第12話 セシリア嬢の推理

 ヨハンはお嬢様の目を見ながらはっきりと告げた。

 お嬢様もまっすぐにヨハンを見つめ返す。その瞳はどこか戸惑い気味だった。


「し、しかし……公爵位など私の身には余ります……」

「そうでしょうか? 実際、グリム公爵よりもセシリア嬢のほうが数枚上手うわてだったようですが?」

「私ごときに貴族としての役目が務められるはずもありません」


「シュテルケル王家にはあなたのような優秀な臣下が必要なのです。……どうか、公爵として国を──未熟な私を支えていただけませんか?」

「……」


 ヨハンの熱心な説得に、しばらく押し黙っていたお嬢様だったが、やがて覚悟を決めたようで、口を開いた。


「……承知いたしました。このセシリア・ブルギニョン、つつしんで公爵位をたまわりたく存じます」

「よくぞ申されました。共に国民が安心して暮らせる平和な世界を作りましょう」


 そう言ったヨハンはとても穏やかな笑みを浮かべており、それが心からのものだと分かる。

 彼は、自分の理想を実現するという強い信念を持っている。そしてそれを貫くだけの力もあった。彼とアロイスの違いは、お嬢様を自分だけのものにしようとしたかそうでないか、世界を自分のものにしようとしたかそうでないかの違いでしかないが、それは決定的なものだと思う。


 ヨハンはお嬢様が仕えるべき相手としては、これ以上ないほどの人物だと、私は感じていた。



 ☆



 領地と公爵位を賜ったお嬢様が、呆然としていたブルギニョン男爵と別れて王城を後にしようとすると、背後から呼び止められた。

 振り返ると、銀髪のオージェ伯爵父子、ランベールとフレデリカ嬢の姿があった。

 二人は揃ってお嬢様に頭を下げる。


「王子殿下より公爵位を賜ったとうかがいました。数々の無礼、お許しください」

「あたしも、もう気軽にセシリアなんて呼べなくなってしまったわね……」


 お嬢様は、そんな二人に笑みを向けた。


「お二人にそんなにかしこまられても困ります。どうぞ以前と同じように接してください」

「セシリア様……。本当にすみませんでした。これからもよろしくお願いします」

「ありがとう。今後とも父共々尽力するわ」


 二人の謝罪とお礼を聞き、お嬢様は優しい笑顔を見せる。


「それで、お二人のご用件は? まさか謝罪のためだけにいらしたわけではありませんよね?」

「え、えぇ……実は……」


 フレデリカ嬢は気まずそうな顔をしていたが、やがて観念したように小さくため息をつくと話を切り出した。


「セシリアのおかげで、グリム公爵領はかなり発展したと聞くわ。……だから、是非あたしたちにもその方法を教えて貰いたいのだけど……ダメかしら?」

「あら、どうしてそのようなことをお聞きになるのですか?」

「そ、そりゃあ、あの公爵が王国で一番の領地を持つことになったんですもの。興味があるのよ」

「……本当は?」

「あーっ! もうっ! セシリアは何でもお見通しなのね! ──そうよ。うちの領地、反乱を恐れて税率を低くしてあるから何かと物入りというか、税率を上げずにお金を増やすには領地を発展させるしかないかなって……」


 彼女は不満げに頬を膨らませる。そんな彼女の態度を見て、お嬢様が微笑んだ。


「なるほど、であれば別に構いませんが、有効な策は領地の状況によっても異なります。とりあえずオージェ伯爵領の現状をお聞きして、策を練ってみましょう」

「ほんとに? ありがとう!」


 フレデリカ嬢はパッと花が咲いたような明るい表情になると、ランベールと顔を見合せて笑いあった。その姿を見ていると、この二人がこの先もずっと仲良くしてくれたらと、つい願ってしまうのだった。



「でも、これで謀反を未然に防ぐことができたし、セシリアの才能が王子殿下やブルギニョン男爵に認めてもらえたし、一件落着なのかしら?」


 フレデリカ嬢が首を傾げる。


「いいえ。まだ一つだけ、解決していないことが残っています」

「「……!?」」


 お嬢様の言葉を聞いた伯爵家父子が目を丸くする。


「確信に至れていないので、確認したいのですがエミリー?」

「はい、なんでしょうかお嬢様?」


 私は呼ばれてお嬢様の横に進み出た。


「あなた、ずっと私を見張っていましたね?」

「さて、なんのことだか……」


 とぼけてみたものの、お嬢様相手では無理があると思っていた。背中を冷や汗が流れる。

 私のそんな様子をしばらく見つめていたお嬢様は、言葉を続ける。


「最初に違和感を覚えたのはオージェ伯爵家の地下牢に入っていた時、王家からの書状が私の予想よりも早く着いたことです」

「……」


 お嬢様、それに気づいていたとは。これはもう誤魔化せないかもしれない。


「私が地下牢であなたにヒントを与えてからすぐに王家からの書状が届いた。あまりにもタイミングが良すぎると思いました。まるで、誰かが予め用意していたような……。そして次に、今回の晩餐会の件です」


 お嬢様は少しだけ厳しい目を向ける。


「いくらなんでもフレデリカ嬢やランベール様に王家主催の晩餐会を開催させるほどの発言力はありません。私はせいぜい伯爵家主催の晩餐会でも開いていただければと考えていました。しかし、結果は期待以上の場が整ったと言えます。──まるで、誰かがヨハン王子に口添えをしたかのようです」

「確かに! ヨハン王子が突然王家主催で晩餐会を開くって仰った時にはびっくりしたのよ!」


 フレデリカ嬢もうんうんと大きく何度もうなずいている。ランベールは苦笑しているだけで何も言わない。きっとそこまで頭が回らないのだろう。


「そして最後の決め手となったのは、この度の王子からの呼び出しです。王子は、まるでご自身が見てきたかのように私が成し遂げたことをご存知でした。これは、誰か私の近くの者が王家に繋がっているとしか思えないのです」

「なるほど」

「そういえば、エミリア皇女が失踪したのが5年前。あなたが私の側仕えになったのも5年前ですね? 果たしてこれは偶然でしょうか?」

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