短編集

@souon

ピンク、オレンジ、ブルー

秘密を作った。多分、16年の人生で初めてだ。

金曜日の夜に、ママに内緒で塾をサボッて、会いに行く友達のあだ名はきぃちゃん。ブリーチしすぎて傷んでるオレンジ色の髪の毛が、肩のところであっちこっちにはねてて、櫛を通すときぃきぃ言うから、きぃちゃん。あたしの知らない三年生の女子の先輩がつけたあだ名らしい。

「こういうホテルって、女の子ふたりでもはいれるんだね。知らなかった」

あたしは、きぃちゃんの足元に頭を向ける格好でダブルベッドに寝転がった。シーツに投げ出されたきぃちゃんのくるぶしが目の前にあって、白くて、柔らかで、生まれたばっかりみたいなくるぶしだなと思った。少しだけ指でつついてみたら、きぃちゃんは嫌そうに眉をしかめて、あたしから足を遠ざけた。

「ねぇ、きぃちゃん、あたしね、昨日初めてママのことアンタって呼んだの。ピンク色のスカートもね、あたし、ホントはだいっきらいなのよって、ママに言ってみたの。そしたらあの人、あたしの頬っぺたをバチーンって叩いて、それからまるで自分がひっぱたかれたみたいに青い顔するの。おかしいの」

あたしは、きぃちゃんがきぃちゃんのママのことを「あの人」と呼ぶときのさっぱりした言い方がとても好きで、時々口真似をしてみるんだけど、あたしの言い方じゃあ、どう頑張っても拗ねたような不恰好な感じがするから好きじゃない。

ドキドキしながら打ち明けた小さな冒険談は、きぃちゃんにとってはきっとつまらないものだけど、きぃちゃんはあたしの話をバカにしなかった。代わりに、一言も口を挟まないであたしの話を聞いてから、興味無さそうに言った。

「ふうん、変なの」

きぃちゃんの声は、寒い冬の朝、木立の枯れ葉が風に吹かれるときのざわめきに似ている。あたしはいつも、音の小さいオルゴールに耳をかたむけるような気持ちで、きぃちゃんの声を聴く。

きっとこれから先ずっと、きぃちゃんのことをママに話す日はこない。色々言われるのがうるさいとか、きぃちゃんのことが恥ずかしいとか、そんなんじゃない。ママにも、他のどんな大人にも、あたしたちの関係を勝手な名前で呼ばれたくないから、話さない。

きぃちゃんはあたしだけの秘密。あたしの半身。金曜日の夜の友達。

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