第8話 (絵あり) ようこそ、「アムズアスペース」へ

◯近日ノートに、挿し絵があります。

本文と一緒にご覧ください。

近日ノートの☆9☆、☆10☆です。




3日後の出発へ向けて、

オリエンテーションが、2日間、

運動広場で、行われることになった。

先発隊には、年齢でいうと、

18歳から40歳までの、300人がいた。



運動広場の中へ入ると、すでに、たくさんの人がいて、宙に浮いていた。

何事かと思ったら、ただ単に、宙に浮いて

いるクッションに、座っているだけだった。

「どれでもいいから、空いているクッションをつかんで、座って」

出入り口にいた、ロゼに言われたので、

僕達は、それぞれ、誰も座っていない

クッションを探してつかんで、集まって、

座った。

バランスをとるのが難しいのかな、と思った

けど、平らな場所に置いてあるのかな?

と思うくらい、安定した座り心地で、

色々な柄があった中から、

僕は、海王星っぽいクッションを選んだ。


バドミントンのコートやベンチなどが、何も

設置されていない、開けた場所の壁よりの

空間に、いつもはない、人がひとり立てる

くらいの大きさの円形の台があった。

透け感があったので、出現させたのかな?

その台の左右には、10体ずつ、

ロゼが並んでいた。

バタンッ。

音がして、みんながその方向を見た。

「運動広場って、扉があったのか」

とレオ。

「食堂とかと同じように、扉はないと思い込んでいたね」

リアムが言った。


ジジジ、グワン。


機械音がして、みんなの目線が、扉から

円形の台へ移った。

台の上の空間が歪んで、

このシェルターに来た日に見た、

特殊な映像のAIヒューマンの親戚だと

言っていた気がするサミュエルが現れて、

「お久しぶりです。体の変化が無事に、完了しましたが、別に、アムズ用と地球用の体が必要なので、その材料となるDNA情報と細胞を、今からロゼに採取してもらいます」

頭を回転させた。

「薬で変化したのに、別の体がいるのですか? その『別に』もよく分かりません」

女の人が、質問をすると、

サミュエルは、頭を回転させたまま、

「今の体は、いわば、『つなぎ』です。薬で変化したとはいえ、しょせん、ただの人間の体なので、老化現象は、緩やかにはなりますが、進みます。地球の再生化計画には、長い年月を要するので、人間の寿命では間に合わない。だから、別の体、すなわち、アムズ用の体が必要なのです」

と言った。

サミュエルの話を聞いた、女の人は、

「人間の寿命が短いので、別の寿命が長い体? それがアムズ用の体ということですか?」

また、質問をしたあと、

「地球用の体とは、なんですか?」

「今の体とは、何が違うのですか?」

別の女の人と、男の人が質問をすると、

他に複数の人が、同じような質問をした。

サミュエルの頭の回転が一瞬、止まって、

すぐにまた、回転しだした。

回転している時のサミュエルの顔は、常に

笑っている表情をしているけど、見間違い、

聞き間違いでなければ、この回転が止まった

一瞬だけ、怖い表情をして、

「質問が多い」と言ったような気がした。


「アムズ用の体は、今から採取するDNA情報と細胞を、20歳の肉体になるまで、培養して作った体のことで、正式名称は、『クローン』ですが、アムズではシンプルに『体』と呼んでいます。この体は、80年から100年間隔で、交換します。なので、常に、20歳の肉体でいることができるので、これを、『不老不死』と考えています」

サミュエルが言うと、


「クローン!? 僕がもうひとり、生まれるの?」

「不老不死!? まさか……」

みんなが、騒然としていた。

「嬉しいな、不老不死になってみたかったから」

レオは単純に、喜んでいた。

「不老不死って、どんな感じか想像できないけど、人類の夢だよね」

エドが言った。

「僕は、長生きして、生きている恐竜を見に行く」

リアムが、嬉しそうに言うと、

「それは、長生きとは別で、過去へ行くタイムトラベルの話だね」

ステファンが、笑った。

「え!? あ、本当だ」

リアムも笑うと、

「リアムは、おっちょこちょいだから」

レオとエドも笑った。


レオ達は、「不老不死」という言葉が単純に

気になったみたいだ。

もちろん、僕も気にはなったけど、

それよりも、「培養して作った」、

「交換する」という言葉に、引っかかった。

体を交換するって、どうやって?

聞きたいけど、こんな大勢の前で発言は

しにくいな……と思っていたら、ちょうど、

僕が聞きたかったことを、聞いてくれた人が

いた。


「質問です」

男の人が手をあげると、

サミュエルの正面の顔が、質問者の男の人の方向を向いた時に、回転が止まった。

「培養して体を作るという部分は、魚介類の培養と同じイメージで、理解できるのですが、『交換する』とは、どういうことですか?」

男の人が言った。

「交換とは、BNを使ってジッタを古い体から新しい体へ移動させる、ということです」

サミュエルは、僕の目には見えないけど、

手元に何かがあるらしく、キーボードを

打ち込んでいるようなしぐさをした。

すると、サミュエルの頭上に、洋服売り場に

よくあった、マネキンのような物が2体、

出現した。


「これは、ヒューマンレベル5のみなさんの、培養して作られる体の模型で、性別に関わらず、この体の構造になって、この体のことを、『生体ヒューマン』と言います。見えますか?」


サミュエルが言うと、

運動広場の端の方にいた数人から、

「少し、見えにくいです」

声があがった。

それを聞いたサミュエルがはまた、何かを

操作するしぐさをした。

すると、出現していた2体の模型が、

特大サイズになった。

「これで、大丈夫ですか?」

サミュエルが、見えないと言った人達に

向かって言った。

「男女共に同じ体の構造とは、どういうことですか?」

模型を見て、女の人が質問をした。


「アムズでは、妊娠、出産、母乳を与える、トイレで排泄をするといったことが、一切、不要なので、性別に関わらず、同じ体の構造になります。薬を服用した瞬間から、退化はすでに始まっていて、15年かけて、不要な部分は、すべてなくなり、この姿が普通になりますよ」

サミュエルが、ニコッとした。


「トイレに行かなくていいのは、楽な気がするね」

レオがまた、単純に考えて言った。

「その点については、同感だけど、男女同じ体の構造って、違和感がすごい」

エドが言った。

「退化するって、胸がなくなるの? 変な感じがする……今は、あるから」

女の人が言うと、

それを聞いたサミュエルが、

「慣れますよ、心配しなくても」

と言った。

女の人は、本当に慣れるのかな?

