第42話 この場にいる全員を敵に回すつもり?

 村に向かう途中で同席していた二人の冒険者は降りた。


 急に空気がピリッとする。


「メヌ、交代制」


 鋭い眼光でヘイリーさんが睨んでいた。

 俺の下半身を触っていた手が止まる。


「どうしても?」

「この場にいる全員を敵に回すつもり?」

「……わかった。30分の交代制にしようか」


 メヌさんは俺の体を持ち上げると、ヘイリーさんの膝の上に置いた。頭をなでられて心地よく文句はないのだが、疑問は残る。本人の意思確認がなかったのだ。


 普通はいいか聞くよな!?


 出会った頃と違って、どんどん遠慮がなくなってきている。


 別に嫌じゃないから良いんだけど、どこかでちゃんと自分の意思をはっきりと伝えなければいけないと思う。状況に流されるだけでは、大切なものを見失ってしまいそうだから。


「ルールも決まったことだし、初めて依頼を受けるイオちゃんに基本情報を伝えるね」


 無知な俺にレベッタさんが色々と教えてくれるようだ。


 先ほど浮かんだ考えは頭の片隅に追いやって、話を聞くことに集中しよう。


「まずパーティー間で覚えているスキルの情報を共有して、戦いの役割を決めます」


 人差し指を立てながら、機嫌良く説明を続ける。


「私は視力強化。遠くを見れるようになるスキルだね。ヘイリーは動体視力強化で相手の動きを予測するのが得意で、メヌは鍛冶スキル。武具や道具を作るときに補正がかかるらしい。この三つはスキルランクBだよ」


 武器がハンマーだったこともあって、メヌさんは肉体や筋肉を強化するスキルだと思い込んでいた。まさか鍛冶とは。単純に種族特性として力が強かったのか。


「で、アグラエルは氷魔法でランクはA。暑いときには便利なスキルだね」


 ついに魔法を使える人に出会えた! スキルランクがAということは高度なこともできそうである。そんなすごいスキルをクーラー扱いするとは。もっと高度なこともできるだろうに。


 好奇心が止まらず、アグラエルさんの顔を見る。照れているのか頬がやや赤くなっていた。


「ヘイリーとメヌが接近戦、私が斥候や遠距離からの単体攻撃、アグラエルは範囲攻撃を担当していたんだ。そこに今回からイオちゃんが入ってくる。もう何をしてもらうか決まっているんだけど、わかるかな?」


 ついこの間まで日本に住んでいたのだ。残念ながら接近戦闘するような技術はないし、遠距離の武器も使えない。できることとしたら一つだけ。


「スキルで支援、ですね」

「正解」


 なぜかヘイリーさんが答えてくれた。良いところを取られてレベッタさんは頬を膨らませてすねているが、すぐに元に戻った。話を進めようと割り切ったのだろう。


「イオちゃんは決して敵には近づかず、一人で行動しない。私たちの誰かがいれば絶対に守れるからね」


 俺のスキルは強力だが他者がいなければ効果を発揮しない。レベッタさんの意見は真っ当で、方針に異論はなかった。


「他に注意して欲しいことは、人前ではスキルを使わないぐらいかな」

「気をつけます」

「良い子だね」


 頭を撫でながらレベッタさんは話を続ける。


「それと、スキルブースターのことがばれないよう、しばらくは雑用係として使っている形にするけど、いいかな?」


 プライドの高い男であれば激怒したかもしれないが、俺からすれば逆に「いいんですか?」と聞き返したくなるほど待遇が良い。俺のことだけを考えて計画してくれたんだろうなという、形跡が見えるからだ。


「もちろんです。異論なんてありませんよ」

「よかったーっ!」


 緊張から解き放たれたようで、レベッタさんに抱き着かれてしまった。そのままの状態でヘイリーさんから奪い取り、膝の上に乗せられてしまう。


 交代制と聞いていたので別に構わないが、もう少し優しく移動させてほしいところであった。


* * *


 村に着いたのは夕方だった。雨は止むどころか強まっている。木々が大きく揺れるほど風が吹いていて、嵐が来ているのかもしれない。


 パーティを代表してレベッタさんが村長の家に入り、依頼を受けたと説明すると、空き家を一軒貸してもらった。家具なんてないが雨風をしのげるだけでもありがたい。


 俺たちは空き家に入ると、ガタガタと音を立てている家の暖炉に火をつけ、干し肉を食べながら腹を満たしている。


「疲れてそうだな」


 アグラエルさんの声が聞こえたものの、顔を上げることは出来なかった。


 俺は干し肉を口にくわえながら頭を前後に動かし、眠気と戦っている。思っていたよりも体力を使っていたようで、空腹よりも睡眠欲が勝っているようだ。


「これを飲むんだ。ぐっすり眠れるぞ」


 コップを目の前に出されたが、意思に反して腕は動かない。


「ふむ。これは仕方がないな」


 何もしてないのにコップが口についた。アグラエルさんがやってくれたのだろう。生暖かい液体が流れてきたので反射的に飲み込んでしまった。注意深くコップを傾けているので、せき込むようなことはない。


「お休み」


 優しい笑みを浮かべているアグラエルさんが印象的だった。小さいころ、母さんが優しくしてくれていた時を思いだすのと同時に、あのときに感じた多幸感が俺を包んでいることに気づく。


 もっとこの感覚を味わっていたと思っていたが、眠気が頂点に達する。

 目の前が真っ暗になって、全身から力が抜けた。

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