第10話 晩餐会
☆
王都に到着すると、王城の中にある公爵家の邸宅で数日を過ごし、いよいよ晩餐会の日になったが、その間もアロイスによって私たちの自由は制限され、屋敷から外に出ることは当たり前のように禁じられていた。
晩餐会を前にしてお嬢様はいつものようにドレスアップしていたのだが、今日は一段と美しいと感じた。惜しむらくは、アロイスによって顔につけられてしまった傷だったが、お嬢様はむしろ堂々としていてその痛々しさも魅力の一つになっていた。
晩餐会の会場となる部屋に着くとお嬢様のエスコート役を交代してもらい、私は壁際に立つ。
程なくして、会場の
皆一様に息を飲み、彼の──王子、ヨハン・シュテルケルの言葉を待っているのだ。
「皆様ごきげんよう。まずは急な呼びかけにも関わらず集まってくださり感謝いたします」
「今回は、王家
ヨハンの言葉に、会場がざわめいた。おそらく誰も知らないのだろう。わざわざ王家が晩餐会を開くほど感謝されている人物が誰であるのか。
「アロイス・グリム公爵」
「……!」
ヨハンがそう口にすると、お嬢様の隣に座っていたアロイスは驚いたように目を丸くしたが、直ぐに険しい表情になった。
「アロイス・グリム公は王家に従わない不届きな諸勢力を、ほとんど犠牲を出さずに降伏させるという素晴らしい戦果を上げてくれた。これは我が王国にとって、大きな前進であり、偉大なる一歩です。今夜は彼に対して感謝を示すと共に祝杯をあげたいと思います」
貴族の中には拍手をしている者も多かったが、アロイスは驚きのあまり言葉を失っていた。
王族が自ら賞賛した相手を
アロイスは彼らに対して面倒くさそうに対応していた。
その隙に、私はお嬢様を連れて彼から離れることができ、アロイスの監視下から逃げ出せた。
「なるほど、全てお嬢様の作戦通りということですか」
「ええ。しかしまだ終わりではありません。次の作戦に移りますよ」
お嬢様がそう言って微笑むと、そんな彼女に話しかけてくる者がいた。
「お義母さ──じゃくて、セシリア!」
「フレデリカ様、お久しぶりですね」
銀髪の伯爵令嬢、フレデリカ・オージェ嬢だ。真っ赤なドレスに身を包んだ彼女は、車椅子に座ったお嬢様に抱きつく。
お嬢様と顔を合わせるなり彼女から笑顔が溢れた。
「ああ、本当に! ……セシリアとまたこうして会うことができるなんて夢みたいだわ!」
「ふふ、おかげさまでこのとおり、ピンピンしております。フレデリカ様もお元気そうで何よりです」
「ええ、あたしは平気なのだけど……セシリア、その傷は?」
フレデリカ嬢はお嬢様の顔の傷を指さして、悲しそうな顔をした。彼女は父親のランベールと違って本当に優しい人なのだと思った。ずっと、彼女はお嬢様の身を案じていたのだろう。
「これは……色々あったのです」
「ど、どういうこと? まさかアロイス公に……」
「しーっ! この話は後です。それより、晩餐会の件上手くいきましたね」
「え、あ、そ、そうね……」
話を切り替えると、急に慌てだすフレデリカ嬢の様子を見て、お嬢様は首を傾げる。
「どうかなさいましたか?」
「いい、いえ。なんでもないのよ! でも本当なの? アロイス公が謀反だなんて……」
フレデリカ嬢がお嬢様の耳元で尋ねると、お嬢様も真剣な面持ちで頷いた。
「ええ、アロイス様が私に直接そう仰っていたので間違いないかと。証拠も揃っています」
「そう……。セシリアがそう言うから、私が王家に密告して動いてもらっているけど……」
「王都の公爵邸にいるアロイス様の部下を尋問すれば吐くと思いますよ」
「その件なら既に調べがついている」
その時フレデリカ嬢の背後からランベールが現れた。彼はお嬢様の姿を見ると頭を下げる。その姿は、かつてお嬢様に暴力を振るっていた暴君の面影はなく、彼が心の底から改心していることが私にも分かった。
「この前は本当に申し訳なかった……」
「何をおっしゃいますやら、私はランベール様のおかげでこうやって今も生きているのですよ?」
「しかし……」
渋い顔をするランベール。するとフレデリカ嬢が割って入ってきた。
「お父様ったら、セシリアを追い出してからずっと後悔してたのよ」
「う、うるさいぞフレデリカ」
親子の会話が可愛らしく、私は思わず頬が緩んでしまった。
「それで、調べがついたというのは?」
「あぁ、セシリアの言うとおり、王家がアロイス殿の部下を捕らえて脅したところ、自白したらしい。もうすぐこの席に連れてこられる。アロイスの謀反が明るみに出るぞ」
すると、ランベールの言った通り会場の入口から兵士に連れられて罪人が連行されてきた。物々しい雰囲気に会場は再び静まり返る。
しかし少し離れた場所に立っていたアロイス本人は堂々としたもので、特に動じた様子はないようだ。その表情には余裕すら感じるほどだ。だがそれも無理のないことだ。アロイスは自分が捕らえられるなど露ほども思っていないのだろう。
「これはどういうことですかな王子?」
「彼が何者なのか、知らぬとは言わせませんよアロイス公」
ヨハン王子は鋭い眼差しでアロイスを見つめている。
「いかにも、
「グリム家の当主、アロイス・グリム殿。あなたの行いについて証言する者がいましてね」
「ほう、どのような?」
アロイスは涼しい顔でそう答える。
彼の部下は今まさに処刑されようとしているというのに、焦った様子が見られないのが妙に気になった。まるで自分の身に降りかかるであろう不幸を、予め予測していたかのような──
「この者が言うには、グリム公爵家に王家に対する謀反の疑いありと──」
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