高級ジム(コメディ)
弁護士役の太一が電話を切り、一息ついた。休む間も無く、次は受け子に連絡しなければならない。
恭一は待機させておいた受け子の佐藤という男に電話する。受け子はチラシやSNSでの募集を見てやってきた素人だから、手取り足取り電話で指示しなければならない。彼は受け子に指示する時はいつも、初めてお使いへ行く児童に接するよう心掛けていた。
上手く金を振り込ませ引き出させたら、一先ず安心だ。
「よし、やれたぞ。」
恭一が言って電話を切ると、部屋の中にいる三人が歓声をあげガッツポーズや万歳をした。
恭一を始め、皆罪悪感など微塵も感じていない。むしろ「ざまあみろ」とすら思っている。ここへ来た人間の境遇は様々だが、少なくとも何不自由無い人生を送った者はまず来たりはしない。恭一もまた、ブラック企業で鬱を発症し自殺未遂まで追い込まれた事がある。名ばかりの障害者雇用での、何ら配慮の無い雇用環境に加えた生活保護以下の低賃金は重い税金によって更に雀の涙と化した。
特殊詐欺グループに入ったきっかけは金欲しさ以上に社会への憎しみの方が強いのかもしれない。
詐欺グループでの職場環境は和気藹々として楽しく、鬱の症状はかなり良くなった。おまけに給料も良い。
「ジム通おうと思うんだよね…」
珈琲を飲みながら恭一は呟いた。彼の趣味の一つが筋トレだ。これまでは家の中で済ませていたが、経済的に安定した事でジム通いを考えたのだ。
「ジム?良いんじゃね?どこにでもあるじゃん、駅前とか。」
カフェオレを口にしながら被害者役をしていた隆が言う。彼は砂糖とミルクを目一杯入れなければ珈琲を飲む事ができない。
「隆はそれで良いかもしれないけどさぁ、俺のゴージャスな肉体にそんな庶民的なジムは釣り合わないじゃん?」
「公園の遊具ででも鍛えてろ!」
「ジムなんて別に、高かろうが安かろうが同じじゃない?筋トレできりゃそれで良いんだろ?」
ポテトチップスをつまみながら警官役をしていた聡が言った。
「金持ちが行くとこが良いの!貧乏人お断りみたいな!セレブ限定の!」
「多分、そういうのって会員制だから紹介が無いと無理だよ。」
太一がスマホをいじりながら言う。
「前働いてたところのオーナーに聞いてみようか?」
太一はここに来る前、ホストクラブで働いていた。
それで今、恭一はオーナーに紹介された高級ジムの前に立っている。
頭上を見ても頂点が見えない高層ビルを前に、一同は圧倒されていた。
「おい!これ宝石じゃねぇの?!」
太一が興奮気味に、ビルの壁を指して叫んだ。壁には所狭しと赤や緑、透明の宝石が埋め込まれ、煌びやかに輝いておりじっと見ていると目がチカチカしてきた。
「…これ、本物か?」
「本物だろ…だって、ここ高級ジムだぜ。」
一同は呆然としながらチカチカする目で壁を見ている。
「泥棒とかに取られねえのかな?」
「監視カメラ付いてんだろ。」
「それでも覆面被ったりして取る奴いるだろ。」
噂をすれば何とやらだ。少し離れた場所で覆面姿の男が、壁に埋め込まれた宝石をほじくり出そうとしている。
カシャーン カシャーン
機械音がして、ものすごいスピードでこちらに近づいて来るので見ると、恭一と同じくらいの背丈があるロボットがこちらへ走って来ていた。
ロボットは球体の顔の部分に目にあたる部分をプラスチックのようなもので覆っており、そこから赤い光線を出した。光線は泥棒を直撃、肩のあたりに当たったらしく彼は肩を押さえのたうち回っている。
ロボットは泥棒を担ぎ上げると建物の裏側へ走って行った。
一同はあっけにとられながら一部始終を見ていた。
「…さすが高級ジム。」
恭一が関心したように呟いた。
恭一は再び宝石で埋め尽くされたビルを見上げ、感慨に耽った。
――これで俺も、上級国民の仲間入りか…
「早く入るぞ」と仲間に背中を押され中に入ると、鰻のような髭を左右一本ずつ鼻の下に伸ばし、タキシードを着たコンシェルジュに出迎えられた。
コンシェルジュは黒い髪を七三にぴっちりと分け、ワックスを過剰に塗っているのかゴキブリの様にてからせている。大きく見開いた一重の目は三白眼で、上下共に睫毛がやたら長い。分厚い唇が口角が上を向いている。
――さすが高級ジム、コンシェルジュがお出迎えか。
「お待ちしておりました、西宮恭一様ですね?さっそくご案内致します。わたくしこのゴージャス・ジムのコンシェルジュ、田中と申します。」
田中はフェミニンな喋り方でそう言うと、いそいそと案内し始めた。
