第5話 一生分の絶望を一言で

 俺は今、幼馴染の愛梨とベッドで隣り合わせに座っていた。

 向けられるのは俺のチャネルが映ったスマホ⋯⋯登録者数が二万人を突破している。


 「これ、日向くんだよね?」


 「おいおい待て。整理しよう。確かにアバターは後から変えられるし、日陰さんの装備的にそれくらいの金はあると思う。⋯⋯多分。でも、声を変える様な装備をしてないから声は素だ。それに俺はダンジョンに行った事が無い。父さんも言ってたろ、ずっと家に居るって。なのに、なんで俺だと思うんだよ」


 くっそ。

 もう少し考えてやるべきだったのかもしれない。

 リイアたんに近づいて、貢ぎたいと言う軽い気持ちで始めるんじゃなかった。

 せめて初期装備の状態でやれば、ある程度の誤魔化しは出来たかもしれないのに。


 「確かにそうだよね⋯⋯そこが分からないんだ。でも、日陰くんは日向くんだよ。私には分かるもん」


 「幼馴染だから? そんなのはフィクションの中だけだ!」


 「⋯⋯違うもん。別に、幼馴染だからって理由じゃない」


 「じゃあなんだよ!」


 いくら親しい中でも分かる筈がない。


 「⋯⋯す、⋯⋯⋯⋯歩き方が同じだよね。剣技も」


 「え」


 「私と日向くんは同じ師に剣を習っているんだよ? しかも小さい頃からずっと家族のように過ごして来たでしょ? 分かるよ。歩き方の癖、剣を振るう時の癖、呼吸の仕方、視線の動き方⋯⋯根っこから染み付いたモノは姿形を変えても変わらないよ」


 ⋯⋯そうだった。

 愛梨は俺の父に習っているんだ。

 確かに⋯⋯剣術を見たら分かるのかもしれない。


 「確信はあるのか?」


 「うん」


 「そっか。なら残念だな! もう一度言うが、俺はダンジョンに行った事か無いし、データ世界にも行った事もない。少し詳しいのは動画を見ているからだ。それ以上でもそれ以下でもない。そろそろ帰ってくれ」


 家族のような関係⋯⋯そうかもしれない。

 愛梨は小さい頃から両親の帰りが遅くて、いつも俺達のところに来ていた。いや、俺が誘ったんだっけ?

 それを俺の両親は受け入れていたし、俺も受け入れている。


 だからこそ、日陰と日向が同一人物だって知られたくは無い。

 ⋯⋯だって、女の子口調を心がけて、必死に『日陰』と言う人物を作り上げたんだから。

 知られたくないよ。恥ずかしいだろ!


 帰ってくれ。帰ってくれ!


 「認めないの?」


 「だから、違うからどうしようもないだろ!」


 「認めないなら日向くんの理想を壊すよ?」


 「はっ! やれるものならやってみろよ」


 俺の理想を壊す?

 二次元的な発想を現実的な発想で潰すのか?

 悪いが、俺の二次元愛は簡単には揺らがないぞ!

 壊せるものなら壊してみろ!


 「これ見て」


 見せられるスマホの画面は俺の最推しリイアたんのチャンネルだった。

 ただ、視聴者側とは少しだけ画面の配置と言うか見た目が違う。

 なんで、投稿やライブ機能が存在しているんだ。


 ⋯⋯あれ?


 俺はリイアたんの聞き慣れたような、昔馴染みのような、とても落ち着く大人しい声が好きだ。

 冷静に考えると⋯⋯その声は愛梨にどことなく似ている。


 「う、嘘だ」


 「嘘じゃないよ。私は日向くんの大好きなVTuberリイアだよ。リイアを反対から呼んだら愛梨だし。安直だけど、日向くんも結構安直だから文句は言わないでね⋯⋯日向くん?」


 「嘘だ嘘だ嘘だありえないありえない」


 毎日聴いているリイアたんの声が傍に居たのに気づかなかったのか? この俺が?

 そんなのあってはならない。認められない。認めてはならない。


 俺はそんなに現実とネットを切り離した生活をしていたのか?

 現実なんて本気でクソだと思い、自分の世界は二次元にしかないと思っていたのか。

 だから、俺は現実に目を耳を向けなかった。

 そのせいで、愛梨の正体に気づかなかった。


 ダンジョン攻略の実況も、トークも、全部愛梨だったのか?

