第35話 5尺6寸の虫にも
「メテット。ラナはどう?」
「カオイロはヨくなってる。カオにノコってたキズもヒダリメのところイガイはなくなった」
メテット達は魔女によって救出された後、魔女の体内で療養していた。驚くべきことに、魔女の体内にはいくつもの部屋があるらしく、ラナとシズルは『実験室3』で治療を受けていた。
また、人型眷属達は『実験室6』に連れていかれた。
「……これほんとに治療なの? 私さっき無理矢理打たれた注射の中身黒色だったんだけど」
「治療だとモ。黒いのは前にもらった君の魔力サ。少しは私の献身に涙してもよいのだぞ親友」
魔女が扉を開けて入ってくる。見慣れない鍵の束を持っていた。
「渡してないし、親友じゃない」
「そんなことを言うナ。しっかり回復したではないカ。もういつものように動けるんじゃないカ?」
メテットはシズルをまじまじと見て
「タシかに……ドウクツのトキがウソみたいにカイフクしているな。」
「だろウ? 元々魔物は魔力さえあればなんとかなるのサ。ま、それも感情次第だガ」
「? どういう意味よ?」
「ラナはこのままだと眠り続けたまま消滅か、堕転してしまうかも、ということサ」
魔女はラナを見ながら衝撃の事実を伝える。
「なっ……!」
「そんな! ラナのケガはナオったのに!?」
「珍しい事例だから確証はないが、現実が嫌になった魔物にたまに起こル。普通ならそんな眠る間もなくすぐ堕転するのだガ……迷っているようだナ?」
「…………!」
(心に傷を負っていないか心配だったけど……まさか、あの時の私みたいに……!)
シズルはラナと出会う前の自分の状態を思い出した。
何もかもが薄れて消えていくあの感覚を。
「というわけで、ラナは危険な状態ダ。すぐに手を打つ必要があル」
シズルは食い入るように魔女に方法を聞く。
「何でもやる!! どうすればいいの!?」
「親友には文字通り打ってあル。あの注射でナ」
「は?それって——」
突如シズルの視界がぼやける。
シズルの体が鍵へと変わっていく。
(何が——)
「シズル!?」
「ではラナを説得して、助けてこイ」
————
「ここは……」
シズルが目覚めると白い額縁が沢山ある空間が広がっていた。その空間は灰色で、どこまでも広がっている。
空からは灰が降っており、いくつかの額縁は燃えている。
「額縁に飾られているのは……私!?」
(それだけじゃない。メテットに、こっちは男?
「まさか……この人がエリオス? ……ここはラナの心の中なの?」
白い額縁の中には様々な写真が入っている。いくつかはシズルとメテットの写真だが、ほとんどにラナの父と思われる写真が入っていた。
(……あいつ。こんなこともできるの? というか事前に言って欲しかったわ……)
「とりあえず……ラナを探してみようかしら」
シズルはラナを見つけるため、前へと進み始めた。
しばらく進んでみて分かったことがあった。
(怠惰亭の魔物の写真とか騎士の写真もある。けどこの額縁燃えてるわ。これが灰になって空から降ってきているのかしら?)