ゴージャス・ジムの廊下は、これまた外観に負けず劣らず煌びやかだ。天井にはシャンデリアが並び、壁には金箔が塗られ、銀の床にはふかふかの赤い絨毯が敷かれている。
トレーニングスペースはトレーニングに励む七割程の会員で埋まっている。
「ではまず、ダンベルのエリアをご案内します。」
そう言われ案内されたダンベルのスペース、縦に連なるダンベル置き場に置かれるダンベル、その柄の両端には重しではなく赤やグリーン等色とりどりの石が付いて眩い光を放っていた。
「この両端に付いてるの、ひょっとして宝石…?!」
聡がまじまじとダンベルを眺めながら言った。
「その通りでございます。」とコンシェルジュの田中が言う。
「ダイヤ、サファイヤ、ルビー…様々な宝石でトレーニングしていただけます。」
「しかしこれ、盗難とか心配じゃない?」
太一が指摘すると、田中はホッホッホッと笑った。
「窃盗なんぞするのは貧乏人でございますから。ここに来られるセレブな方々とは無縁でございますよ。」
恭一ら一同は気まずくなり、黙りこくった。皆、窃盗の様なものを生業としているからだ。
他にもランニングマシーン等様々な器具を紹介されたが、どれも宝石、真珠などで埋め尽くされ金銀製の物もあった。
最後にリラクゼーションルームである。
ロッカーは金製で、鍵はイスラエル製のものを使用しておりセキュリティーはバッチリと田中が誇らしげに言う。
――さっき窃盗は貧乏人しかやらないから心配要らない、って言ってたじゃん…
恭一はそう思ったが言わなかった。
因みにロッカーの鍵も金製で、各々ロッカーによって異なる宝石や真珠に彩られている。
泥棒はロッカーを漁るよりもこの鍵を盗んだ方が早いと考えるだろう。
ジャグジーは天然温泉を引いた大浴場で、浴室の床は金、壁や天井はタイルの様に宝石や真珠が貼られている。
ボディーソープやシャンプー等は一つ数十万もする高級な品だという。
許可を得てボディーソープを少し手に出してみると、金色の液体が出てきた。
「金箔ボディーソープでございます。もちろんシャンプー、コンディショナーも。金色の泡でお体を洗う事ができます。」
「金箔って、肌や髪に良いものなのか…?」
「多分、良いと思います。」
――いや、多分て…
浴槽を見ると、湯に何か白い粒子がプカプカと浮いている。近づいて見るとそれは真珠だった。
「日替わりで真珠や宝石を入れております。今日は真珠風呂の日なので…昨日はルビー風呂でした。」
宝石や真珠を湯に入れる事で一体どんな効果が得られるのか知らないが、とにかく贅沢な気分に浸れるという事だろうか。
洗面所には金製の櫛に宝石が貼られたものがあり、プッシュ製の容器がある。押して中を見ると、これまた金色のむにゅっとしたものが出てきた。
「金箔製の…石鹸?」
「ホッホッホッ、それは化粧水でございますよ。」
「金箔を肌に塗るの?」
「ええ、体中金箔を塗り付ける事がおできになります。」
体中金色になった状態で出歩くのは勇気が要るな、と隆は思ったが恭一はなるほどと頷いている。
「うーむ、鍛え上げた俺のゴージャスな肉体にふさわしい…」
そう言って満足気である。こいつはこれからは全身金色で職場に来るのかもしれない、と恭一以外のメンバーは思った。
マッサージルームではこれまた金製の台に敷かれた毛皮の上でプロから施術を受けられるのだが、マッサージ師は何かを手に掴みそれを会員の体に押し当て施術している。よく見るとそれは宝石の様だった。
「こちらカプセルルームでございます。」と案内された室内には、これまた金や宝石等でできたカプセルが何台か置いてある。
「酸素カプセルとか?」
「それもございますが、一番人気はシャトーブリアンカプセルでございます。
会員様にはシャトーブリアンを好物とされる方が多ございますが、あれは高カロリーですからダイエットに良くありません。
こちらのカプセルに入りますと、シャトーブリアンを食べた気分になれるのです。」
「ホントだ!シャトーブリアン食べてるみたい!」
試しにカプセルに入った恭一が目を丸くして叫んだ。
――せっかくシャトーブリアン食える財力持てたのに、大金はたいてそれを妙なカプセルに入って我慢しトレーニングに励むのか。普通にシャトーブリアン食って運動すりゃ良いじゃねえか。
隆はそう思ったが言わずにおいた。
その後、恭一は全身金箔状態で職場に現れるようになり、妙な外見から目立った事で警察にマークされ、特殊詐欺グループは摘発されてしまったという。
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