 俺が集めておグッズも、ごく稀にやる雑談配信に投げたスパチャも、全部愛梨に⋯⋯そんな。


 「嘘だ。そんなの⋯⋯あってはならない」


 「ちょ、日向くん! 流石に私でも擁護出来ないぐらいにやばいよ! 戻って来て! だから日陰だって認めてくれたら良かったのに!」


 俺はこの日、人生で一番と言っても過言では無い絶望を味わった。


 精神の弱った俺は全てを自白してしまった。

 呪われたスキルやガチャスキルについて。

 愛梨とリイアたんの境目が曖昧になり、俺は途中からリイアに向けて言っている気分になっていた。


 どっちが本当の愛梨なんだ?

 ただ、普通の幼馴染だと思っていた愛梨が俺の推し?


 「これから俺は何を応援して生きていけば良いんだ⋯⋯死にたい」


 「ねぇ、そこまでの事? すっごい話を全部教えてくれたのに、考える事それ?」


 「はは。良いさ。もうこの世に俺は居ない。俺はデータ世界に引きこもる」


 十億集めて、データ世界に入れる権利システムを買おう。

 そこで俺は生きるんだ。


 「そしたら日向くん、ずっと美人の日陰くん状態だね」


 「ちくしょう俺が何したって言うんだ! なんで強制TSされないといけないんだ!」


 く、クレームだ。

 神にクレームを入れてやる!

 ⋯⋯ちくしょう百億円ぅて高すぎるだろ!

 しかもたったの一個しかクレーム入れられないって、どんなクソ仕様だよ!


 「愛梨はリイアたん、なのか?」


 「⋯⋯違うよ。私は愛梨。少なくとも現実は愛梨。ネットの世界はリイアだよ。現実とネットは違う世界。だから私とリイアも違う。中身は同じでも別人だよ。日向くんと日陰くんのようにね」


 「⋯⋯愛梨、ありがとう」


 「うん。なんか複雑」


 そうだよ。

 データ世界の俺は完全に別人のアバターなんだ。

 だったら、ネットのVTuberであるリイアも別人だ。

 いくら声が一緒だからって言っても、愛梨とリイアの名前が近いと言っても、別人なんだ。


 俺が応援しているのも、貢ぎたいと思っているのも、全部リイアたんなんだ。


 「これからも頑張ってくれよ、リイアたん!」


 俺は壁に貼られているポスターに声を上げた。


 「⋯⋯切り裂いてやろうかしら」


 「愛梨お前、なんて恐ろしい発想をするんだ。俺を殺す気か?」


 「寧ろこの部屋の物全部壊したいって思ってるよ。その方がスッキリする」


 「俺に死ねと? 愛梨、俺の事そんなに嫌いだった?」


 「別にそんなんじゃないし! ⋯⋯二次元ばっかで私を見てくれないじゃんか」


 「あ、何?」


 「なんでも!」


 最後の方が上手く聞き取れなかった。

 もう少し耳を凝らして聞いておくか。


 「で、これからどうするの?」


 「どうするって。そりゃあオタ活及び推しの為にダンジョン探索は続けるつもり。ただ、モンスターカードの売却は色々と考える。三級売ったら凄い騒がれちゃって」


 「無知め」


 「返す言葉もございません」


 配信も続けよう。

 配信者として人気になって、リイアたんとコラボとまでは行かなくても、プレゼント出来る程の距離に近づきたい!


 そのために配信者になったんだし!

 折角の呪いスキルだ!

 後ろ向きではなく、前向きにポジティブに考えていこう!

 声も変わるんだ! 愛梨のような人が見ない限りバレはせん!


 「ガチャ引くにしてもエネミーを大量に倒さないとな」


 「ねぇねぇ、そのスキルってどんな感じ? 見たい!」


 「スマホの中で出来るし、良いよ」


 俺はスキルを開いて見せた。

 スマホの中で完結するスキルはデータ世界じゃなくても使える。


 「へぇ。色々あるね。ノーマルガチャにイベントガチャねぇ」


 「は、イベント?」


 確認すると、確かにイベントガチャの項目が存在していた。


 知らない。昨日ではなかった。

 つ、追加されている。


 「メイドイベント⋯⋯シークレットがある」


 かなりの数存在する。全部がメイド。

 シークレットの存在がめっちゃ気になる。


 「メイド⋯⋯」


 「日向くん?」


 「絶対にシークレットを引かないと。これは放課後からダンジョンに行かないと!」


 「日向くん⋯⋯剣の道には戻らないんじゃないの?」


 「剣の道じゃなくてガチャの道だから! 今更染み付いた剣術は手から離れないって」


 「そっか⋯⋯私も協力するね。先輩としてね」


 「うん分かった。⋯⋯え?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る