納得できていない様子だった。

「あの、先ほどの説明の中に、何とかヒューマン? という言葉が出てきたと思うのですが、それは、なんですか?」

男の人が、手をあげて質問をした。

サミュエルはまた、何かを操作するしぐさを

した。

すると、特大サイズのマネキンが、

1体消えて、AIヒューマンとは、少し違う

人型のロボットのような物が現れた。


「これは『生体ヒューマン』と言う、ヒューマンレベル5の人だけが持てる、生身の人間の体を持つ人の体の種類のことで、もう一つは『ヒューマンボウル』と言う、機械の体、ヒューマンレベル4の人の体のことです」


サミュエルが言った。

「え? どういうこと!? レベル4の人は、機械って……ロボットになるの?」

みんなが、騒然とした。

「どうしてですか?」

たくさんの人達が、

口々に疑問を言っていると、

「では、生体ヒューマンとヒューマンボウル、交換について、この模型を使って、解説しましょう」

サミュエルが、右手の人差し指を立てて

回すと、模型が、人差し指の動きに合わせて

回転した。

口頭で言われるだけよりも、模型を使っての

説明は、すごく分かりやすかった。


「生体ヒューマン」とは、

ヒューマンレベル5の人だけが持てる、

地球上で採取したDNA情報と細胞を使って

15年かけて培養して作った、生身の人間の

体を持つ人の、体の種類のことで、

この体は、80年から100年の間隔で、

新しい体に交換していく。

正式名称は、「クローン」だけど、

アムズでは、シンプルに、

「体」と呼んでいる。


「ヒューマンボウル」とは、

「人間のジッタを受け取る入れ物」という、意味の造語で、

ヒューマンレベル4の人だけが持てる、

二足歩行の人型をしている機械、ロボットの体をしている人の、体の種類のこと。


これから移住するアムズでは、

この2種類の体に、

ヒューマンレベルによって、分けられる。


「ジッタ」とは、

「唯一無二の、自分自身の人格の魂」

という意味の造語で、

簡単に一言で言うと、「魂」のこと。

これは、BNという名前の機器を使って、

自由に移動させることができる。

生体ヒューマンの人も、

ヒューマンボウルの人も、

年月が経過して、体に不具合が出た場合、

服を着替えるように、新たに培養した体や、

新たに製作したロボットの体に、

ジッタを移動させると、

不具合のない体で、また過ごせるので、

「死」というものが、自然には訪れないため

「不老不死」になる。


「交換する」とは、

体を外側だとすると、今の体に入っている、自分自身を作り上げている唯一無二の自分のジッタ (魂) は、中身で、

模型Aは、今の僕 (地球人のスカイ) の体で

模型Bは、DNA情報と細胞を使って、15年

かけて20歳の肉体になるまで培養して

作った、僕の生体ヒューマンの体(クローン)

