ジュラガカン

宮塚恵一

大怪獣ジュラガカン

 唸り声が聞こえる。地響きが天をつんざく。

 轟々と嵐が吹き荒ぶ。


 海上自衛隊による侵攻阻止作戦も虚しく、蔵河島から現れた怪獣は太平洋から南紀白浜に上陸した。


 遂に来てしまったか。


 特殊災害対策本部で実質的な指揮を任されていた紫尾田しおたは、責任を負いながらも怪獣を止めることができなかった忸怩じくじに苛まれた。


「蔵河島に伝わる嵐の神の名を取り、特殊災害をガカンと呼称する」

 怪獣の侵攻阻止の為の作戦会議中、紫尾田は相手取る敵の名を高らかに宣言した。

 恐竜のような体躯にライオンのような顔を持つガカンは体長約140mの、正に怪獣としか呼称しようのない存在だ。そんな存在が一体どこから現れたのか、疑問は尽きないが、まずは奴の被害を少しでも食い止めることが先決だ。


 小笠原群島よりやや北西、大陸棚に差し掛かる海流が渦巻く地点に位置する小島である蔵河島。そこに祀られる地主神である寿羅嘎冠ジュラガカンの名をとって、紀伊半島を侵攻し続ける怪獣の名は命名された。


 その後の侵攻阻止作戦失敗を経て、紫尾田は侵攻を続けるガカンの映像を前に、再度本部の皆に意見を求めた。


「ガカンの脅威は上陸前からあおられ、南紀白原周辺の人々の避難は済んでいるが、このままガカンの進行を許せば、確実に大きな人的被害が出る。問題は奴の周辺に滅多なことでは近づけないということだ」


 ガカンが上陸しただけで、ただでさえ甚大な被害なのだ。

 近年、小笠原群島周辺で突発的に発生していた強風により、漁船等が消息不明になる事件が多発していた。長らく原因不明だったそれらの事故の原因こそガカンであることが判明している。


「先の上陸阻止作戦の折、玖村君が指摘したように、ガカンの周囲に発生する強風は、ガカンが咆哮した丁度その地点を中心としている」


 先進物理工学専攻技師の玖村は大きく頷いた。普段は丸眼鏡をかけておどおどとした様子の小太りの男だが、作戦が始まってからは各セクションへの専門的な目線での指示に徹底してくれた、頼りになる部下である。


「残念ながら現在は未だ仮説ですが、ガカンは空間を食べている。そう捉える他ありません。ガカンは咆哮の後にその空間ごと空気、微細な電波、微生物、鳥獣などを捕食し、エネルギーとしている。奴の無尽蔵にも思えるスタミナと、幾ら攻撃を加えても回復する脅威の身体能力の源がそこにあります」

「そして、空白状態となった空間に一気に空気の流れがうまれ、疑似的な小ブラックホールとでもいうべき存在となっている、だったな。全く、信じられん」


 そんな怪物相手にどう立ち回ればいいのか。特殊災害対策本部の皆が顔を突き合わせて出した結論は、ガカンの吸収範囲にを混ぜることだった。


「GC-01。蔵河島の社に祀られていた御神石の成分を分析した結果、そこに含有されていた細菌の持つポリアミノ酸が、ガカンのエネルギー吸収を阻害する酵素として働いている。それ自体は侵攻阻止作戦でわかっていることです」


 ああ、と紫尾田は肯定した。ガカンは間違いなく、GC-01を摂取すると侵攻速度を大きく下げた。それどころか、GC-01を摂取した後には、戦車等の通常兵器の攻撃でも、表皮部分からの出血を確認している。

 今はGC-01の合成に、各所で尽力してもらっている。厳しい戦いではあるが、これは人類側とガカン、どちらが消耗するのが早いかの勝負にまで持ち込めた。


「およそ1tのGC-01。岡山研からの提供が届きました。次の咆哮時、大量投入が可能です」

「その際、白浜の街は甚大な被害を被ることにはなるが……」


 やむを得ない。紫尾田は早速、ガカンの侵攻ルートにGC-01の運搬をするように陸上自衛隊への要請を進めた。

 ガカンは静かに歩みを進める。そしてガカンの周りを渦巻く突風が止む頃、ガカンは大きく口を開けた。


「来るぞ! 近くに残る隊員はすぐに退去しろ!!」


 ガカンが咆哮した。その唸り声は天を劈く。

 同時に、ガカン周辺の街々が音を立てて軋んでいく。家屋が、ビルが、電柱が、木々が、全てがガカンの咆哮した一点に流れ込み、消えて行く。恐ろしい光景だ。こんなものが、更に日本を進んでいけば、この国は終わる。


「だが──!」


 紫尾田が支持した通り、ガカンの進行ルートに仕掛けられたGC-01入りの散布剤が、ガカンの咆哮する瞬間に空気中に蔓延する。

 およそ1tの毒! それがどれだけガカンに作用するか確証はないが、それでもこれまでガカンに取り込ませた総量を上回る。


 絶望の光景は、希望の光でもある。


ー!」


 ガカンの発生する突風にも耐える超重量級戦車から、複数の砲弾がガカンに浴びせられる。


 ガカンの咆哮とは違う、鈍く重低音な砲音と着弾音が響く。

 紫尾田や玖村を始めとする特殊災害対策本部の皆は、その様子を映像モニター越しに固唾を飲んで見守った。


「やったか?」


 モニターに映るのは、頭の右半分を失い、全身から血を流して停止するガカンの姿だった。


「やった! やりましたよ!」


 玖村が喜びの声を上げた。確かにあの姿では、もう終わりだと思うところだ。だが、紫尾田は得体の知れない悪寒を感じていた。


「本当に終わったのか?」


 紫尾田のその疑問には、すぐに最悪の形で答えが出た。

 

「ギギャオオオォォォ⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎!」


 ──ガカンが、吼えた。


 同時にモニターの映像が途切れた。作戦本部の照明も消え、辺りが暗闇に包まれる。


「どこか! どこか映像は繋がらないのか!?」

「今やってます!!」


 紫尾田の半ば混乱した叫びに、通信担当の武藤が同じくらい大きな叫びで答えた。


「繋がりました! ……あ」


 届いた映像を見た瞬間、武藤は声を失い、腰を抜かす。


 紫尾田はすぐに、繋がった映像をモニターに映し、そして同じく声を失った。


 なんだ、これは。


 先ほど、勇気ある自衛官達の活躍により、顔を損壊した筈のガカンが、無傷で立っている。

 それだけではない。


 ──ガカンの周りには何もなかった。


 街も、地面も、海も、全てがくう

 ガカンだけがそこに存在し、自身を映す衛星を睨むかのように、そらを見上げていた。


「こんなもの……」


 どう、戦えと言うのだ──。

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