空から降ってくるトラウマの灰がラナの心の中を暗い雰囲気にさせていた。
「……ラナ」
(私のせい。私がラナのことを守れなかったから……)
〈だから、今回もお願いします。ワタシをまた、助けて下さい〉
シズルはラナの言葉を思い返す。
「ええ。助けるわよ。今回も」
シズルは駆け出した。
————
「ヤめて! メテットのミケンにそんなチュウシャっ……!?」
「あ、気が付いた~」
「オマエは……キャス!?」
「俺達もいるぜぇ!」
「眉間に注射とか聞こえたんですが大丈夫ですか?」
メテットはキャス達に囲まれている中気が付いた。
「ここはイッタイ……」
「ここはラナさんの心の中だ。魔女からそう聞かされた。俺達は心の扉を開ける鍵にに変わっててラナさんの心に入り込んでるんだとよ」
「そうか……ここがラナの……ハイまみれだ」
「我々はここでラナさんを探し出して、目を覚ますように説得をしなければならないのです」
マスティがメテットに目的を説明する。
「というわけで~メテットさんも一緒にラナ様探してほしいの~」
「ジョウキョウをハアク。それならばハヤくサガそう。ところで……」
メテットがある人物がいないことを聞く。
「タフラはどうした?」
「「「……」」」
「それが……わからないのです。我々が目覚めたときには既にタフラはいなかったので」
「つってもタフラってラナさん目の敵にしてたからな。ここに来てねぇんじゃないかってなってよ」
「でも~魔女がラナ様とタフラの関係考えてるかって思うと~」
「…………イソいだホウがヨさそうだな……!!」
メテット達はラナを、そしてタフラを探すためにも捜索を開始した。
————
「…………」
タフラはラナの心の中の一番暗い所に踏み込んでいた。
辺り一帯の額縁はすべて燃え、黒い煙をふかしながら。
床にはこんもりと灰が積もっていた。
「……あなたなんですね。ワタシの前に一番最初に現れるのが」
「余の能力であればお前の居場所を見つけるなど容易いことだ」
ラナはタフラの方を振り向いた。その顔は左半分が真っ黒になっていた。
「何かがワタシの中に入り込んだ感覚はありました。……ワタシを殺しに来たのですか?」
「……ここでは殺すことができん。……いつまで灰かぶりでいるつもりだ」
「……ワタシにも、わかりません」
ラナは下を向く。金色の髪に灰がこびりついていた。
「〝足せ〟……この言葉だけでワタシの体は黒焦げになってしまいました。私は最初からずっと命を握られていたのです」
「……」
「復讐なんてもうできない。ワタシはあの男に二度と会いたくないんです。あの男が怖くて怖くて仕方がないんです」
ラナの体は震えている。
「……でも、あの男はずっと追ってくるでしょう。あの男から逃げるにはもう……だけどそれも怖いんです。だから、こんなことに――」
「違う」
「……どういうことです?」
「余には分かる。恐ろしいのは本当だろう。だがラナ、お前がこうなっているのは納得ができないからだ。自分の命が他者に握られている理不尽にな。だから今もこうやって生きている」
「……あなたは……なぜ」
「余と同じだからだ。今のお前は。お前は遂に、他人から命を握りしめられている感覚を知ったのだ」
「同じ……?」
ラナの疑問にタフラは答える。
「同じだ。お前には命令権があるからな。いつでも余達の命を使うことができる」
「……! ワタシはそんな命令なんてするつもりありません!」
ラナは必死に否定する。
「そんな保証は何処にもない。今はそうでも、後で変わるかもしれない」
「――エリオスのように」
ラナはタフラの口から父の名前が出たことに驚いた。
「お父さんが……!? 噓をつかないで!」
「決して嘘ではない。追い詰められれば本性が出るものだ。事実、エリオスは余に、余の仲間たちにこういった。『〝死んでくれ〟』とな。余達はその言葉に縛られた」
「そんな……」
ラナには信じられなかった。認められなかった。大好きな父がそんなことをするようにはとても思えなかったからだ。
しかし、ここはラナの心の世界。この世界の主であるラナには、心の中に入ってきた存在の何もかもを感じとることができる。その上でラナはタフラの言葉が噓ではない事を感じ取ってしまっていた。
タフラは話を続ける。
「余達はエリオスが敵から逃げるために消費されたのだ。仲間たちは消えてゆき、余も消える寸前だった。そこであの魔女に捕まり、人の姿にされたのだ」
「人の姿となったとき、発達した知性で怒りを抱いた。魔物どもによる理不尽に」
「余はこの理不尽な世界が許せない。余達にも……魂があるのだ」
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