第22話 腕を斬り捨ててやる

「男に暴力を振るったらダメ。捕まる」

「でも!」

「ねえ。わかって。我慢して。男の為なら多くの犯罪は見逃されるの。それが常識なのっ!」

「そんなのおかしいよ」


 言い合っている間に母親はもう一度蹴られてしまった。立ち上がろうとすると、男を護衛している一人の女性が剣を抜いて近寄る。


「ツエル様の邪魔をしたのだ。腕を斬り捨ててやる」


 冷たい目をして親子を見下ろしている。


 なぜ肉を買っていただけで、こんな理不尽を受けなければいけないんだろう。おかしい。許せない。


「ダメー!」


 母親を助けようとしたのか、子供が両腕を広げて間に立った。


 ピクリと、剣を持っている女性の腕が動く。


 危ない。と思ったときにはスキルを発動させていた。対象はレベッタさんとヘイリーさんだ。


 スキルブーストがかかって驚いたようで、二人の拘束力が弱まる。


「女性を助けるのであれば、問題ないですよね」


 全力で走り出す。護衛の女性は剣を振り上げたところで俺は子供を抱きしめる。間に合ったと安堵したが、危機は去っていない。


「何故、邪魔をする?」

「…………」


 男だとバレてはいけないので黙って睨みつけた。


 子供を後ろに回して守るように立つ。


「無視するとは良い度胸じゃないか」


 嗜虐的な笑みを浮かべた女性が剣を振り下ろした。


 金属音が鳴り響く。俺の頭に当たる直前で、ヘイリーさんの剣が間に入って守ってくれたのだ。


 ヘイリーさんは腕を振り上げて押し返すと、護衛の女性が後ろに下がる。


 母親はレベッタさんが立ち上がらせていたので、抱きかかえていた子供を向かわせた。


「お前たちッ!! 許さんッ!」


 二度も邪魔されて激怒した護衛の女性の目が光った。刀身に薄いオーラが発生する。


「あれはオーラブレードのスキル。私も対抗する」


 ヘイリーさんの目も光った。スキルを使ったのだろう。ブーストはかけたままだから、能力の底上げはできているはず。


「死ね!」


 オーラをまとった剣で突きを放ってきたので、ヘイリーさんはラウンドシールドで受け流す。護衛の女性はバランスを崩すことなく、今度は連続して斬りつけてくるが直撃はくらっていない。全ての攻撃を回避していた。


 ヘイリーさんのスキルは『動体視力強化』だと聞いていたけど、数秒先の未来を見ているように思える。事前に全ての動きを察知しているかのような動きなのだ。


「なんで当たらないっ!!」


 何度も攻撃しているのに回避されて怒りが高まっているのか、護衛の女性は息が荒くなり、苛立っている。このままならヘイリーさんは勝てそうだ。


 邪魔をしそうな男を見る。

 肉は買い終わっているみたいで、女性に荷物持ちをさせながら戦いを見物していた。


「勝てない……」


 息切れした護衛の女性は膝をついてしまう。

 足の筋肉に疲労が溜まったのか動けないようだ。


 これで騒動は終わりになればよかったんだが、ついに男が動き出す。


「弱い女はいらない。俺の元から離れろ」

「ツエル様! まだ私は負けていませんっ!」


 護衛の女性が叫んだが、男は話を聞いていない。無視されていた。


「見苦しいわよ。さっさと消えなさい」


 別の護衛が吐き捨てるように言うと、男は去って行った。


 逆上して襲ってくると思っていたから意外な行動だ。


「おっと。一つ忘れてた」


 男は立ち止まって振り返る。


「誰かこいつらの名前を知っているヤツはいるか?」


 男が周囲に問いかけるが誰も動かない。


 身内を売る人なんていないと安堵したが、護衛の女性はちがったようだ。男に耳打ちをしている。


「ヘイリーとレベッタか。有名な冒険者らしいな」


 男はニヤリと口角を上げて、悪意のこもった笑顔になる。


「お前達のことは衛兵に伝えておく。顔を隠している臆病者と一緒に、後で地獄を見させてやる」


 前言撤回。やっぱりコイツはクソ野郎だった。


 ヘイリーの動きを見て、残りの護衛を使っても勝てないと判断し、俺のことを見逃しているように演じつつ、衛兵隊を使うことにしたのだ。


 罪のない女性に暴力を振るったくせに。


 俺が教育してやるか?


 手を強く握りしめ、怒りに身を任せようとする。


 むにゅ。


 柔らかい感触が俺の頭を包み込んだ。


「落ち着いて。お姉さんは、笑っている方が好きだよ」


 レベッタさんが抱き付いたのだ。


 高ぶっていた感情が落ち着いていく。スキルを解除して力を抜いた。


「ありがとう。もう大丈夫です」

「よかった」


 安心したのかすぐに解放してくれた。


 残された護衛の女性が気になったので様子を見ると、呆然とした表情で座り込んでいる。ブツブツと何かを呟いているが俺には聞き取れない。


「可愛そうだとは思うけど、関わるのはよそうね」

「わかってます」


 レベッタさんに言われなくてもわかっている。性格の悪い男に付き従い、罪のない女性を斬ろうしたのだ。同情の余地はない。放置するべきだろう。


「多分、夜ぐらいに衛兵が来ると思うけど、私たちが対応するから。安心してね」

「ごめんなさい。また迷惑をかけてしまいました」

「ううん。気にしないで良いよ。私たちもムカついていたから」


 俺の行動を否定せずに全て肯定してくれる。油断したらダメ男になってしまいそうだ。レベッタさんの優しさに甘えるだけの男にはなりたくない。


「細かいことは後回しにして、家に帰ろっ!」


 レベッタさんに手を引かれて歩き出す。


 暴力が発生した現場を放置して良いのかな、なんて思いもしたが、ツエルは勝手に去ってしまったので問題はないだろう。


 宣言されたとおり、後で衛兵の誰かが来て事情聴取される流れになるはず。その時にちゃんと、俺たちは正しいことをしたんだって伝えればいいのだ。

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