夢見た尖塔の都市

「オックスフォード? なんでまたオックスフォード」

「いいじゃんべつに。一度行ってみたかったんだよ」


 カフェの丸テーブルから身を乗り出すようにして尋ねる友人を一瞥すると、その人はむくれたように答えた。

 お昼を過ぎた学内のテラスはいつものようにがらがらであった。

 

「シェイクスピアならエイボンでしょ」

「べつに必修だから受けてるだけだし。そこまでシェイクスピアに思い入れないし」

「じゃあイギリス英語を身につけたいとか?」

「まさか」

「クイーンズイングリッシュ綺麗だよ?」

「知ってるでしょ僕が英文学部に入った理由」

「えっとなんだっけ、わっかんない」

「新聞で偶然見つけた後期追加募集の広告」

「あ、そうだったそうだった」

「ふーん?」

「たしか、受験の日に謎の高熱に襲われて、なんとか点滴打ちながら試験を受けたはいいものの、見事に全滅したって話でしょ。知恵熱出すような性格でもないだろうにね」

「失礼な。点滴はちゃんと打ってから行ったよ」


 その人はフォークを掴むと冷めきったタラコパスタを頬張った。

 それから三文役者のようにそっと独りごちる。


「結局その程度の学力しかなかった。それだけだ」

「なにそれウケる。ハムレット風?」


 その人は返事はせずにもぐもぐしながら頷いた。


「まあそんなこともあるって。なんかワルいね、3ヶ国語も話せちゃって」

「べつに。君は君だよ」


 その友人も人知れず苦労してきているだろうにそういうところは一切見せないのだった。


「それにしたってもっと興味の持てそうな学部にすればよかったのに」

「たまたま歴史なしで受けられる学部が英文学部だったんだよ」

「世知辛いねぇ」

「はぁ、まだハムレットの台詞半分も覚えてないよ。落としたらどうしよ」 

「なんとかなるって」


 学内にあるテラスはお洒落ではあったが、味の良さを求める学生たちは皆、外のお洒落で美味しいカフェへと出かけるのが通例であった。


 無論、その人とてお洒落で美味しいお店は好きであったが、数少ない友人と気兼ねなくお喋りしながら普通のパスタを頬張るこの時間もまた、好ましく思っていた。


「それにしても。まさか千秋が留学する日がくるなんてねぇ。寂しくなるよ。どれくらいで帰ってくるの?」

「10日」

「は?」

「だから10日。ほんとうは1ヶ月くらい行きたかったけどバイトあんまり稼げなかったから」

「またあの頭痛?」

「まあね」

「え、でも頭痛持ちが飛行機って平気なの?」

「平気でしょ。病人や子どもだって乗るくらいだし」

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