第19話 待って。良い話があるんだ

 しばらく衛兵所を眺めていたが、レベッタさんたちは出てこない。


 もし暴力事件の加害者として碌な取り調べを受けずに牢屋へ入れられたのであれば、少なくとも数日は出てこられないだろう。


 困ったな。身動きが取れなくなってしまった。


 家の鍵はもってないし、しばらく路上生活をするしかないかも。


 男性が少ないという利点を使って国に保護してもらうか?


 いや、あまり良い案ではない。公的機関や貴族に助けてもらったら、自由がなくなりレベッタさんとヘイリーさんに会えなくなってしまう。最終手段としてはありかもしれないが、今はまだ選びたくない。


 ベンチの背もたれに体重を預け、顔を上げて空を見る。雲はない。俺の気持ちとは反して澄んだ青色だった。


「困ったなぁ」


 力なく呟くと視界に人の顔が入る。黒髪のダークエルフで、先ほど道具屋で話しかけてきた衛兵だ。


 どうやら俺の背後から顔を覗き込んできたようだ。


「君と会うのは二度目だな」


 声を出したら男だとバレてしまう。さっさと別の場所に移動しなければ。


 無言でベンチから立ち上がって歩こうとする。


「待って。良い話があるんだ」


 行くあてのない俺は足を止めてしまった。


 僅かな期待と大きな不安を覚えつつ振り返る。


「レベッタのお友達だろ?」


 嘘をつく意味はないので、首を縦に振って肯定する。


「実は私も友達、とはちょっと違うけど、知らない仲じゃないんだ」


 衛兵とレベッタさんが知り合いだというのは、驚きつつも納得感はあった。冒険者という仕事柄、何度かお世話になったことがあるのだろう。


 もし俺の予想が外れて嘘をつかれたとしても、まぁ問題はない。


 言葉の真偽よりも、なぜそのことを俺に伝えたのか。理由の方が重要だから。


 狙いはなんだ?


「そんな警戒するような顔をしないでくれ。本当に悪い話じゃないだよ」


 俺の態度から疑っていることが伝わってしまったようで、ダークエルフのお姉さんは両手を小さく振って慌てている。


 可愛らしい仕草を見て笑顔になる。狙いはわからないが少しだけ信じてみよう。


 声は出さずに首を縦に振って、警戒態勢を解く。


「よかった」


 ほっとした表情を見てチクリと心が痛んだ。


 素直に信じてあげられないことに罪悪感を覚えたのである。


「私の名前はテレシア。この町では衛兵隊長をしている。君の名前は?」

「…………」


 俺が思っていた以上に偉い人で驚いてしまったが、二人の情報を得るには丁度良い。


 黙ったまま話を続けてと目で訴える。


「無口なんだな」

「…………」 

「声が出せない病気なのか?」

「…………」 

「私が一方的に質問するから、無理して声を出さなくてもいい」


 喉に傷があるもしくは失語症だと勘違いしてくれたようだ。


 都合の良い誤解をしてくれたので訂正なんてしない。


「私の質問に肯定なら首を縦に、否定なら横に振ってくれ。正直に答えたらレベッタとヘイリーはすぐに解放しよう」


 交換条件か。何を聞かれるか不安ではあるが、俺は拒否できない。答えは決まっている。


 二人を助けるんだと気合いを入れ、首を縦に振って質問を待つ。


「君はレベッタとヘイリーの友達か?」


 悩むまでもない。すぐに首を縦に振る。


「素直で良い子だ。続いて聞くよ。君は最近になって町に来た?」


 こもまた肯定した。


 嘘をついたところで、身分証明書を確認されたらわかることだからな。


「そっか。それなのに、身を挺して守るほど仲が良いんだな」


 小声で呟かれてしまい心臓が飛び跳ねたように感じた。鼓動は早くなって、全身から汗が浮き出る。


 男だとはバレてないと思うが、俺たちの関係を怪しんでいるかもしれない。


 逃げ出すにしても手遅れ。このまま質問に回答しよう。


「あ、今の言葉はなし。質問じゃなかったから」


 笑っているのに目だけは違う。

 ねっとりと絡みつくような視線だ。


「君はレベッタの家でお世話になっているのか?」


 知り合いの家に泊まることは珍しくない、そう言い訳しながら首を縦に振った。


「お金は持っている?」


 テレシアさんの狙いが、ようやくわかった!


 暴行事件があったことを見逃す代わりに、賄賂をよこせと遠回しに言っていたのか! そういった習慣がなかったから気づけなかった。


 お金の入った革袋を取り出すとテレシアさんに差し出す。


 俺から受け取り、中に入っている硬貨を数えだした。


「銅貨四枚って、子供のお小遣いより少ないじゃないか。なんで私に見せびらかそうとしたんだよ……」


 哀れんでいるように見られてしまった。

 袋ごと突き返されてしまう。


 え、賄賂を要求してきたんじゃないのか!?


「では、これが最後。木の上に鳥の巣があるんだけど見えるか?」


 テレシアさんが指をさした場所は、二百メートルぐらい先にある大きな木の頂点だった。


 顔を上げてしっかりと見てみる。何も見えない。目を細めても、鳥の巣なんてものは見つからなかった。


 首を横に振りながら視線をテレシアさんに戻す。


「質問は以上で終わり。素直に答えてくれたから、約束通りレベッタとヘイリーは今すぐ開放しよう」


 なんだかわからないまま、全てが終わってしまった。


 何で俺に無意味な質問をしたのだろう。賄賂じゃなかったら何が狙いだったのだ。


 疑問ばかりが残るが、男だとはバレなかったので良しとするか。


 テレシアさんの後ろ姿を見ながら、早くレベッタさんたちに会いたいなと思っていた。

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