第27話 ……その賭けのった

「ヘイリー! ずるいっっ!!」


 テレシアさんと争っていたレベッタさんが、テーブルを叩きながら立ち上がった。


 射殺すような目で、フォークをくわえたままのヘイリーさんを見ている。


「勝利」


 人差し指と中指だけを立てて自慢げな顔をしていた。この世界にもピースってあるんだなんて感心していると、テレシアさんが静かに口を開く。


「いつも、そんなことをしているのか?」


 静かに食事をしないから、マナーがなってないと注意するのだろう。さすがテレシアさんだ。見た目通り真面目な性格をしている。


「羨ましい?」

「…………あぁ」


 あれ? なんで羨ましいに肯定したんだ? 注意しないの?


「正直言うとズルい。私にも分けてくれ」

「断る」


 今度はテレシアさんとヘイリーさんが睨み合うことに。


 一触即発とは今の状況を言うのだろう。バチバチと火花が散っているような幻覚を見た。


 ちょっとしたきっかけで暴れ出してしまいそうだ。俺は平和な食事を望んでいるだけなのに、どうしてこうなった。何とかして二人の争いを止めなければ。


「今は食事中ですよ! 楽しく食べましょう!」


 二人は反応しない。俺の声は届いていないようだ。テレシアさんはテーブルに置いたナイフを掴んでいるし、ヘイリーさんは腰に付けている大ぶりのナイフを触っていた。


 状況が悪化しているじゃないかッッ!!


 血まみれの食事会なんてしたくないぞッ!!


 もうこうなったら手段は選んでいられない。俺も派手に動くぞ。


 テーブルを思いっきり殴った。食器からガシャンと音が出る。


 スープがこぼれてしまったから後で拭こう。


「いいかげんにしてください!」


 流石に俺の存在を思い出してくれたようだ。


 二人から剣呑な雰囲気は霧散している。


「怒ったの?」


 怯えた顔をしたヘイリーさんは俺の服を掴んでいる。目は潤んでいて眉は下がっていた。この場面だけを見たら、俺が悪者だと断言されるだろう見た目である。


「すまない。少し調子に乗っていたようだ」


 いつのまにか立ち上がっていたテレシアさんは、頭を深く下げていた。確かに怒ってはいたが、そんな大げさな謝罪は求めていない。「ごめんなさい」と言ってくれれば良かっただけなのに。


 なんだか悪いことをしてしまった気がしてきた。


「気に入らなかったら私の首を斬ってくれてもかまわない」

「それは俺が困るからやめてくださいッ!」


 テレシアさん! 考えがおかしいって!


 なんでちょっと注意したぐらいで首を斬らなきゃいけないんだッ!


 俺は戦国時代の武将じゃないんだから首なんて欲しくない!!


「もう怒ってませんから頭を上げてください」

「罰はないのか?」

「そんなもん、ないですよ。俺は皆と楽しく食事をしたいだけですから」


 話ながらヘイリーさんの手を触って、俺の服から離す。


「ね。一緒に楽しくご飯を食べましょう」

「ありがとう」


 なんと抱きしめられてしまった。俺は幸せで良いのだが、テレシアさんは笑顔のまま眉だけをピクピクさせている。


 ヘイリーさんが、可愛い舌を小さく出しているような……。


 いやいや、気のせいだ。これ以上の問題は抱えきれない。気のせいと言うことにしておこう! 


 俺は先ほどの光景を記憶から抹消した。


「さ、座りましょうか」


 何事もなかったかのように言うと、今度こそ二人は素直に従ってくれた。


 やっと食事が再開できる。


「イオ君を賭けて飲み比べだっっ!!」


 ドンとテーブルに酒の入った樽が三個置かれた。片手で持てるほどので、ジョッキより二回り大きいぐらいのサイズだ。


 レベッタさんが大人しいなと思っていたら、酒を探しにいっていたのか。


 どうやら普通の食事ができないことが確定してしまったようだ。


「具体的には?」

「最後まで意識を保っていたヤツがイオ君の隣に座って、食事のお世話をする権利。どうだっ!」

「断る。メリットがない」

「イオ君にヘイリーの痴態を包み隠さず伝えるよ? それでも断る?」

「……その賭けのった」


 痴態ってなんだよ! 気になるじゃないか!


「二人とも待ちなさい。イオディプス君は、静かな食事をお望みのようだぞ」


 テレシアさんは少し勘違いしているようだ。食事中にケンカされるのが嫌なだけであって、楽しく騒ぐぐらいなら許容範囲。むしろ好きと言ってもいいだろう。一応、誤解は解いておこうか。


「楽しくお酒を飲むぐらいなら大丈夫ですよ」


 俺が問題ないとわかるとテレシアさんは笑顔になった。

 ちょっと凶暴そうな感じが素敵である。


「それなら私も勝負を受けよう」

「よしきたっ!」


 樽の蓋を開けると三人の席に置かれる。


「勝負開始!」


 樽に口を付けて飲み始めた。ゴクゴクと音を立てながら一気飲みしている。


 なんて豪快な勝負だ。


 最初に飲み終わったのはヘイリーさんで、残りの二人は同着だ。レベッタさんは床に置いていた樽をテーブルに置く。


「まだまだあるからっ!!」


 また三人とも飲み始めた。顔色は変わっていない。二本目もすぐに飲み干してしまった。


 酒が強い。これは長引きそうだな。


 勝負がいつ終わるかわからないので、一人で食事を進める。


 その間も飲み比べは続行していて、何故か服を脱いで下着姿になってしまった。目のやり場に困るのだが……。三人は酒を飲みながら俺の下半身を見ようとするし、危機感を覚える。


 急いで食べたんだが、彼女たちは樽を五個空にしていた。


 さすがに酔いが回ってきたのか、三人とも呂律が怪しい。


「イオきゅんはねぇ……かわゆい」

「わきゃる」

「しぎょとやめて、きょこにしゅみこもうかんにゃ」


 仲良く会話していて、何を賭けていたなんて覚えてなさそうだ。しかし俺の下半身を見る目だけは異常だ。正直ちょっと怖い。


 出会ったばかりの人たちと、そういう関係になるつもりはないので、さっさとこの場から離れよう。


 キッチンで食器を手で皿を洗ってから二階に上がろうとして、足を止めた。


 三人を見る。


 樽を口に付けながら、楽しそうに笑い、酒を飲み続けている。


 酔っ払いは暴力を振るうイメージしかなかったが、本来は今のように楽しむための道具なんだろう。


 彼女たちみたいにクソ親父も酒癖が良ければ、母さんを殴らず幸せに過ごせていたのだろうか。そんな無意味な想像をしてしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る