言うと、

エルザが、うなずいた。

「それなら、遠慮なく貰おうかな。レオにもお礼を……」

エルザが、僕の話を遮った。

「喜ばしい話ではないし、お礼をいわれても、レオは困るかも」

「それもそうだね、心の中だけで、言っておくよ」

僕がニコッとすると、

エルザも、

「うん」

ニコッとした。

僕は、映像管理室を出て、

エンヴィルへ向かった。


ずっと疑問だった、

兄さんのヒューマンレベルのことや

おじいちゃんが探しても見つからなかった

理由が分かって、心に引っ掛かっていた

何かが、少し取れた気がしたのと同時に、

兄さんの苦悩に気づけなかった自分に、

腹が立って、悔しくて、

申し訳なくてしかたなかった。


ドクン、ドクン。

突然、

動悸がしてきた。

気持ちが重いせいかな……胸が苦しい……。

僕は、目の前にあった補給室で、

少し休んでから、

地球環境モニター室に戻ることにした。


補給室には、水が入っている調理ボウルが、

たくさんストックしてあって、そのままでも

飲めるけど、ガラスのない窓枠だけの

ところがあるから、ここから投げれば、

太陽の熱で温めて飲むことができる。


ヨタヨタしながら、補給室にたどり着いて、

動けなくなった僕は、壁にもたれながら、

ゆっくりとかがんだ。

調理ボウルが入っているカゴが置いてある

机までの距離は、2mほどだったけど、

果てしなく、遠くに感じた。

ほどよく温かい白湯が飲みたいな……

僕は、スクエアの存在を思い出した。

「スクエア、いる?」

聞こえるか不安なほど小さな声で言ったけど

「いるけど、何?」

すぐに返事をしてくれた。

よかった……補給室にスクエアがいた。

「水を温めて欲しい」と頼むと、

「いいよ」と言って、

補給室の壁に埋め込まれていたベゾルクから

スクエアの四角い腕が出てきて、

グングン伸びていき、

調理ボウルをひとつ、つかんで、投げた。

数秒で戻って来た、調理ボウルを、

スクエアがキャッチして、

「どうぞ」

僕の手に置いて、ベゾルクの中に、

伸びていた腕が戻って行った。

補給室担当のスクエアは、

わりと優しい性格をしている。

白湯を飲みながら、窓枠しかない場所を、

ぼうっと眺めていると、地球が見えた。


そう言えば、昔、

家族や友達、恋人だとしても、

ヒューマンレベル3以下の人々のことは、

忘れましょう、という感じのことを、

サミュエルさんが言っていたな……。

あの時は、何て酷いことを言うのかな、

ヒューマンレベルを高める努力をしなかったから、自業自得だからしかたがない、

と簡単には割りきれない、と思っていたけど

今なら、サミュエルさんの言った、

「忘れましょう」の意味が、

分かるような気がする。

避難所へ入れたのは、

自分がヒューマンレベルを高める努力をした

結果だとしても、自分だけが生き残って、

温かい食事を食べて、安全な環境で、

ベッドの上で眠って、ごめんなさい……

という、本来、持たなくてもいい罪悪感を

抱かずに生きていける、

あの「忘れましょう」の本当の意味は、

こういうことなのかな? ふと思った。

だけど、忘れたい、忘れたくない、

忘れてもいいのかな?

忘れるべきなのかな?

僕は、どう考えるべきか、分からなかった。


だんだんと、動悸が治まってきた。

僕は、ゆっくりと立ち上がって、

補給室を出た。


地球環境モニター室に戻ると、

ルーカス室長が、

「大丈夫だった?」と聞いてきたので、

一瞬、兄さんの伝言を聞いて、

大丈夫じゃない!と言いそうになって、

慌てて、

「だ、大丈夫……も、問題なしです」

と答えて、足早にリアムのところへ行った。

「ただいま、遅くなってごめんね」

声をかけると、

「待ちくたびれたよ。大きなミスでもあったの? 目、赤いよ。まさか、怒られて泣いちゃった?」

ふざけて言ってきたので、

「違うよ、目が痒くて……それより、作業を進めないと」

話を変えて、ごまかした。


僕は、答えのでない難題を、

考えなくてもすむように、

休む間もなく、作業に没頭した。


○次回の予告○

『不老不死なのに、死にそうになる』


































































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