だとする。


模型Aと模型Bの間に、

BNという機器を置いて、それぞれBNから

のびている線とつなぐ。

どのようにつなぐのかというと、

模型Aは、帽子型の機器を頭にかぶって、

模型Bは、生体ヒューマンの体の首の

うしろには、イイイイスターの形をした

差し込み口があるので、ここにBNから

のびている線を差し込むと、

模型Aの中にある、ジッタ (魂) が、

線を通って、BNの中に入り、BNの上部に

一旦、出現したあと、

模型Bとつながっている線を通って、

模型Bの中にジッタ (魂) が入る。

これが、地球人から生体ヒューマンへ体を

交換する仕組み。


例えば、体が洋服だとすると、

100年間ずっと着ていた服を、

新しく作った服に、着替えるイメージ。

洋服を着替えても、

中身、「スカイ・ウィンスティー」という

存在は、そのままだから、体を交換しても、

スカイ・ウィンスティーが消えるとか、

そういうことではない。

簡単に言うと、「体を交換する」とは、

ただ単に、外側を替えるだけ。


「BN」とは、

丸みのある6つの角がある星の形をした

ジッタ の移動や保存、アップロード、

複製ができる機器のこと。

「移動する」時は、

生体ヒューマンは、首のうしろにある

挿し込み口に、

ヒューマンボウルは、背中の挿し込み口に、

BNとつながっている線を挿して、

地球人は、帽子型のBNとつながっている

機器を頭にかぶると、

ジッタが別の体に移動する。


「複製」、いわゆるコピーをする時は、

体の中から取り出されたジッタが、BNの

上部に出現して、ほんの少しだけジッタが

欠ける。

このカケラを元にして、ジッタの複製を

ひとつ、作成すると、この世の中に、

オリジナルのジッタと複製したジッタの、

同じ人格のジッタが2つ、存在することに

なる。

複製したジッタを、オリジナルのジッタが

入っていた生体ヒューマンの体と、

新しく培養して作った、生体ヒューマンの体

別のヒューマンボウルの体に入れることは

できるけど、その人自身は、唯一無二で、

ひとりしか、この世には存在できないので、

複製を作ると、自動的にオリジナルの

ジッタは、多面体の檻に入れられて、

ジッタの保存庫に収容される。

複製が外にいる限り、オリジナルのジッタは

保存庫の中から出ることができないので、

分身できる、というわけではない。


「アップロード」する時は、

①欲しい知識や経験がある地球人は、

BNとつながっている帽子型の機器を頭に

かぶり、

生体ヒューマンは、首のうしろにある

挿し込み口に、BNとつながっている線を

挿すと、ジッタが一時的に体から取り出さ

れて、BNの上部に出現する。


②BNの画面から、何をアップロードしたい

のかを入力するか、選択肢から選んで、

「決定」を押すと、知識や経験がジッタの

中へ入って、記憶される。


③アップロードが完了すると、自動的に

ジッタが体の中へ戻り、BNの画面に

「完了」と表示が出るので、

かぶっていた帽子型の機器を脱ぐ、または

差し込んでいた線を抜く。


④欲しいと思って、アップロードしたけど、

いらなくなった、または忘れたい記憶がある時は、「消去」という項目を選ぶと、

ジッタから跡形もなく、その記憶や知識、

経験を消してくれる。


オリジナルのジッタを「保存」する時は、

BNの上部に出現したジッタは、専用の

多面体の檻に包まれて保護され、識別番号が

記載されたあと、時空の出入り口に変化した

BNの画面に自動的に吸い込まれて、

特別管理空間にある、部分AIロボットの

「シク」が管理する、ジッタの保存庫へ

収容される。


「ジッタの保存庫」とは、BN管理室の中に

ある、立ち入りが禁止されている特別な

空間で、この中に、ジッタを優しく包み込む

綿菓子のようなふわふわしたジッタ専用の

保存庫があって、ひとつの保存庫に

収容できるジッタの数は決まっているので、

保存庫はたくさんあって、イイイイスターの

輪郭をした数字がそれぞれについている。

ひとつの保存庫につき、一体、シクがいて、保存庫を回りながら、ジッタを見守って

いる。


取り出したいジッタがある時は、

BNの画面に表示されている項目の中から、

「呼び出し」を選択すると、BNの画面が

変化して、特別管理空間とつながるので、

誰のジッタが欲しいのか、

識別番号を伝えると、シクの4本ある触覚が

伸びて、保存庫の中から、必要なジッタを

取り出して、渡してくれる。


BNは、アムズにはなくてはならない、

重要な機器で、これのおかげで、

新しく培養した体や機械・ロボットの体に、

簡単にジッタを移すことができるので、

不老不死が実現できるとのことだった。


「魂が入れ替わるドラマを見たことがあるけど、あんな感じかな?」

「知らなかった知識を簡単に手に入れることができるのか……すごいな」

「分身できる、と思ったけど、違うのかぁ」

「自分が機器を通して、移動する? どういうことかな?」

みんなが、それぞれの思いを話していた。

「ふと、思ったのですが、交換したあと、魂が抜けた体は、どうなるのですか?」

男の人が、質問をした。


「不要になった体は、堆肥製造箱に入れて、微生物によって分解、発酵をして、肥料へと生まれ変わり、用途に合った遺伝子操作をした植物の種と混ぜて、地球の大地や海洋、火星にある畑の肥料になります」


「え? 肥料!?」

みんながまた、騒然とした。

「僕、土に埋められるの? 海に投げ込まれるの?」

不安そうにリアムが言うと、

「大丈夫だよ。肥料になって蒔かれるのは、中身がない、体だから」

ステファンが言った。

「なるほど、そうか。僕の魂はもう、新しい体の中だから、大丈夫なのか。よかった」

リアムが、ホッとしていた。

「あの、聞きたいことがあります」

女の人が手をあげた。

「何ですか?」

サミュエルが言った。

「不思議なのですが、私には、10歳になる子供がいるのに、そのことをずっと忘れていて今、思い出しました。18歳未満の子供達は、別の入り口に入るように言われて、『あの日』、別れたままなのですが……今は、どこにいるのですか?」

女の人が、心配そうな表情をした。

「子供……本当だ、子供はどこへ行ったのだろう?」

「どうして、大切な子供のことを、忘れていたのかな……」

子供がいたのに、その存在を忘れていたと

いう親達のショックの声や心配する声が、

あちらこちらから、聞こえてきた。

「あの……ヒューマンレベル4の人は、このシェルターの、どこにいるのですか? 夫のセルゲイに会いたいです 」

女の人が、今にも泣き出しそうな表情を

した。

それを聞いたサミュエルは、

「子供達も夫のセルゲイも、ここにはいませんが、アムズで再会できます」

と言った。

「ここにいないって、どこにいるの? 子供を返して!」

「子供を、親の承諾なしに、どこへ連れて行ったの!?」

「セルゲイは、どこ!?」

運動広場のあちらこちらから、

不安や憤りの声が聞こえた。

その様子をサミュエルは、

ただ、傍観しているだけに見えた。

何も答えないサミュエルに、

「何とか、言って! どこにいるの!?」

数人が、宙に浮いている、クッションから

降りて、サミュエルに近づこうとした。

「アムズで再会できると、さっき言いましたよ、落ち着いてください。元気に生きています。18歳未満の人とヒューマンレベル4の人々は、ジッタを保存して、アムズへ持っていくだけだったので、みなさんがシェルターに来た3日目には、すでにアムズへの移動が完了していました」

