第70話 テレシア:地震か?
イオディプス君と楽しい交流を終えた一週間後、男性特区の巡回を終えて衛兵所に戻った。
一階に作られたロビーには待機している衛兵が五人ほどいる。テーブルを挟んで椅子に座っており、カードゲームを楽しんでいるようだ。
女の臭いが室内に充満していて自然と眉間に皺が寄ってしまう。
また彼から男性成分を補充せねば。
「暇なら巡回してこい」
声を聞くと一斉に私を見て慌てて立ち上がった。
支給品の剣を手に持つと、逃げるようにして外へ出てしまう。
あいつら謝ることすらしなかったな。次の査定で勤務態度の項目を下げておくか。
ロビーを進むと二階と地下に行く階段が見えてきた。上に行けば事務員や資料をまとめている衛兵たちがいて、下には重要人をとらえておく留置所がある。
私は迷うことなく地下へ向かう階段を進む。
捕まえた人がある程度快適に過ごせるように気を使って設計しているため、他のフロアと機能性は大差ない。ちゃんと暖かいし、空気の循環もできている。女臭いところは残念だが、まあそこは諦めるしかないか。
地下一階に着くと、警備担当の待機部屋に入る。
談笑している二人の女性がいた。革鎧ではあるが防具を着込んでおり、近くに室内でも振り回しやすいショートソードが立てかけられている。ゲームをしている様子はなく、真面目に働いているようだ。こいつらの勤務態度は問題ないな。
軽く手を挙げると、二人が頭を下げた。
ふむ。上司への気づかいも問題ないと。
次の査定で評価を上げてやってもいいか。
警備担当の部屋にあるドアを開けると、細い通路が見える。左右に鉄でくつられたドアがいくつもついていて、中には保護した重要人物が入っている。
奥に行くほど重要度は上がっていき、最奥にはツエルが過ごしている。
少し前まで妥協ラインとしてありかなと思っていた男性だが、イオディプス君という極上品を知った後だと、二度とそんな考えは持てない。ツエルのスキル、顔、体型、性格、そのすべてが劣化品のように感じてしまう。
通路の最奥についたので、男性の力では開けられないほど重いドアを開ける。
つんとした汗の臭いが鼻を刺激して吐きそうになってしまった。発生源は部屋の中心で仰向けになって寝ているツエルだ。風呂に入ってないせいか、とにかく臭い。最悪だ。
しかもイビキをかいているようで、豚のような泣き声が聞こえる。
なんだこいつ?
本当にイオディプス君と同じ性別なのか?
あまりにも醜い。今すぐにでも顔面を踏みつけたくなるが、ああ見えても貴重な男性だ。傷つけてしまえば罪に問われてしまうので我慢するしかない。
袖で口と鼻を隠しながらツエルに近づくと腹を軽く蹴る。
「おい。起きろ」
「誰だ」
寝たまま首だけを動かして聞いてきた。
私が暗殺者だったら殺されているところだぞ。甘やかされて生きてきたせいで、警戒心というのがなくなってしまったようだ。
「さっさと立て。お前を別の場所に移動する」
ついさっきダイチを見たと目撃証言があったのだ。そのため衛兵は人が多い場所を中心に捜査をしている。街中は大騒ぎだ。
今も必死に探しているのだが、逃げ出したダイチの痕跡は見つからない。
追われていると気づいて大人しくしてくれれば良いのだが。
ツエルが衛兵所にいるという噂も流れているようだし、ここも安全ではないので別の場所に移そうと思ったのだ。
「いやだ。歩きたくない」
「ふざけるな! お前に拒否権はない」
思わず少しだけ力を入れて腹を蹴ってしまった。
ごろりと転がったツエルは咳き込んでいる。
「男の俺に暴力を振るったな。訴えてやる!」
「好きにしろ」
たとえ本当に訴えたとしてもイオディプス君が助けてくれるという確信がある。伝説の存在として伝わるオリハルコンのような美しさを持つ彼の願いなら、法をねじ曲げてでも言うことをきいてくれることだろう。
だから、こんな脅しに屈する必要はないのだ。
足を掴むと引きずりながら部屋を出ようとする。痛いと叫んでいるが無視していると、足下が揺れた。
「地震か?」
珍しいことではあるが、たまに起こる。すぐに収まると思って足を動かそうとしたら、さらに大きな振動を感じた。
続いて足音が聞こえると警備部屋にいた衛兵が入ってきた。
「侵入者です! 敵が来ました!」
「人数は?」
「三人です! 相手の方が強く、我々では止められませんっ!」
鍛えた衛兵たちがかなわないとなれば、私が出るしかないだろう。ツエルの足を手放すと剣を抜く。
「お前はツエルを守れ」
部下に命令すると、すぐに走り出して警備部屋の中に入る。
見たことのない顔が三つ。驚くことにそのうちの一人は男性だった。
「女はさっさと倒せ」
見知らぬ男性が命令するとスタッフを持った女が襲いかかってきた。スキルを使って対抗しようとするが、何故か発動しない。
戸惑ったのは一瞬。だがそれは致命的な隙になってしまい、頭を殴りつけられて倒れてしまった。視界が真っ赤になる。脳を揺らされたみたいで体は結うことを聞かず、遠ざかる三人の足を見送ることしか出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます