第44話 健康的で美しいと思います
外は嵐で物音が激しかったのに、一度も起きることなく熟睡してしまった。思っていた以上に移動で疲れていたようだ。
目覚めるとレベッタさんたちが抱き付いていたのは驚いたが、襲われてなかったから良しとしておこう。彼女たちは、たまに暴走することはあるが自制心はある。今後も大きな問題が起きることはない……はずだよな?
誰も起こさないように慎重に動いて立ち上がると、外に出る。もわっとした湿度の高い空気と青臭い匂いが俺を包み込んだ。上を見ると青空が広がっている。晴天だ。今日からゴブリン探しはできそうである。
家から一歩踏み出すと地面が沈んで足跡が付く。雨のせいで柔らかくなっているのか。これなら足跡を探すのも楽できそうだ。
みんなが来る前に、近くの井戸で体や顔を洗ってから柔軟体操をしていると、村人たちは鍬をもって外に出てきた。女性しかいない村だからか、上半身は胸に布を巻いただけの姿。半裸だ。農業でほどよく引き締まった筋肉が健康的で、美しさすら感じる。俺は今、女性の姿をしているんだし、遠慮なく見させてもらおう。
「イオちゃんは、ああいう人が好きなの?」
女性達が歩きながら談笑している姿を見ていると、レベッタさんが声をかけてきた。
「そうですね、健康的で美しいと思います」
「だったら私は?」
「え?」
予想していなかった反応をされたので、驚きながら振り返る。
下着姿だった。上半身は村人達と同じで胸に布を巻いているだけ。下半身は薄い生地のパンツだ。よーく見れば生地の下に頭髪と同系色のアレも見える。
「な、なんて姿しているんですかッ!」
「感想を聞かせてもらえないかな」
今まで女性といえば母さんという狭い世界で生きていた俺に、なんて難易度の高いお願いをしてくるんだよッ!
そりゃぁさ。俺だって健全な男子だ。胸も大きいし、魅力的だと感じるよ。そりゃぁ下半身だって元気になるさ!
「言わないとダメですか?」
「無理にとはいわないけど、教えてもらえると嬉しいな」
女性にここまで言わせて何もしなかったら男が廃る。恥ずかしいのはお互い様だし、きっちりと言うべきか。
深く息を吸って吐いて覚悟を決めると口を開く。
「うっすらと割れた筋肉に大きな胸、スラリと伸びた長い足。この光景を独り占めしたいと思うぐらい、全てが美しいです」
レベッタさんの顔が一瞬にして真っ赤になった。口をパクパクと動かしているが声は出ていない。なんかパンツがしめって……。
「もう、食べちゃうからっっ!!」
両手を広げてレベッタさんが跳躍したと思ったら、俺の目の前に氷の壁が出現した。ガンと痛そうな音と共に衝突する。
「ったく、油断も隙もない。イオちゃんを襲うなんて百年早いんだよ」
腕を組んで苛立っているアグラエルさんが魔法を使ったみたいだ。
周囲から冷気を放っているようで、足元の地面に霜が降りている。さすがスキルランクAの氷魔法。型にはまらない応用力があるな。
「イオちゃんから離れろ」
普段の倍ぐらい冷たい声で、ヘイリーさんがレベッタさんを引きずっていく。全身が泥だらけだ。下着も茶色く汚れてしまっているので、体を洗って着替えなければいけない。
「大丈夫だったーー!?」
短い足を必死に動かしながらメヌさんは近寄ってきたが、アグラエルさんの尻尾が絡みつき、持ち上げられてしまった。
さっきまで優しそうな顔をしていたメヌさんの表情が一変して、険しくなる。
「なんで邪魔するの?」
「これから仕事だからだ」
「だからこそ、イオちゃん要素の充電が必要だと思わない?」
「そんなもんはないから、さっさと準備してこい」
尻尾を振ってメヌさんを投げ捨ててしまった。ドアは開きっぱなしだったので、そのまま家の中へ入ってしまう。何かにぶつかった音が聞こえた。
仲間だというのに酷い扱いだった。
「大丈夫なんですか?」
「ドワーフは頑丈だからこの程度では、ケガすらしない。それよりも……」
最後まで残っていたアグラエルさんが、ゆっくりと歩いて俺の前に立つ。
「その、怖い思いをさせて申し訳なかった。気分が優れないのであれば、今日は休んでても良いからな」
「ありがとうございます。でも、全く気にしてないので大丈夫ですよ」
面識のない女性に襲われたらショックを受けていたかもしれないが、レベッタさんは恩人で、素敵な女性だと思っている。飛びかかられたぐらいで傷つくことなんて絶対にない。むしろ良い光景を見せてくれたことにお礼を言いたいぐらいだ。
ま、実際には恥ずかしくて何も言えないだけど。
「そうか。なら良かった。アイツらの準備が終わったらすぐに出るから、軽く何か食べておいてくれ」
「わかりました。アグラエルさんも食べます?」
「嬉しいお誘いだが、私は彼女たちと話し合わなければいけないので時間がない。また今度、お願いするよ」
あっさりとフラれてしまった。
モテ期が来たかなと思っていたが、勘違いだったのかもしれない。危うく出会う女性全てが俺に好意を持っているなんて痛い考えをするところだったな。
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