サミュエルが言った。

「え? もうここには、いなかったの?」

「アムズへ、ジッタを持っていくだけって……体は?」

クッションから降りていた数人は、

サミュエルの話を聞いて、立ち止まった。

その人達に、ロゼが近づいてきて、

「戻りなさい」

座っていたクッションまで、誘導した。


18歳未満の人は、

薬を服用することができないので、

DNA情報と細胞を採取したあと、

BNで地球人の体からジッタを取り出して、保存庫へ収容することで、アムズへの移動が

完了して、ジッタが入っていない空っぽの

地球人の体は、地球に残してきていた。

ジッタは、アムズにある、「BN管理室」と

いう部門の「特別管理空間」にある保存庫に

保存されていて、アムズ用の体の培養が

終わったら、BNを使って、保存していた

オリジナルのジッタを、体の中へ入れるので

それまでは、ジッタだけの存在になる。

15年後、20歳の肉体にあったジッタに

成長している必要があるので、今、どの年齢

だったとしても、保存されながら、ジッタは

成長していく。

会いたい時は、BN管理室にある面会室に

行けば、映像の顔や姿にはなるけど、

会うことや話をすることもできる。


ヒューマンレベル4の人々は、

「ヒューマンボウル」、

人間の形をした機械・ロボットの体に

なるから、薬を服用する必要が元々なかったので、ヒューマンレベルが上がって、

生体ヒューマンの体を培養したいと思った

時に必要になる、DNA情報と細胞を採取

したあと、体は地球に残して、18歳未満の

人々と同じ日に、アムズに、到着していた。

そして、到着した日に、機械・ロボットの

体にジッタを移しているので、

アムズに行けば、地球にいた頃の姿とは違う

けど、すぐに再会ができる。


サミュエルが言ったことを聞いた親達は、

元気にしているなら、よかった、と安堵して

いた。

でも、納得がいっていない人も数人いた。

「なぜ、ヒューマンレベル4の人は、機械の体になるのですか?」

「排泄をしないということは、食事をしなくても、生きていけるということですか?」

「セルゲイと私は、これから、子供を授かりたいと思っていました。妊娠が不要って、どうすれば、いいの?」


また僕の聞き間違いと見間違いでなければ、

サミュエルが一瞬、怖い顔をして、

「本当に、質問が多いですね」

と言った気がした。

そのあとすぐに、笑顔になって、

説明を始めた。


地球上では、

同性同士で子供が欲しいと思った時、

養子や片方の遺伝子だけを持つ子供を、

授かることはできたと思うけど、

アムズでは、

DNA情報と細胞を2つ以上、くっつけて

培養するだけだから、女同士でも男同士でも

2人以上いれば、性別は関係なく、

子供を授かることができるし、

DNA情報と細胞が2つ以上あれば、確実に

培養することができるので、

男女ともに不妊に悩まされることもない。

ただし、アムズでは、人口の管理をしている

ので、誰でも、何人でも、子供を授かる、

ということは、一切できないし、

子供の培養をしてもらえるのは、

生体ヒューマンの人だけ、という決まりが

ある。

例えば、決められた人口の上限が100人で

なんらかの要因で3人減ったとすると、

新たに3人、人口を増やす必要がでてくる

ので、子供が欲しい2人以上の

生体ヒューマンの人を3組、募集して、

選定をする。

逆に言えば、

決められた人口の上限が減らなければ、

新たに子供を授かることも、

ヒューマンレベルが、4から5に上がった

としても、生体ヒューマンの体の培養は

できない、ということ。


ヒューマンレベルが5になった、

ヒューマンボウルの人の体を培養する時には

生体ヒューマンの体を培養する時と同じで、地球で採取しておいた、DNA情報と細胞を

「チウルウオプ」に入れて培養をする。



「チウルウオプ」とは、

体(クローン)の培養をする時に使う、

培養容器のひとつで、培養の2段階目で

使用する。


フタが2つあって、採取器で採取したものを

入れる時は、ひとつ目のフタをはずして、

そこに採取器をさしこむと、自動で採取した

ものが、チウルウオプの中へ入っていく。

採取器の中が空になったら、採取器を抜いて

フタを閉めると、培養が開始される。


2つ目のフタは、人力では開けられない

ように、葉っぱの封印が施されている。

これは、3段階目の培養容器、

「オトゥタヌウオプ」に移せるくらい培養が

進むと、封印がとけて、葉っぱがフタから

剥がれ落ちるので、これを目安に、

2つ目のフタをはずして、チウルウオプごと

オトゥタヌウオプに入れる。

チウルウオプは、オトゥタヌウオプに

入れると、容器がとけてなくなるので、

繰り返し使うことができない、一回限りの

培養容器。


「オトゥタヌウオプ」とは、

培養の第3段階で使用する、繰り返し使う

ことができる、大きな培養容器で、ここで

小さなカタマリは、20歳の肉体になるまで

培養される。


数か月して、少し人間っぽいの形になり、

葉っぱの封印が解けたら、

オトゥタヌウオプに、チウルウオプごと

入れて、20歳の肉体になるまで培養すれば

いいだけだけど、

新たに子供を培養する場合は、

4つのチウルウオプに、

オ・テクノロジオグルイでくっつけた細胞の

カタマリを、1つにつき、ひとつずつ入れて

培養をする。


「オ・テクノロジオグルイ」とは、

2つ以上のDNA情報と細胞をひとつの

カタマリにしてくれる、半月のような形を

した2つで、ついになっている、

培養の第1段階で使用する培養機器。


オ・テクノロジオグルイそれぞれに、

くっつけたい2つ以上のDNA情報と細胞を

入れて、スライド式のフタを閉めて、

容器をくっつけると、卵のような形になり、

閉めたスライド式のフタが自動で開く。

これを両手で包み込むように優しく持ち、

30秒ほど、上下に振ると、

2つ以上のDNA情報と細胞の接着が

完了した合図として、容器の一か所に亀裂が

入る。

チウルウオプのひとつ目のフタをはずして、

オ・テクノロジオグルイの亀裂に親指を

入れて割ると、カタマリが出てくるので、

確実にチウルウオプに入れて、

フタを閉めると、培養が開始される。


数か月して、少し人間ぽい形になり、

葉っぱの封印が解けたら、

一番状態のいいカタマリを、ひとつ選ぶ。

この時、選ばれなかった3つのカタマリは、

すべて破棄されるけど、新たに培養する

子供のジッタは、培養を始めて14年くらい

した時に、初めて存在しだすので、

逆に言うと、それまでは存在しない、

ということなので、選別をする時点ではまだ

ただの細胞のカタマリだから、破棄しても、

倫理的な問題は、一切ない。

選ばれたカタマリは、チウルウオプごと

オトゥタヌウオプに入れて、15年かけて、

20歳の肉体になるまで、培養をする。


アムズでも食事はできるけど、

地球上とは、少し違う。

自分の胃を、蓄電池だとする。

この蓄電池に、エネルギーを与えて、

満タンにする。

使っていくと少しずつ、

蓄電したエネルギーは、減っていき、

やがては、なくなる。

減った分だけ、消費した分だけを、

補給するので、余分が発生しない。

だから、外に出す必要がないので、

排泄は、不要になっている。


サミュエルの話を聞いた僕も他の人達も、

地球での生活様式や仕組みと違うことが

多くて、戸惑っていた。

その様子を見てサミュエルが、

「すべてを理解することは、今は無理かもしれませんが、アムズで過ごしていれば、すべてが『普通』になるので、今は、何となくの理解で大丈夫ですよ」

と言うと、

「先ほど、確か、レベルが5になったらとか言っていた気がするのですが、つまり、ヒューマンレベルの制度がアムズでも続く、ということですか?」

男の人が、質問をした。


「続きます。生体ヒューマンでいたい、なりたい、ヒューマンボウルでいたいのか、レベル5だけど機械の体がいいので、レベルをあえて一つ落とす、という人が、いるかもしれません。それは、個人の価値観の問題で自由ですが、ヒューマンレベルの軽視は、絶対にしてはいけません。もし、アムズにとって、なにか不都合が生じた場合は、私なりの采配を下します」

