第107話 静粛にっっっっ!!

「そろそろ部屋に戻って良いですか?」


 礼拝堂にいたら頭がおかしくなっちゃいそう。正気を保つため、振り返って出口に向かおうとして足を一歩前に出す。


 法衣服を着ているシスターが数十人いた。ベンチに座って祈りを捧げている。


 いつの間に集まったんだ!?


 背後にミシェルさんが抱きつき、耳に唇が当たる。


「みな、イオディプス様のお姿を見て感動しております」


 ぞわっとして、全身の毛が総毛立つ。


 感じたことのない恐怖を感じた。今すぐ逃げ出したいけど海に囲まれた島では、それは不可能だ。今はチャンスを待つしかなさそうだった。


「彼女たちにお言葉を」

「一体、僕に何を期待しているの?」

「私たちと共に生きること、です」


 重いーーーーっ!


 結婚する相手に言うようなことじゃないかッ!


「どうぞ、お願いいたします」


 逃げ場はなく、彼女たちに頼らなければ食事すら満足にできないので、怒らせるわけにはいかない。


 何かを言えば満足してくれるのであれば、ここは受け入れるべきだと思う。


 前を向いてベンチに座り、拝んでいる女性たちを見る。


「初めまして。イオディプスです」


 言葉を発しただけで全員が涙を流し、数名は倒れてしまった。


 男性に飢えている世界だとはいっても異常な状況だよね。これ。


 どうしよう。


 やっぱり帰りたい。


 後ろに下がろうとしたら動かなかった。ミシェルさんに体を押さえられているみたい。


 やっぱり逃げられない!!


「早く次の言葉を」


 再びベンチに座っているシスターたちを見た。状況は変わっていない。泣いている。


 この場にいる全員、イマジナリー彼氏がいるはずなのに、どうして僕を崇めるんだろう。


 今はそんなことを聞いても答え得てくなさそうなので、違和感をグッと飲み込み、意を決して口を開く。


「みなさんとお会いできて嬉しいです。しばらく滞在すると思うので、優しくしてくれると嬉しいな」


 シスターさんがバタバタと倒れていった。しかも叫びながら。


 恐怖しかないんだけど。


 イマジナリー彼氏と一緒に過ごして、僕のことは忘れて欲しい。


 ふと、体が自由になった。ミシェルさんが離れたみたいだ。


「静粛にっっっっ!!」


 凜と透き通る声が礼拝堂に響き渡る。


 他人を従わせるような力を感じ、周囲は静かになった。


 ……とはいえ、半数近くは気絶して倒れているんだけどね。


「イオディプス様のありがたいお言葉を聞きましたよね? 今日からこの聖地に、開祖をも越えるSSランクスキル持ちの男性が過ごされることとなります。決して暴走せず、失礼なこともせず、良き隣人である心の中にいる男性と相談しながら細心の注意を払って動くように」


 学校の先生みたいな説明だった。


 違う点があるとしたら隣人の存在だろう。


 奪い合わないようにと、妄想で創り上げた男性だ。


 僕は彼氏だと思っていたけど、もう少し複雑な関係なのかもしれない。道を踏み外さないよう、導く役目も担っているのかも。


「では、みなさんお仕事に戻ってください」


 パンとミシェルさんが手を叩くと、起きているシスターたちがフラフラと立ち上がり、礼拝堂を出ていく。


「倒れている方はどうするんですか? 早く手当してあげたほうが良さそうですよ」

「優しいお言葉ありがとうございます。すぐに治療室へ連れて行きますから、イオディプス様はこちらに行きましょう」


 すーっと手が伸びて僕の腰に回った。


 密着した状態で礼拝堂の奥にあるドアの前まで移動した。


「この先にはポンチャン教の聖遺物があります」


 具体的な説明されず、中に入っていく。


 石造りの小さな部屋だ。奥に台座があってパンツが飾られていた。


「あれは開祖がはいていたと言われている水着です。魔道具化されていて水の中でも呼吸ができ、泳ぐ速度も上がるとか。世界最高の男性であるイオディプス様が身につけるべきものです」


 えええッッ!!


 嫌だよ。他の男が履いてた水着を着るなんてッ!


 せめて女性が身につけていたものなら許せるんだけど。


「僕にはもったいないです。汚れたり破けたりしたら弁償できません」

「ですが、履いた姿を見るのが我々の悲願で!」

「だとしても、です」


 流されやすい僕だけど、キッパリ断った。それほど嫌なんだ。


「……そうですか。残念です」


 狐耳と尻尾が力なく垂れてしまったけど、それはミシェルさんの作戦に違いない。気にしたらダメだ。


「では、城の外をご案内いたします」


 礼拝堂の一件でお腹はいっぱいなんだけど、安全のためにも周囲の環境を把握しておくのは悪くない。教えてくれるなら歓迎だ。


 ミッシェルさんに連れられて城を出ると、一本角の生えた馬が二頭つながれている馬車が用意されていた。


 すごい。ユニコーンだ! 興奮のあまり近づいてみると、甘い鳴き声を上げて頬ずりをしてきた。すごく人懐っこい。


「童貞にしか懐かないと言われているユニコーンがイオディプス様に……ということは……あぁ! なんてことでしょうっっっっ!!」


 手を組んで膝をつき、ミシェルさんが祈りを捧げ始める。


 変な妄想をしているのは間違いなく、関わりたくないので無視することにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る