サミュエルが言った。


「なぜ、ヒューマンレベルの制度は続くのですか?」

先ほど質問した人が言った。


「制度がなぜ続くのか? なぜ機械の体なのか? これらは、アムズで生活しているうちに、その時が来れば、嫌でも分かります。今は、地球再生化計画のために尽力する、これが一番大切です。分かりましたか?」


質問した男の人に向かって、

少し大きめの声でサミュエルが言ったので、少し驚いた様子の男の人は、

「答えになっていない……」

小さな声でつぶやいてから、

「分かりました」

サミュエルに向かって言った。


笑ったサミュエルの表情になぜか、僕は、

背筋が、ゾクッとした。

それは、兄さんへ感じた不安に、似ていた。

「嫌でも分かってくる」とは、

どのくらいアムズで過ごした時かな?

その時が来たら、何が分かるのかな?

移住先のアムズでは、何が待ち受けている

のか?

僕は、得体の知れない恐怖を感じた。


「機械の体がいいなんて、思わないよね?」

リアムが言うと、

「僕は、機械の体に憧れがあるよ」

レオが言った。

「なんで?」

「だって、リリアさんの腕、カッコイイから」

「そう? まぁ、うちの母さんに憧れる気持ちは分かるけど、すぐ右手をちらつかせてくるから、面倒だよ」

「それ、リリアさんが聞いたら、また怒られるやつだよ。リアムは本当に、一言多いよね」

リアムとレオが、笑いながら話をしていると

シュワンッ。

音がして、

出現していた特大サイズの模型が消えた。

「それでは、今からロゼが採取器を使って、採取をするので、その場でじっと、していてください」

サミュエルがまた、キーボードを打ち込む

しぐさをした。

「うわっ」

突然、座っていたクッションが、

動き出した。

サミュエルの左右に並んでいたロゼの前に、

僕達は移動して、列になった。

ロゼが列の先頭の人から、採取を始めた。

採取が終わると、クッションがまた、勝手に

動き出して、僕達は前に進んだ。

「採取器って、注射器かな?」

リアムが、不安そうに言った。

「どうやって、採取するのか、説明がないから分からないけど、血液の採取的な雰囲気を感じるから、注射器を使う気がする……」

エドも不安そうだった。

僕も、痛みに弱いタイプだったから、

内心、ソワソワしていた。

最後尾にいた僕達は、どんどん前に進んで

いき、ついにロゼの前に、来てしまった。

僕が採取してもらうロゼは、

サミュエルの右隣にいた。


「忙しいのに、質問が多すぎる。理解力が、低すぎる、急いでいるのに。こんなところで、時間を無駄にしている場合じゃないのに。やっと、採取だ」


サミュエルが、小さな声で言ったのが

聞こえた。

怒っているのかな? サミュエルのことが、

気になったけど、

直径1cmくらいの太さの針がついた、

採取器と思われるものを、ロゼが持って

いるのを見てしまったから、それどころでは

なかった。

まさか……それを、刺すの!?

心の準備がいる!

ビクビクしていた僕に、躊躇なく、ロゼは、

刺してきた。


うわぁ、激痛が、来るぞ!


と僕は思ったけど、痛みは、一切、感じな

かった。

あれ? まだ刺してないのかな? と思って

自分の腕を恐る恐る見ると、

針は確かに、刺さっていた。

採取器の胴体部分に、赤色の僕の血が流れ

込んできて、しばらくすると、

血液が、ドロッとしたものに変わって、

1、2、3と数字が現れた。

3になった時に、ロゼが、僕の腕から

採取器の針を抜いた。

すると、後ろに並んでいたリアムが、

ロゼの前に移動して、

僕を乗せたクッションは、列に並ぶ前の

場所へ移動して止まった。

腕を見ると、どこにも針が刺さった跡が

なかった。

リアム、レオ、エド、ステファンも採取を

終えて、移動して来た。

「まったく、痛くなかったね」

リアムが言うと、

「うん! 刺さった感覚すら、なかったね」

レオが言った。

「あんなに太い針だったのにね」

エドが言うと、

「蚊が血を吸う時みたいに、麻酔が針についていたのかもしれないね」

ステファンが言ったので、

なるほど、と僕はすごく納得した。

本当に、このシェルターは、

不思議で溢れすぎている。


300人、全員の採取が終わったのを

確認したサミュエルは、また、何かを

操作するしぐさをしていた。

すると、ロゼのいる背後の壁に穴が、左右に

一か所ずつあいて、ロゼが次々にそこへ

入って行って全員が入ると、

壁の穴はふさがった。


「では、今日のオリエンテーションはこれで終わり……あ、忘れていました。培養する体には、オプションが一つあって、体格が選べるので、出入り口にいるロゼに、標準がいい、細身がいい、ふくよかにしたいなどの、要望を伝えてください。では、また明日……」

サミュエルが、話を締めくくろうとした時、


「すいません、質問にまだ、答えてもらえていません」

女の人が、手をあげた。

「まだ、ありました!? それは、すいませんね」

サミュエルの目の前に、テレビの画面の

ような物だけが出現して、映像が、早送りで

流れた。

そして、出現していた画面が消えて、

「地球用の体について、ですね?」

サミュエルが言うと、

女の人は、うなずいた。


「地球用の体とは、地球再生化計画が終わったあと、地球に戻る時に必要になる、肺呼吸ができる体のことです。アムズに適した体は、肺呼吸をしない体なので、地球には、適していないのです。分かりましたか?」


サミュエルが、女の人に向かって言った。

「はい、分かりました」

女の人が答えると、

「では、また明日」

サミュエルは、足早に消えてしまった。

僕達を含めて、みんなが、今日言われたこと

について、持論を話しながら、

運動広場の出入り口へ行き、

そこにいたロゼに、体格をどうするのかを

伝えて、食堂、お風呂室、図書室、部屋へと

それぞれが移動をして行った。

僕達は、体格にこだわりがなかったので、

「標準でお願いします」

ロゼに伝えて、食堂へ移動した。




次の日、運動広場で、

オリエンテーション、2日目が始まった。

「おはようございます。では、今から、アムズへ行って、地球再生化計画を行うための作業の分担を、発表します」

サミュエルはまた、何も見えないけど、

キーボードを打っているかのようなしぐさを

した。

すると、運動広場のサミュエルがいる

うしろの壁に、また丸い穴があいて、

そこから、複数の人とAIヒューマンが、

何体か出てきた。

「今、出てきた人達とAIヒューマン達は、それぞれの作業の責任者で、役職名は『室長』です。どんなことをするのか、大まかな説明をしてくれます。では、グループA1からA8の人は『地球環境モニター室』所属になるので、担当室長、ルーカスのところへ集まってください」

サミュエルが言うと、

「こっちに集まって」

ルーカス室長が、手をあげた。

「地球環境モニターって、なんだろう?」

「何をするのかな?」

話をしながら、僕達は、

ルーカス室長の元へ向かった。

「次は、グループA9からB7の人は、『映像管理室』に所属してもらいます。担当室長は、ルイです」

サミュエルが言うと、

「こっちに、来てください」

ルイが手招きをした。


僕達が、ルーカス室長から、説明を聞き

終わる頃には、ほとんどの分担の発表が、

終わっていた。

「最後になりました。グループK9からQ2の人は、『BN管理室』に所属してもらいます。担当室長は、パトラです。では、説明を受け終えた人は食事をして、ぐっすり眠ってください。明日はいよいよ、アムズへ出発です。ではまた、いつかどこかで」

手を振りながらサミュエルは、

消えてしまった。


部屋に戻りながら、

「いよいよ、明日か」

「どんなロケットかな? すごく、楽しみ」

レオとリアムとエドは、

明日が楽しみだ! という感じで話をして

いたけど、僕は、複雑な胸中だった。

なぜなら、以前、兄さんとおじいちゃんを

探してくれると言ってくれたロゼから、

まだ何も、知らせがなかったからだ。

「このまま明日、行ってもいいのかな?」

ステファンが僕に、こっそり言った。

「なんか、ロゼに聞いている? 僕はまだ、何も聞いていない」

「スカイと一緒、僕も何も聞いていない」

ステファンが言った。

「そうか……ここにもう少し、残りたいって頼んでみる?」

僕が提案すると、

ステファンがうなずいたので、

「今から、管理室Aに行こう」と言ったら、

「…… 」

少し黙ったあと、

意味不明な言葉をステファンが、口にした。


「何をしに、管理室Aに行くの?」と……。


「何をしにって、ここにもう少し残りたいことと、お母さん達についてのことを聞きに行くのでしょう?」

僕が言うと、

「お母さん? いないよ、僕には」

きっぱり言うので、僕は、唖然とした。

ほんの数秒前まで、お母さんが気になって、

僕とこのまま地球を去って、いいのかな?

と話をしていたのに……どういうこと!?

訳が分からない。

「ステファン、お母さん、いるよね?」

もう一度聞くと、

「いないよ」とまた言った。

やっぱり、おかしい……リアムも今じゃ、

あんなに僕に話そうか、どうか悩んでいた、

いつの間にか、人間以外の生き物がいなく

なっていた、という話を、完全に忘れている

ようだし、

僕も、兄さんとおじいちゃんのことを、

忘れている時があるから、あの薬に、記憶を

失わせる成分が絶対に入っている!

そう思えて、仕方なかった。

でないと、説明がつかないよ……僕は、

絶対に忘れない! と改めて決意したのに、

1秒後、おじいちゃんのことだけを、

すっかり忘れていた。

そのことに、まったく気づかない、僕。

おかしいな……と考え込んでいたら、

「どうしたの? 難しい顔をして 」

リアムに言われたので、

「えっと、あれだよ、あれ……」

心配をかけないように、

何か、いい訳を考えていたら、

「最後に、何を食べようか、スカイも悩んでいる?」

レオが言ったので、僕は、それだ!

ナイス、レオ!

心の中で、ありがとう、と言った。

「そ、そう。魚も肉も好きだから、悩んで」満面の笑みで、僕はごまかした。

「僕も、悩んでいるよ」

リアムも言った。

何を食べるのか、悩んでいるふりをしながらステファンの変わりように釈然としないな、

と思っていた。


リアム、レオ、エドが、僕とステファンの

3歩前にいるのを確認しながら、食堂へ

向かっている、移動中ずっとステファンに、

「お母さんのこと、聞きに行こう。お母さん、本当は、いるよね?」

何回も聞けば、思い出すかもしれないと

思って、否定し続けるステファンに聞いて

いると、僕とステファンの3歩前を、

リアムとレオとふざけ合いながら、歩いて

いたエドが、急にふり向いて、

僕の方へやって来て、腕をつかんだ。

「奇遇だね。僕もトイレに行こうと思っていたところだよ」

エドが突然、大きな声で言った。

僕は、トイレの「ト」の字も言っていない

のに、リアム達にエドは、

「スカイと一緒にトイレに行くから、先に食堂へ行っといて」

僕は、強制的にトイレに連れていかれた。

「ちょっと、エド。何? 僕、トイレには行きたくないよ」

「スカイに、頼みたいことがある」

歩きながら、エドが言った。

「何?」

僕が聞くと、

トイレを通り過ぎて、階段室へ入って、

やっと手を放してくれた。

「ステファンにお母さんのことをもう、聞かないで欲しい」

エドが言ったので、

「何で?」

僕が聞くと、エドは黙った。

「エドとステファンの間に何かある?」

以前から、思っていた疑問をぶつけてみた。

「あるようで、ない」

答えを濁した。

「何それ?」

僕が、冷たく言うと、

「どこから話せばいいか、分からない」

と言ったので、

「分かるように言ってくれたら、ステファンにお母さんのことは、聞かないよ。お母さんがいないと言った理由が知りたいと言うか、本当に安否とか、そういうことを確認しなくて、後悔しないかな、と気になって」

僕が言うと、

「理由なんて、何でもいいし、どうでもいい。いないと言っているなら、それでいい」

エドが言った。

「何がいいの?」

「それは……」

エドが、言葉をつまらせた。

「何しているの?」

突然、リサが声をかけてきた。

「えっと……」

僕が、答えに戸惑っていると、

「今から、食堂に行くところだよ」

エドが言った。

「早く食べて、寝なよ」

リサが言った。

「分かっているよ」

エドがまた、僕の腕をつかんで移動を

始めた。

「エド、待って。話が途中だよ」

僕が何度か話しかけたのに、

エドは、何も言ってくれなかった。


食堂室に着くと、

「僕は、魚の定食にするよ。スカイは?」

エドが、何事もなかったかのように言った

ので、僕は困惑した。

「どっちにするの? 早く決めて、並んでいるから」

メラが、急かしてきた。

「えっと、肉で」

僕は答えて、受け取り口へ、エドと進んだ。

シェルターでの最後の食事を、みんなで

食べて、僕達は、部屋に戻って、

それぞれベッドに横になった。

結局、エドと2人きりになれなくて、

話の続きができなかったので、

僕は、釈然としない気持ちのままだった。

「おやすみ」

リサと僕達は言った。

明日、聞けばいいか……。

僕は、眠りについた。




不思議なことに、朝、起きると、兄さんの

こと、ステファンがお母さんはいないと

言ったこと、エドの意味不明な発言のこと

までも、すっかり忘れていた僕は、

これから行くアムズって、

どんなところかな?

ワクワクした気持ちで、いっぱいだった。


「先発隊の人は、食事を済ませて、1時間以内に、運動広場へ来てください」

シェルター内に、電子音声が響いた。


「昨日の晩ご飯が、シェルターでの最後の食事だと思っていたけど、違ったね」

レオが笑って言うと、

「朝食が、最後だったか……」

「意表を突かれたね」

リアムとエドも笑った。

僕達は、このシェルターでの本当の最後の

食事を済ませて、運動広場へ移動した。



続々と、先発隊の面々が、集まって来た。

運動広場の中央には、まだ舞台があって、

そこには、すでにサミュエルがいた。

「そろったようですね。少し、ここで、待っていてください」

と言うとサミュエルは、

舞台ごと、消えてしまった。

「ここから、ロケットが置いてある場所へ、移動をするのかな?」

「地上へ出るのかな?」

僕達も周りの人達も、思い思いに話をして

いて、騒然としていたのに、

だんだんと、静かになってきた。

「なんだか、眠たくなってきた」

と言う人が、あちらこちらにいて、その場で

横になったり壁にもたれたりして、眠って

しまった。

「眠いね……」

僕達も、その場に寝転んで、眠った。



どれくらい、眠っていたのか……。

目を覚ますと、運動広場にはいるけど、

天井の景色が、まったく違っていて、

目を覚ました人が、順番に驚いていた。

運動広場の天井は、白一色だったはすなのに

微かに動いていて、宇宙空間みたいだった。

運動広場の中央にまた、舞台が出現していて

そこにサミュエルが現れて、


「ようこそ、アムズアスペースへ」


と言った。

どうやら僕達は、眠っている間に、

地球を飛び出していたみたい。

ということは、

この運動広場がロケットだったのかな?

サミュエルから、説明がないから、本当に

ここがロケットだったのかは不明だけど、

とにかく、僕達が無事に、新しい居住地へ

到着したのは、確かなようだった……。




僕は、中枢機関塔の近くにある広場の

ベンチに座って、ここへ来るまでの間の

ことの夢を、見ていたようだ。

座っていたベンチからちょうど、

地球が見えていた。

あれからずいぶんと年月がたって、

あのオリエンテーションで、

「慣れますよ」と言ったサミュエルさんの

言葉通り、

ここでの生活が、地球にいた頃とは、

まったく違う生活様式での暮らしが、

ごく普通の日常になったな。

それから、僕はまた、兄さんのことを忘れて

いたことを、思い出した。

兄さんは、どうしているかな?と考えながら

地球を眺めていると、

絶対に、ありえない光景を、目にした。

地球の表面の広範囲に広がっていた薄雲が、

急に動き出して、地球の大地が見えた。

地面がところどころ、盛り上がってきた。

なんだろう?

じっと目を凝らしていると、

それが大きくなってきて、というか、

こちらに近づいて来たと思ったら、

パッと、薄雲が、地球の表面を覆った。

そして、白や灰色の雲が動き出して、何と

なく文字のような形に、変化していった。

え?

嘘でしょう?

目を何回こすっても、どうしても、

「ス・カ・イ」という文字に見えた。

まさか……兄さんからのメッセージ!?

いや、いや、あり得ない。

「あの日」から何千年という月日が

たっているし、

そもそも、兄さんが地球の雲を操るなんて、

できないよね……どういうことかな?

地球に現れた文字と、にらめっこを

しながら、考えていたら、

「スカイ、スカイ!」

リアムの大きな声が突然して、

いつ来たのか分からないけど、

僕の横に座っていた。

「そんなに叫ばなくても、聞こえるよ」

耳元にあったリアムの顔を遠ざけようとして

手で顔を押そうとしたら、通り抜けて

押せなかった、というか、さわれなかった。

「あれ?」

リアムの顔だけではなくて、僕の体も

透け感があって、自分の体にさわろうと

しても、さわれなかった。

何で? と思っていたら、

体が動かなくなってしまった。

どういうこと!? と思った瞬間、

「はっ!」とした。


目の前に、リアムの顔があって、

「うわぁ」

僕は驚いて、叫んでしまった。

「あぁ、スカイ! 驚いた」

リアムも叫んだ。

「な、何?」

僕が聞くと、

「何って、テレパが終わって、話しかけようとしたら寝ていたから、そっとしておいた。撮影スポットが近づいて来たから、スカイに声をかけたら、全然起きなくて、逆に心配したよ。ずっと、スカイ! と呼んでいたのに」

リアムが、ことの経緯を教えてくれた。

「そうだったのか、ごめんね。ぐっすり眠っていたみたい。勤務4日目だし」

「そうだね、もう4日間も働いている」

リアムが、腕組みをして、

首を縦に振った。

「ところで、どんな夢を見ていたの?喜怒哀楽が、すごかったけど?」

「そ、そんなに、すごかった?」

「うん、かなり」

「アムズに来る前のシェルターにいた頃のことと、僕には、大好きな兄さんがいたことを思い出したよ。忘れていたなんて、酷い弟だよね」

落ち込んだ僕に、リアムが、

「本当だ。今、言われて、思い出した。僕も忘れていたよ。でも、こうして今、思い出したわけだし、ましな弟になれたと思うよ?」

喜んでいいのか、判断に困る、

励ましのような言葉をくれた。


僕は、夢がきっかけで、思い出した兄さんの

ことを、自分だけでは、忘れてしまいそう

だから、レオ、エド、ステファンにも話を

して、兄さんを探していること、

ロゼにも探して欲しいと頼んだことを、

一緒に覚えていて欲しい、とお願いをした。


そもそも、「あの日」から、

すさまじい年月がたっていて、万が一にも、

生存の可能性は、ないに等しいのは分かって

いるし、ロゼを探して、捜索した結果はどう

だった? と聞けばいいだけかもしれない。

でも、聞いてしまうと、何かが終わって

しまう気がして、「探している」ということ

だけを、忘れずに、いたいと思った。

自分勝手だね、僕……。



地球環境モニター室にいたレオ達と、

話をしていたら、

「目標まで、あと1分」

ベゾルクのスピーカーから、音声が流れて

きた。


「ベゾルク」とは、

「ベゾニソル・オクヴィディギーロ」と言う

画像や動画、リアルタイムの映像などを

映しだす、壁や机など、ありとあらゆる

場所やものに設置ができる、埋め込み式の

機器。


それを聞いて、

「わぁ、大変!」

僕とリアムは、慌てて、配置に着いた。

「目標まで、カウントダウン。10、9、8、7、6」

「5、4、3、2、1」

電子音声と一緒にカウントダウンをして、

カメラのシャッターボタンを押した。

撮影した写真を、ルーカス室長に見せる前に

確認しようと、ベゾルクに映して、

僕の撮った写真を見た瞬間、

「なんじゃこりゃあ!」

つい叫んでしまった。

その声を聞いて、ルーカス室長が慌てて、

「どうした?」

かけつけた。

「見てください。この撮影で終わりだったのに……」

リアムが悲しそうに言った。

「これは、薄雲かな? 仕方ないよ、自然現象だから。残業だね」

ルーカス室長は、僕とリアムの肩を

「ガンバレ」と4回ずつ、軽くたたいて、

自分のデスクに戻って行った。

「リセットするよ……」

僕は、ベゾルクの上に埋め込まれていた、

撮影場所に到着する時刻を表示してくれる

デジタル表示のタイマーを改めて、

セットした。

そこに表示された時刻は、

32時間40分と、21秒後だった。

「2日ぶりに天気が良くなって、写真が撮れると思ったのにね」

ぶつぶつ2人で文句を言っていたら、

「帰っていいよ」

ルーカス室長が言った。

「え!? 帰っていいのですか?」

僕達は、瞳をキラキラさせて、手を胸の前で

組んで、祈りのポーズをした。

「そこの写真は、俺が撮っておくよ。ごめん、もう4日間勤務してくれていたのを、忘れていたよ」

ルーカス室長が片手で、ごめんのポーズを

した。

「あ、本当ですね。僕も忘れていました。ショックのあまりに」

僕がと言うと、

「さっき、もう4日目だって、話していたのにね」

リアムが笑って言った。

帰る支度をして、

「お疲れさまでした!」

元気よく挨拶をして、

僕とリアムは、地球環境モニター室を出た。


勤務体制は、部門によって違うけど、

最大で、連続勤務は4日間までと、

決まっている。

僕が、所属している地球環境モニター室では

3日勤務の1日休みが基本で、

写真の撮り直しや作業が中途半端な時には、

勤務が3日目だと、残業をして、

4日間勤務で、2日間休みになる。

3、4日勤務して、

1、2日休みのサイクルは、地球上でなら、

いい感じだと思うけど、

ここの1日の労働時間は、地球上とでは、

比べものにならない。

なぜなら、3、4日間、ぶっ通しで働く

からだ。

時計が刻む時間の流れは、地球上と同じに

してあるけど、体内時計というか、

体が感じる時間の経過する速度が、

すこぶる遅い。

地球上の1日は、生体ヒューマンの人だと、

5日程度になるので、

3、4日間は、眠らずに起きていることが

できる。

ヒューマンボウルの人だともっと長くて、

地球上の1日は、10日間くらいにあたる。ヒューマンボウルの人は、極論を言うと、

体は機械だから、エネルギーを補給すれば、

365日、24時間、眠らずに休憩もせずに

ずっと動くことができる。

だけど、10日間くらい起きっぱなしで活動

していると、寝転びたいとか眠りたい、

という気持ちが、湧いてくるらしい。

だから、ヒューマンボウルの人も、所属先で

多少の違いはあるけれど、10日間勤務で、

2日間休みというサイクルが、基本になって

いる。



○次回の予告○

『番外編・シータとリリアさん』






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